マユハキタケ(Trichocoma paradoxa)

 きのこを探しはじめた当初から、雑木林のとある切り株の上に気になる物体があった。いつ行ってもその切り株の上には、なんだか枯れてしまった花のようなものが散りばめられている。梅雨がはじまって、そして明けて、夏がやって来て、猛暑の八月を過ぎて、なお秋になっても、一向になくなる気配がなく、同じ切り株のそこだけにやはり何か枯れた花の蕾のようなものがけっこうびっちりばら撒かれているように見える。季節が移ろうごとに、減ったり増えたりしているような気もするが、きのこに対する知識が浅かった頃には、「たぶん、これきのこじゃないかなあ。」と疑いつつも、いつもちょっと覗きこむだけで、首を傾げながら通り過ぎていた。しかし、きのこの知識が増えたぼくのきのこ脳が、ある日完全にその物体をロックオンした。


「アレハ 96パーセント ノ カクリツデ キノコ デス」


 どうもぼくが目にしているいつもの物体は、きのこの老菌が乾燥した末の姿なのではないかと憶測し、いつもは確認しない切り株の周囲や穴の中をじっくり観察してみると、そこには文献で見知ったフサフサ顔の奴がいたのだ。


 というわけで、今回は「マユハキタケ」の話である。


 マユハキタケ科マユハキタケ属のきのこで、学名を「Trichocoma paradoxa」、漢字で書くと「眉掃茸」である。和名に付けられた「眉掃き」とは、顔におしろいをつけたあとに、眉についた余分なおしろいを払うのに用いる小さな刷毛のことであり、このきのこの名の由来はもちろん「眉掃き」に似るその容姿からきている。昨今、日常的におしろいを顔につけて外出するご婦人がどのくらいいるのかは知らないが、かつておしろいが主流だった時代には、眉掃きはナウでマストなアイテムだったはずである。


 さて、きのこの方はといえば、無味無臭で食毒は不明とされているが、まあ食用には向きそうもなく、百歩譲って眉掃きになら使えそうなフサフサの柔らかさである。このきのこは、不整子嚢菌類という種類に分類されているのだが、この種類の多くはいわゆるカビだということで、こうやってきのこの形状をなすものは少ないという。きのこ道奥深しである。しかし、これにロックオンしたということは、ぼくのきのこ脳もずいぶんレベルアップしたという確固たる証ゆえ、きょうは赤飯に鯛のお頭付きと洒落込まねばいかぬのは言うまでもないはず。


「ははうえっ〜、ははうえ〜っ、本日は赤飯を炊いてくだされっ!!」

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