第38話 意外な伏兵



 試合を終え、琉斗はレラたちが座る闘技場南東側の観客席へと向かう。



 戻ってきた琉斗を、レラが笑顔で迎えてくれる。一方、セレナはいかにも驚いたという顔で口をあんぐりと開けていた。


「リュート、お疲れ様でした。さすがですね」


「ありがとう。相手の様子を見るだけであんなに野次が飛んで来るとは思わなかったけどな」


「その分、相手を倒した時の反響は凄かったじゃないですか。もしかして、あれも演出だったんですか?」


「まさか」


 笑うと、琉斗はレラの隣に腰をかける。周りの客も琉斗が先ほどの試合でアイザックを倒した剣士だと気付いたのか、隣同士であれこれと噂話を始める。


 それに乗っかっていくかのように、セレナが半ば呆れたような目で琉斗に声をかける。


「リュート、あなた……本当にとんでもないわね。この前の戦いでわかってはいたけれど」


「それは褒め言葉と受け取っていいんですよね?」


「もちろんよ。最大級の賛辞だと思ってくれていいわ」


 その言葉に、レラがくすりと笑う。


「まだ早いですよ、セレナ。リュートの本気はこれからなんですから」


「これからって……まさか、まだ本気じゃないって言うの、この子?」


「はい。だって、まだ私と戦っていませんから」


 無邪気に笑うレラに、琉斗は苦笑せざるを得ない。まだ手合せすらしていない自分をそこまで評価していることもそうだが、自分なら琉斗の本気を引き出せると断言するあたり、途轍もない自信の持ち主だ。それがいっそ清々しい。



 アイザックと戦った感想を一通り述べると、琉斗は第五試合について二人に尋ねた。二回戦で琉斗の前に立ちはだかると目されていた二級冒険者、アランを倒した相手について知るためである。


 二人の話を聞いて琉斗は驚いた。アランを倒した相手は、何と予選で見かけたあの全身鎧の大剣使いだったからである。名をザードというそうだ。


 レラによれば、アランが果敢に槍で攻めるも、ザードは例の重そうな大剣で軽々とさばき、相手に付け入る隙すら与えなかったらしい。

 痺れを切らしたアランが炎の闘技を放つも、ザードが大剣を振るうとアランが放った火球は一瞬にしてかき消されてしまった。呆然と立ち尽くすアランの槍を、一気に間合いを詰めたザードが大剣で弾き飛ばして勝負が決まったとのことだ。


「それは強敵だな」


「はい。あの強さ、只者ではありません」


 レラが言うのだ。本当に強いのだろう。



 それにしても、Aブロックには随分と強豪が集まったものだ。先ほどのアイザックも優勝候補だったし、午前中最後の試合に出場した前回大会覇者、マレイヤ王国騎士団長ヘルムートも貫録を見せつけてくれた。

 そこにきての思わぬ伏兵である。もっとも、あちらにしてみれば琉斗がそのように見えているのかもしれない。


 そんなことを思っていると、レラの向こう側に座るセレナが身を乗り出してきた。


「それにしてもリュート、あなた、随分と雰囲気が変わったのね」


「え?」


 琉斗が首をかしげる。セレナと初めて出会ってからまだ数日しか経っていないのだが、そんなに変化があっただろうか。


「変わったわよ。あなた、初めてレラと会った時は顔を真っ赤にしておろおろしてたじゃない。あの時は初心でかわいい子だと思っていたんだけど。でも、今はすっかり落ち着いちゃって。口調も仕草も何だかとっても男らしくなったわ」


「そうですか?」


「そうよ。ね、レラ」


「そうですね。会うたびに、だんだんと自信に満ちた雰囲気になっていったように思います」


「そうなのか」


 そんな自覚はなかったが、言われてみれば口調は確かに変わったかもしれない。


 セレナがにやにやと二人を見やりながら言う。


「こんなに男らしくなるなんて、さてはレラ、リュートを男にしてあげたのかしら?」


「なっ……!?」


 レラが絶句する。耳まで真っ赤に染めると、キッとセレナを睨みつける。


「妙なことを言わないでください。私とリュートは、そ、そんな関係ではありません」


「あら、そうなの? リュートの口調が女をものにした男の口調だったから、てっきりそういうことなのかと思ったのだけれど」


「ち、違います」


 ぷいとセレナから顔をそらしてそっぽを向く。そんな仕草が可愛らしい。


「でも、リュートはその気でしょう? レラのこと」


「セレナさん、酔ってるんですか? まだ昼間ですよ?」


「まったく、二人とも初心なんだから」


 セレナがけらけらと笑う。そういうセレナはまるで酔っぱらった新橋の中年サラリーマンのノリだ。

 まして彼女は一滴も酒を口にしていない。ある意味それ以上であると言えた。


 しかし、そんなにレラへの態度が変わっているとは、彼女に指摘されるまで気付かなかった。確かにあまり動揺したりしなくなってきたとは思っていたが、そんな風に見えていたとは。

 はたから見れば、ひょっとして自分が亭主づらしているように見えていたのだろうか。そう思うとさすがに恥ずかしさがこみ上げてくる。


 そんな琉斗の心を見透かしたかのように、レラが微笑んでくる。


「気にしないでくださいね、リュート。今まで通りで結構ですから」


 本当によく気が利く女性だ。だから自分もついつい甘えてしまうのかもしれない。


 きちんとお返しはしないとな。決勝まで勝ち進み、レラと最高の舞台で手合せするのだ。それが彼女への一番のプレゼントになるだろう。未だに顔から赤みが抜けないレラの美しい横顔を見つめながら、琉斗は決意を新たにした。




 その後、試合は順調に進んでいった。次々と勝者が二回戦に名乗りを上げ、セレナも無事に初戦を突破する。


 そして初日の最終戦、今日一番の大歓声を受けてアリーナに立った「槍姫」レラは、試合開始とほぼ同時に対戦相手の剣を弾き飛ばし、圧倒的な強さを見せつけた。雷光の如きその一撃に、観客席からは歓声と悲鳴が鳴り止まなかった。




 こうして聖龍剣闘祭初日は無事に終わり、一回戦に勝利した十六人の強者たちが二回戦へと駒を進めた。



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