其の五 知略、計略、謀略渦巻く極東

旧ホッカイドウ西エリア、かつてサッポロと呼ばれた土地の飛行場に一機の輸送機が降り立つ。


輸送機と言っても地球のそれとは大きく形状と動力が異なる。

銀色のドーム状の物体で翼は無く、宇宙人の技術で重力を遮断して飛行する仕組みなので騒音も無い。

俗に言う『UFO』である。


おもむろに機体の一カ所が開き階段が現れ、輸送機から降りて来た人物は巨体の持ち主、『12人委員会』の猪面の宇宙人イノシンであった。


「これはこれは…遠路遥々よくお越しくださいましたイノシン殿」


後ろに数人の兵を整列させ揉み手をしながら恭しくお辞儀をするモコモコ体毛の人物は同じく『12人委員会』のラムゥだ。


「このワシにこんな僻地まで足を運ばせるとは何用だ!?

つまらぬ要件であればタダでは済まさんぞ!!」


激しい剣幕で鼻息荒くラムゥを睨みつけるイノシン。

頭に血が上りやすい性格は12人委員会で、いや宇宙軍内部でも有名で皆が恐れていた。


「まぁそう興奮なさらずに…こんな所で立ち話も何ですから基地内にお入りください」


だがラムゥはいたずらに怯えもせずイノシンを屋内へと誘う。

一見するとひ弱で温厚に見える外見のラムゥだが、12人委員会会長ジェリーマンも一目置くほどの戦略家なのだ…見かけに寄らず肝は据わっていた。


「イノシン殿をお呼びしたのは他でもありません…先の緊急委員会議で議題に上ったニンジャ討伐の件であなたに協力をお願いしたいのです」


イノシンが応接室のソファに腰かけた所でラムゥは単刀直入にイノシンに要件を切り出した。


「それはお前が直々にジェリーマン様から命令された事ではないか!

勝手な事をして後でワシまで咎められては迷惑だ!」


声を荒げるイノシン、この男…静かに話す事が出来ない質なのか常に怒鳴っている。


「それがあのニンジャが何処からこの西エリアに侵入してくるか掴み切れていない状況でして…捜索に更に人員を投入するとなりますと私の部隊だけでは正直、人手不足なのです…そこでイノシン殿の部隊に協力をと思いまして…」


「フン…!では何故ワシに声を掛けた?他にも委員会員は居るだろう」


実はイノシンとラムゥはそんなに仲の良い方では無い…

なので突然ラムゥから連絡を貰ったイノシンはとても怪しんだ。


「それはイノシン殿の部隊員が皆勇敢で優秀だからですよ…

それにご安心ください…ジェリーマン様には私が話を通しておきます…

ニンジャ討伐が達成された暁にはイノシン殿の功績をアピールさせて頂きますし、何かあった際の叱責は全て私が追います…それでいかがですか?」


「ウム…そう言う事なら協力してやってもいい…但しお前の指図は受けん!ワシはワシで好きにやらせてもらう…いいな?」


「はい…それでよろしいかと…」


ラムゥは満面の笑みを浮かべた。






「これは酷いな…」


ソラカゲ、カエデ、マコトの三人は地球人居住区で倒した兵から奪った

軍用車両に乗ってとある場所まで来ていた。


ここは旧ホッカイドウの中央付近、旧イシカリ山地と旧ヒダカ山脈の間にあたる土地なのだが、50数年前の侵略戦争のおり宇宙人が使用した熱源兵器の影響で気候が変動、降雨が一年の四分の三を占め、海面の上昇により海抜の低い、もしくは標高の低い土地はことごとく水没していた。

