第4話 森



 荒れ地を抜け、琉斗は森の中へと入る。



 ここをしばらく進んでいけば、やがて街道へと抜けるそうだ。その街道は森を貫き、王都まで続いているらしい。


 この森は王都の東側に広がっており、王都周辺では最も大きな森なのだそうだ。

 『声』の話によれば、それほど強力な魔物も棲息してはおらず、さほど危険な場所ではないという。


 もっとも、龍皇の力を得た今の琉斗にとっては、危険な場所などそうそうあるものではないのかもしれないが。





 まだ日は高いはずだが、森の中は日差しが遮られ、妙に薄暗い。


 広葉樹がうっそうと生い茂る森は、風もあまり通らず、湿度も高い。先ほどより気温は下がっているはずだが、首筋のあたりがじっとりと汗ばんでいく。

 東京の夏のようにひっきりなしに蝉が鳴くということはなかったが、けたけた、けたけた、と、馴染みのない虫の音が聞こえてくる。


 あまり人が入り込まないからだろうか、意外にふかふかとして踏み心地のいい地面を歩きながら、琉斗は街道を目指す。






 森の中を歩きながら、琉斗は『声』のレクチャーを思い出していた。



 王都にはすでに琉斗のための家を用意してある、と『声』は言っていた。当面の生活に困らないだけの金ももらっている。

 自分の身分証となる札も、家の机の上に置いてあるそうだ。身分証など、いったいどうやって作ったのか気になるところではあるが。

 もっとも、『声』の言葉を信じるのであれば、彼はこの世界の創造神であるらしいから、その程度のことは造作もないのかもしれない。


 王都での生活が始まったら、まずは何かしらのギルドに所属する必要があると『声』は言っていた。どの職業に就くにせよ、その職業のギルドに加入しないと活動は認められないのだそうだ。

 そのあたりは無駄にリアルに中世ヨーロッパ風だな、と琉斗は思う。



 ただ、『声』にどのギルドに入るつもりかと問われてとっさに冒険者ギルドと答えてしまったのは、今思い返しても恥ずかしさを禁じ得ない。

 ここがゲームでよく見かけるような世界であるかどうかもわからないのに、思わず冒険者という単語が口をついて出てしまったのは、それだけこの不思議な状況に浮かれてしまっていたのかもしれない。


 それも仕方ないことじゃないか、と琉斗は自分を弁護する。

 彼も同世代の男子と同様、あるいはほんの少しだけ多めにゲームやラノベを楽しんできた。そんな自分が、最強の力を与えられるなどと言われれば、それはもう冒険者として活躍するしかないだろう。


 あの時は気分が高揚してそう考えていたのだが、こうして時間が経ってみると、やはり子供っぽい発言だったと思う。

 だいたい、もしこの世界が中世ヨーロッパをなぞらえた世界であるのなら、「冒険者」などという職業があるはずもないだろう。


 幸い、この世界には冒険者ギルドが存在しているらしい。まずはそこで登録し、それからその後のことを決めよう。琉斗はそう考えていた。





 そんなことを考えながらしばらく歩き続けていた琉斗であったが、意外なことに魔物と遭遇することはなかった。この森は魔物が少ないのか、それとも自分の内に潜む龍皇の力に恐れをなして近づいてこないのか。


 いずれにせよ、琉斗にとっては好都合な話であった。こんなところで余計な時間を食いたくはない。だいたい、人里離れた森で野犬に襲われるなど、ロマンの欠片もない。


 思えば、こんな森に入ったのは人生で初めてかもしれない。都内の公園にはこれに似た雰囲気のところもなくもないが、この森のようにまともな道もない雑木林は今までに見たことがなかった。


 これから向かう王都はいったいどんな町なのだろう。やはり、いわゆる中世ヨーロッパ風の街並みなのだろうか。それとも中華風、あるいは和風であったりするのだろうか。さすがに竪穴式住居だったりということはないと思うのだが。






 そろそろ森を抜けるだろうかと空を見上げれば、西の空が随分と赤みを帯びてきている。どうやら夕方に差し掛かっているようだ。



 と、その時遠くの方から叫び声のような音が聞こえてきた気がした。


 気のせいかと思い、もう一度耳をすませてみる。

 今度ははっきりと男の怒号が聞き取れた。


 それだけではなく、金属がぶつかり合う音も聞こえてくる。人数は一人や二人ではない。どうやら集団による戦闘がこの近くで行われているようであった。


 こんな森の中に大勢の人間がやってくるとは考えにくい。ということは、街道が近いのか。


 それにしても、向こうではいったい何が起こっているのだろうか。誰かが魔物に襲われているのか、それとも人同士の戦いか。人同士であるとすれば、野盗にでも襲われているのか。




 いずれにせよ、このまま見過ごすわけにはいかない。

 そう判断した琉斗は、音の聞こえる方へと向かい駆けだしていた。




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