神滅の龍皇

炊き立てご飯は冷凍保存

第1話 プロローグ



 気付くと、皇琉斗すめらぎりゅうとの身体は真っ白な空間のただ中に浮かんでいた。


 あたりを見回しても、自分以外の姿は何一つ見えず、周囲にはただただ白い空間が広がっている。

 否、目印となる物体がない以上、はたしてこの空間がどこまで広がっているのか琉斗には皆目見当もつかなかった。



 ここはいったいどこなのか。不思議に思っている琉斗の耳に、どこからか声が聞こえてきた。


 ――目覚めたか、異世界の少年よ。


 それは、聞こえるというよりも、頭の中に直接響いてくると表現した方がより適切かもしれなかった。


 琉斗は、その『声』に向かい問いかけた。


「ここは、いったいどこだ?」


 彼の問いかけに、『声』は厳かに答えた。


 ――ここは、私が創り出した、世界と私とを隔てる空間。世界の全てに通じると同時に、世界のいずこでもない空間。


 『声』の言うことは琉斗にはよくわからなかったが、自分が今、ただならぬ状況の渦中に置かれているということだけはぼんやりと理解できた。


「お前は何者だ」


 ――私は、お前がこれから行く世界を創りし者。


「つまり、神か?」


 ――そのように捉えてもらって構わない。もっとも、かの世界では私を知る者など存在しないであろうが。


 半ば冗談のつもりだった問いを肯定され、琉斗は面食らう。


 それから、問いを続ける。


「あなたの目的は何だ? なぜ俺はこんなところにいる?」


 ――私の目的は、世界に一石を投じることだ。そのためにお前を呼び出した。


「一石を投じる?」


 ――そうだ。私が創造した世界は、長い間孤立した一つのシステムとして回り続けていた。

 だが、ふと私は見たくなったのだ。そんな系に、もし外部から異質な要素が入り込んできた時、いったいいかなる変化が起こるのだろうかと。


「俺は、その異質な要素というわけか」


 ――その通りだ。


 『声』の肯定に、琉斗はますます自分の置かれた立場があまりにも現実離れしているということを認識させられた。さすがに、これは夢なのではないだろうか。



 夢なら自然と覚めるだろう、と思っていると、『声』がまた語り出した。


 ――だが、お前をそのままかの世界へと送ってしまえば、おそらくお前は瞬く間に悪意の餌食になってしまうだろう。それは私の本意ではない。そこで、私はお前にある力を授けようと思う。


「力?」


 ――そう。それも、ただの力ではない。数多の神々を滅ぼした、禁断の力とも言うべきものだ。


「神々? あなたはその生き残りなのか?」


 ――いや、厳密な意味での神は私だけだ。ここで言う神々とは、かの世界で神として崇められている存在をさす。神々は長きにわたってかの世界を支配し続け、それは今も続いているのだが、かつてその支配を覆した者がただ一人だけ存在したのだ。


 一呼吸置いて、『声』は続ける。


 ――ある時いずこからともなく現れたそれは、瞬く間に地上を手中に収めると、神々が差し向けた天の軍勢も退け、ついには神域にまで到り神々の過半を滅ぼした。全ての龍の頂点に立ち、神龍たちさえも従えたその者を、生き残った神々は龍の中の龍、龍皇りゅうこうと呼び畏れ敬った。


「その龍皇という奴の力が、なぜ今ここにある?」


 ――龍皇の肉体は不死であったが、その精神は脆弱であった。出現から二百年ほどが経った頃、龍皇の精神は滅び、ただその肉体と力だけが残された。

 狂える龍皇はその力を暴走させ、世界は滅亡の危機に瀕した。それを阻止するため、私が介入し龍皇の力をここに封印したのだ。力を失った龍皇の肉体は滅び、世界は再び神々によって支配されるようになった。

 今から五百年ほど前のことだ。


 その力を俺にくれるのか、と問う前に、『声』は言った。


 ――その龍皇の力を、これからお前に授ける。この力によって、お前は世界に並び立つ者のない最強の存在となるだろう。さあ、受け取るがいい。伝説の龍皇の力を。


 『声』が言うと、琉斗の身体の中に何かが流れ込んでくる。

 世界を滅ぼしかけたなどと言うものだからどれほど恐ろしい力なのかと琉斗は内心身構えていたが、それは意外にも実に穏やかで温かな流れだった。次第に身体中を温かい流れが巡り、心も落ち着いてくる。


