異世界のマッチョさん

  

 というワケで大きな街に到着しました。いやはや、なにしろ一文無しの身ですから、それはもう聞くも涙、語るも涙、筆舌に尽くしがたい苦労がありましたとも。


 「じゃあ、達者でな、変な嬢ちゃん」

 「ありがとうございました、村長さんによろしくお願いします」


 タネを明かすと、たまたま村から街まで農作物を売りに行く予定の人がいたので、馬車に乗せてもらっただけですが。ガタゴト揺れる馬車に、早朝からお昼過ぎまで乗り続けたせいでお尻が痛くなった以外は無問題です。


 昨日の夜中のうちに実行したミステリーサークル作りで寝不足気味だったのですが、馬車の中で寝ていたおかげで目は結構冴えています。


 「さて、魔法使いさんはどこでしょう?」


 せっかく異世界に来たというのに、これまで目撃したファンタジー要素といえば巨大イモムシくらいです。ここまでの道中で馬車が魔物や盗賊に襲われるようなこともありませんでしたし、ここらで一つインパクトのあるものを見たいものです。


 「おや、あちらは賑わっていますね」


 街の中を当てもなくフラフラ歩いていると、広場らしき場所に出ました。食べ物の屋台や大道芸人や吟遊詩人やボディビルダーが各々の芸や技や筋肉を披露しています。


 いかにもファンタジーな光景です。デジカメを持ってこれなかったのが残念ですね。たとえ持っていたとしても一文無しの身では、どうせ遠くから眺めるくらいしかできませんが。


 今夜の宿も決まっていませんが、また昨日のようなお人好し……ではなく親切な人を探せばどうにかなるでしょう。これでも人を見る目にはそれなりに自信があるのですよ。友人達からも本職の詐欺師が獲物を見極めているみたいだと評判です。


 まあ、見る目云々は置いておいて、今はせっかくの珍しい見世物を楽しむとしましょう。


 意外にも一番人気は大道芸でも吟遊詩人でもなくボディビルダーのようで、ふんどしのような布で股間を隠した巨漢がポーズを決めるたびに観客が湧き、雨あられとおひねりが投げ込まれています。この世界の人々の価値観はまだ完全に掴みきれていませんが、現代日本で流行の細マッチョ的な体型よりも普通のマッチョを美しいと感じる人が多いのでしょうか?


 ボディビルダーの人は、その後も暑苦しい笑顔と共にダブルバイセップスやラットスプレッドなどのポーズを決め、最後には見事なオリバーポーズで締めくくりました。観客の熱気も収まるところを知らず、拍手と歓声に包まれながら本日のお披露目は終了と相成ったようです。


 私はそこまで筋肉に熱狂できるような感性は持ち合わせていませんが、それでも最後まで見た以上、一応の礼儀として拍手はしておきました。ぱちぱちぱち。


 ファンタジー的かはさておき珍しいものを見れました。しかも無料で。しかも無料で。大事なことなので二回言いました。


 所変われば品変わるとは申しますが、日本とこの世界とでは美的感覚も少なからず異なるようです。先程のマッチョさんが、周囲を取り囲む若い娘さん達(それでも恐らくは私より年上ですが)に花束を贈られて、困ったような笑顔で対応しています。まるで男性アイドルとそのおっかけのような光景です。



 そんな奇妙な光景を眺めていたら、人垣の中心にいたマッチョさんと目が合いました。



 ――――その瞬間、トクン、と心臓が高鳴り恋が始まる。





 ようなことは全くありませんでしたが、露骨に視線を逸らすのも失礼かと思ったので、軽く頭を下げてお辞儀をしておきました。ぺこり。



 さて、そろそろ今日の食事と寝床を確保しないといけません。

 獲物、もとい親切な人を探しに行くとしましょう。

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