第7話 女達



「姫様。かように身分の低い者を毎日お呼びになるのは如何なものかと」

 女中の進言がなんとも気分を害する。楽しいひと時の余韻を台無しにされ、彼女は明らかに不機嫌になった。


「わらわが良いと言うのじゃから良いのじゃ。余計なことをもうすでない」

「ですが姫様」


「それにのう、身分が低いからこそ良いのがわからぬのかや?」

 疑問をの意を浮かべる女中の顔を見ていると本当にイライラする。頭が悪いくせに、一人前に意見してくるのがこの上なくうっとおしかった。


「……はぁ。よいか? 身分の高いものを呼んでみよ。その者らは父上の下で重要な役目を担っておるはずじゃ。それにわらわの相手をさせては、父上が困る事になろうぞ」

 国というものは家臣達が働くことで成り立っている。身分が高くなればなるほどその役目は重要になってゆく。

 そんな家臣に、国主の娘といえどその遊び相手を務める時間を割かせるのは愚の骨頂である。


「わかったら黙っていよ。ろくに碁も打てぬものが浅はかな意見を述べるでない」







「………。雇う、のはかまわないが…、ろくはそう多く出せないぞ?」

「かまいません! 私…山原様のところで働きたいんですっ!」

 町娘―――おみずが屋敷に押しかけてきたのは、件の姫が山原の嫁!?騒動から半月後の事だった。


 元々、山原の屋敷はかなり小さく、屋敷というよりも小さな庵と言うべき最低限の居住性のみを備えたものである。

 家人を雇う必要はなく、また本物の山原にも雇う金などなかった事だろう。


「(今でこそまぁ一人くらいは雇えなくもないが…しかし、またいきなりだな。随分と決意を固めた表情かおだが…)」

 少なくとも、自分の正体を知って仇なそうという類ではないようだ。

 女心などどうでもよい彼に、彼女の想いを察する必要はない。考えるのは己の活動に支障が出ないか、それだけである。


「ふぅ、わかった。とりあえず試しに一ヶ月雇おう。それでよいか?」

 途端に彼女の顔がほころぶ。満面の笑顔は魅力的ではあるが山原の心が動くことはない。


「あ、ありがとうございます! 私、精一杯山原様をお支えいたしますっ!!」






「……長老からの手紙だ。お主の働き、いたく褒めておられたぞ」

「そうか。とりあえずは順調、と考えて良いのだな」

 障子は開くことなく、隙間より一通の封書が指し込まれてくる。それを受け取ると軽く中身を一瞥し、灯火にかざして焼き払った。


「これが次の報告だ。長老に届けてくれ」

「心得た。我々の将来はお主の手腕にかかっている……よろしく頼むぞ」



 シュ……ッ


 気配が完全に消えたのを確認すると、山原は大きく呼吸いきを吐いた。


「姫を堕とせ、か。まぁそうなるのは当然だが、問題はいかに…」

 いかに自分の正体を知らせ、企みに賛同させるか? だがそれでもし姫が了承しなかったならば…

「(……死んでもらわねばなるまい)」




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