 ――それが龍皇の力だ。今、お前の身体には龍皇が身につけた恐るべき闘技と魔法の数々、膨大な知識、そして龍としての能力が備わっている。


「そのわりには、特に何も思い出せないのだが?」


 ――龍皇は普段、必要最小限の知識以外は『全知の記録アーカイブ』に収めていた。必要とあらばいつでも引き出すことができる。試しに、お前に『全知の記録アーカイブ』の一部を見せてやろう。


 そう『声』が言うと、琉斗の頭の中に自分が知り得ないはずの情報が次々と流れ込んできた。





『雷神フォルジール』


 天軍の三分の一を統べる、神格一位の最上級神の一柱。雷を司り、天に弓引く者や地上を荒らす者に神罰を下す。

 瞬く間に地上を征服した龍皇に対し、これを討滅せんと天軍を率いて戦いを挑むも、龍皇の神滅級闘技『龍皇の滅光』によって討ち滅ぼされた。





『暴魔の爆獄』


 高密度に圧縮した魔力を解放することによって爆発を起こしあらゆるものを破壊する破滅級魔法。その破壊力は凄まじく、巨大な城をも一撃で消し飛ばす。





『禁呪』


 人界において、人間が使用することを禁じられた魔法。これまでに禁呪に指定された魔法は全て破滅級魔法である。

 人界においては破滅級魔法は生命のことわりに触れる外法げほうとされ、禁を犯した者には、重い罰が科せられる。





『神龍王ヴェラゴーシュ』


 龍種の頂点にして神の位を持つ、神格二位の上級神。かつて地上の四分の一を支配していた。

 龍皇の出現に激怒し、配下の龍神将を従え抹殺を目論むも、龍皇の神滅級魔法『天地鳴哭』によりその肉体は大陸と共に滅んだ。

 神龍王の魂と強大な力は……





「もういい、止めてくれ」


 琉斗が頼むと、流れ込む情報の奔流がぴたりと止んだ。


「なるほど、俺には知識が備わったということか」


「もちろん、龍皇が知り得なかった情報までは含まれてはいないが。知識だけではなく、今のお前は龍皇の比類なき力も受け継いでいる」


「それは楽しみだ」


 口ではそう答えながらも、琉斗は不審げな視線を何の対象物もない白い空間に投げかけた。


「だが、どうして俺にこれほどの力を与えるんだ? あちらの世界で魔王退治でもさせる気か?」


 ――安心しろ。お前に何かを強制するつもりはない。お前は自由に行動するがよい。確かに現在、かの世界には魔王が存在するが、討伐するも無視するも、あるいは協力するもお前の自由だ。


「本当に世界に刺激を与えたいだけなんだな」


 ――然り。


「聞きたいんだが、刺激を与えるだけなら、あちらの世界の者にこの龍皇の力とやらを与えれば済む話じゃないのか?」


 ――否。龍皇の力はあくまで世界の内にあった力。系に刺激を与えるためには、世界の外にある存在が不可欠だ。つまり、お前だ。


「そういうものなのか」


 神とやらの考えることはよくわからないな、と琉斗が思っていると、『声』は話を変えた。


 ――さて、お前も聞きたいことがあるだろう。かの世界に送る前に、私が少し助言をしてやろう。


「そうか。では頼む」


 それからしばらく、琉斗は『声』にこれから往く世界についてレクチャーを受けた。








 やがて『声』のレクチャーも終わる。


「いよいよ向こうの世界へ行けるのか」


 ――ああ。これからお前がどのように世界を変えていくのか、今から楽しみだ。


「期待にそえればいいんだけどな」


 ――それではこれからお前をかの世界へと送る。少し眩しいだろうが我慢してくれ。


「わかった、頼む」


 ――それでは、期待しているぞ。異世界の若者よ。



 そう『声』が告げると、周囲が白く輝き始める。

 徐々にまばゆさを増す光に、たまらず琉斗は目をつむる。

 だが、白い光は瞼をも貫き、琉斗の目を容赦なく灼く。




 光はますますその勢いを増し――琉斗の意識をも漂白した。



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