第9話 動き出す闇



「間におうたか…。あやつは無事なのじゃな?」

 古びた小屋の中。

 囲炉裏の前で鍋をかきまわす老人は、今しがたやってきて膝をついた者を伺う事なく口を開く。


「は、長老が早々と手を打たれたのが幸いしたようで」

「ほっほっ。ワシではない。あやつが事前にそうせよと言ってきておったのだ。褒めるのならば彼奴きゃつの方であろう」

 頭巾の下で驚きのまなこを浮かべた彼は、すぐさま湧き上がる感情をねじ伏せる。

 そのようなものは不要であり、与えられためいを果たす事ための道具でさえあればよいのだから。


「さすれば、もまた彼の先見の明かと」

 彼は預かってきた手紙を鋭く投げる。自分の前を横切ろうとしたそれを、長老は事も無げに受け取った。


「ふむ? また何かやれと言うてきたか? ……ほ~ぉ、なるほどなるほど」

 事前に手紙の内容を検めた彼もその内容には感服したものだ。ここまで先を考えている者がこの里に他にいるだろうか? と。


彼奴きゃつの才は本物じゃったか。よかろう、は任せよと伝えよ」

「ハッ」

 入り口の戸が開くことなく、彼は小屋より姿を消す。


「やれやれ、これからはのんびり飯を喰うとる暇もなくなりそうじゃの、ほっほっほ」

 再び一人となった長老は楽しげに笑い声をあげた。







「太田の討ち死には甚だ残念ではあるが、お主らが生きて戻ってきたのが不幸中の幸い……ゴホッゴホッ!」

「殿、ご無理はなさらぬよう。どうか安静になさってください」

 敗戦に意気消沈した、という事ではないだろうが、大殿の容態が急変したのは全軍が国内へと戻ってきた頃であったという。


「(元々が病弱だったか。道理で)」

 いかに力があろうとも家臣は家臣。太田が殿をないがしろにして幅を利かせられていた理由がわかった気がした。

 しかし太田が死んだことによって、次なる火種はすでに生じ始めている。


「殿! 後のことは我々が! 太田殿の分まで粉骨砕身、尽くしますゆえどうか御身を大事に!」

「そうです、我々に任せて体を御労りくださいませ!」

「殿!」

「殿!」

 太田の後釜を狙う家臣たち。

 利権目当て丸出な彼らに、明らかに大殿は作り笑いを浮かべている。心中不安でいっぱいだろう。


「殿。彼らの言うとおり、まずはご養生ください。とこにあっても報告は欠かせませぬし、めいを与えてくだされば、我らはそれを守ります故」

 見かねた山原はつとめて無感情に、語気優しく進言する。それを受けてようやく大殿は安堵の表情を浮かべた。


「頼むぞ信正。皆もしかと力を合わせ、この国を守るようしかと頼んで……ゴホッゴホッ!」

 長くないな――――大殿が亡くなれば、この国は未曾有の混乱に陥るだろう。


 やはり行動を加速させる必要がある。山原は並み居る家臣の中、一人決意を固めた。





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