第36話 聖龍剣闘祭 一回戦



 開会式が終わり、いよいよ聖龍剣闘祭の一回戦が始まった。




 午後の第六試合に出場する琉斗は、午前中に行われた四試合をレラ、セレナと共に観戦すると、三人で昼食をとり、そこで二人と別れて控室へと移動する。


 午後は第五試合から始まるが、残念ながらその試合を見ることはできない。初日は過密スケジュールなので、前の試合から控室で待機するように指示されているのだ。時間があれば、レラが言っていた二級冒険者のアランを見ておきたかったのだが。



 アリーナからほど近い控室には、会場の観客の声がかすかに聞こえてくる。実況のミルチェの声も聞こえるが、何を話しているのかまでは聞き取れない。もっとも、少し意識して聴覚を研ぎ澄ませればわかるのだろうが。


 控室はアリーナの四か所の入り口付近にそれぞれ配置されており、琉斗の対戦相手はちょうど反対側の入り口に近い控室で待機している。対戦相手と別室なのは、琉斗にとっては気が楽でありがたかった。




 しばらくして、廊下から一際大きな観客の歓声が聞こえてきた。どうやら試合の決着がついたらしい。


 次いで、廊下が騒がしくなったかと思うと人の行き来が激しくなる。やや興奮気味の声も聞こえてくる。


「番狂わせだ! アランが負けた!」


「あいつ、いったい何者なんだ? 二級冒険者が歯が立たないなんて!」


 どうやら次の対戦相手となる可能性が高かったアランが敗北したらしい。話を聞いていると、相手は相当の使い手であるようだ。レラもノーマークの選手ということになるが、いったいどんな選手なのだろうか。


 後でレラに聞いてみよう、と考えていると、係の者が琉斗に声をかける。返事をすると、琉斗は控室を後にする。



 慌ただしく人が行き交う廊下を進み、アリーナの入り口で待機して係の合図を待つ。


 間もなく係が「どうぞ」とアリーナへ入るよう促す。それに従い、琉斗はアリーナへと足を踏み出す。


 その瞬間、大歓声が場内を包み込む。びっくりしてスタンドを見渡せば、席はどこもぎっしりと埋まっていた。午前の段階でほとんど空席はなくなっていたが、今は立ち見さえ出ている状態だ。


「さて、次は第六試合です! まずは西側、リュート選手の登場! 情報によれば、冒険者登録をしたばかりながら予選を勝ち抜いた期待の若手であるとのこと!」


 ミルチェの紹介が会場に響く。


 何千人もの観客の目にさらされ緊張するかと思っていたが、意外と落ち着いている自分に琉斗は驚いた。観客の声も、それほど気にならない。


 と、観客の声が一段と大きくなった。対戦相手が入場してきたのだ。会場が揺れるのではないかと思うほどの歓声の中、ミルチェが選手の紹介をする。


「さあ! そして、東側からは前回大会ベスト4、アイザック選手の入場です! アイザック選手と言えば王国でも最強の斧使い、はたして今大会ではトレードマークのあの大斧がいったい何人の血を吸うことになるのでしょうか!」


 彼女の言葉通り、手にした大斧が何とも印象的な巨漢であった。全身を膨れ上がった筋肉が覆い、首の太さなどは琉斗の太ももほどもありそうだ。


 もっとも、そんな怪物じみた巨躯とは裏腹に、表情は穏やかで何とも人がよさそうだ。むしろそれだけに表情と身体とのギャップが際立つ。


 アリーナの中央まで進むと、琉斗はアイザックと正面から向かい合う。

 こうしてみると、アイザックの身体は本当に驚くほど大きい。二メートルを優に超えているのは間違いない。斧の丈も二メートルはありそうだが、彼が持つとさほど大きく見えないあたりが恐ろしい。


 こんな巨人を前にすれば、普通の人間は恐怖に駆られて逃げ出してしまうだろう。レラは前回勝った相手だから大丈夫みたいなことを言っていたが、まずこの男を相手に怖気づかなかったことに感心してしまう。


「アイザック選手、事前に聞いたところによれば、今回は自身初の決勝進出を目指して十分に調整してきたとのことです! 対するリュート選手、一回戦から大変な強敵との対戦になってしまいましたが、先ほど行われた第五試合では思わぬ波乱もありましたのでここは一つ頑張ってほしいところ!」


 ミルチェの話が完全に琉斗が敗北する前提のように聞こえるが、それも仕方ないことだろう。この会場にいる人間の中で、彼が勝つと予想しているものなどせいぜいレラくらいのものだろう。

 もしかすると、セレナも五分五分くらいには思ってくれているかもしれないが。


 それにしても、本当に山のような男だ。身体に合う鎧がないのか、特注であろう胸当てや肩当てを身につけている。その肩当て一つを取ってみても、琉斗の背中を覆い隠せるのではないかと思えるほどに大きい。


 アイザックが、少し前にかがみながら人のよさそうな笑顔で声をかけてくる。


「はじめまして。対戦、よろしくお願いするよ」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 その声も、表情同様に実に穏やかだ。おとなしい熊のような印象を受ける。


 だが、相手は前回大会ベスト4の強豪だ。あの巨体から繰り出される一撃も要注意であろう。



 いよいよ始まる初戦を前に、琉斗は気を引き締めて剣へと手をかけた。



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