第5話 (第二章 その4)

 朔日が終わり、月が再び満ちていく。


 遠ざかり消えてしまったはずの汝(なれ)の気配を僅かに感じた。

 それはかすかに近づいてくる足音に似ている。心を研ぎ澄ませていなければ感じ取る事はできないだろう。

 汝の姿は見えぬが、日に日に我らのその距離は縮まっていることは分かる。


 だが、もう一つ、気になる事があった。

 式だ。何者かの式・・・小鬼が汝のあとをつけていた。

 小鬼は吾が見えぬのか、吾を見つける事ができなかったようだが、アレからは禍々しい強い穢れを感じる。

 かつて吾の父上が使役されていた鬼どもとは大分格が違うし気配が淀んでいる。

 まあ、たいした力は持っていなかったようだ・・・。おそらく、アレを仕向けた術者の力もたいした事はないだろう。

 吾の周りを探るようにチョロチョロと嗅ぎ回るので、邪魔だから潰したが。

 まさかな、あの程度のものでは、さすがにあの女が差し向けて来たようには思えぬが。

 今更だな。


 と、呟いてから、皇子は思わずククッと失笑を漏らした。


 しかし、なぜ、吾のところへ?

 何を探っているのか?

 まあよい、こちらを侵すほどの力はないようだから、しばらくは放っておいてもよかろう。


 それより、汝のことだ。


 果たして、このままで良いのであろうか?

 吾(あ)は黄泉の国の果実を齧ってしまった、黄泉の国の者。

 おまけに、肉体は朽ち果て、冷たい土の下に呪で絡めとられている。この死者の国から再び蘇る事は許されぬ、穢れた存在であるというのに。

 ああ、我らの距離が近づく事によって、汝の清涼なその魂を吾の存在がために穢してしまわないだろうか。


 だが、汝妹が恋しい。


 あの頃のように、歌を交わしあい、語り合いたい。

 手を絡め、その肌に触れ、汝妹の濡れ羽色の髪を撫で、唇を重ねたい。

 だが、いくら思えど、叶わぬのだ。

 吾が吾のままである限り。


 月影は吾に優しい。

 呪によって痛めつけられ冷えきった吾の魂すらも癒すように暖かく包む。


 だが、日の光は僅かでさえも吾の魂を灼き貫き痛めつける。故に日のもとに存在する事は叶わぬ。


 命ある時に吾妹子とともに慈しんだ花も蝶も大地の全ても、今の吾には遠い。

 命に輝く汝の存在も、また、遠い。


 吾の時は止まったままだ。

 月読命よ、吾をこの呪から解き放ち給え。

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