それは内陸も例外では無く、丁度ソラカゲ達が今いる場所はまるで広大な湖と化していたのだ。


『どうするの?ソラカゲ…ここを渡らないと目的の地球人居住区に行けないんでしょう?』


「わかってる…更に北や南に迂回する手もあるがそれだと時間が掛かり過ぎるし宇宙人共に見つかるリスクも高くなる…」


ソラカゲとカエデが今後について相談している傍らでマコトは水辺に座り込み水面に映る自分の顔を覗き込む。


「…はぁ…」


深くため息を吐く…

そこには自分と生き写しの浮かない顔をした真っ赤なリボンのポニーテールの女の子が写っているが、それは紛れも無く自分なのだ…

カエデに貼ってもらった額の止血用シートが痛々しい。

宇宙人に目を付けられないための対策とはいえマコトは早くこの女装を止めたくて仕方がなかった。


「おいマコト!お前にも関係ある話なんだからこっちへ来い」


「…はぁい…」


ゆっくりと立ち上がり二人のもとへ歩き出す。


「決めた…やっぱりこの湖を渡るぞ」


「え~!!どうやって?」


平然と言ってのけるソラカゲに驚くマコト。

乗って来た軍用車両は運悪く水中や水上を移動できるようには作られていない。

かと言ってこれからいかだや船を作るとなると時間が掛かってしまう…追っ手は何処まで迫っているか分からない、なるべく早く向う岸へ渡ってしまいたい所だ。


「こいつを使う」


ソラカゲが合図をすると

カエデはお腹のハッチから直径30cm程の円形の板を4枚取り出した。


『これは『水蜘蛛ウォータースパイダー』と言って足の裏に付けて水の上を歩く道具よ』


ソラカゲとカエデは素早く水蜘蛛ウォータースパイダーを足に装着してみせた。


「ちょっと待ってよ!!オイラはどうすの?」


「水蜘蛛の訓練を受けていないお前にやらせる訳ないだろう…

お前は俺かカエデがおぶって連れて行ってやるよ」


慌てたマコトを見て察したようにソラカゲが言う。


「無理無理無理!!!それでも水の上を渡るなんてオレには出来ないよ!!」


前に突き出した両手をブンブン振りながら尚も嫌がる。


「…ったく…臆病だな~…カエデ!マコトをお前の中に入れてやれ」


「え?」


ソラカゲが何を言っているか分からなくてキョトンとするマコト。


『はぁ~い!じゃあマコちゃん…お姉さんと一つになろうか…大丈夫…痛くしないから~あ痛たっ!』


ワキワキと怪しげな手付きでマコトに迫るカエデの後頭部を軽く小突くソラカゲ。


「何馬鹿な事言ってるんだ!!時間が無いんだからさっさとやれよ!!」


「う~ゴメ~ン…」


後頭部をさすりながらも姿勢を正すカエデ。

そして胸と腹のハッチを体の中心線から左右に大きく観音開きした。

顔のバイザーもいっぱいまで上に上がっている。


「…うわ~!!…何これ…」


中を覗き込むマコト…何とカエデの体と頭の中には何も無くただ真っ黒な空間が広がっているだけだったのだ。

いや真っ暗と言うのとは違う…まるで遠くで星が瞬いている様にチカチカと無数の小さな光が確認できる…さながら宇宙空間だ。

その美しさに息を呑み暫く呆然となる。


『じゃあマコちゃんはこっちに背中を向けて立っててね…』


「…うん…」


身体が開いたままカエデは背を向けたマコトの肩を両側から掴み、自分の方に引き寄せた…すると…


「うわわわわ!!!???」


シュルシュルと足先からマコトの体がカエデの体内に吸い込まれすっぽりとカエデのボディーに収まってしまった…いくらマコトが小柄とは言え容積的に絶対収まらない筈なのだ。


パタン!とカエデの胸と腹のハッチが閉じられる。

カエデの顔の部分に丁度マコトの顔が来ているので、傍から見ると童顔の大人の女性が紫色の甲冑を着ている様に見えなくも無い…


『マコちゃんはリラックスしていてね、体は私が動かすから』


「う…うん…でもどうなってるの?これ…」


自分に何が起きているかイマイチ分かっていないマコトが質問した。


「カエデの体内は空間を圧縮する技術が使われているんだ…

だから体の容積より大きい物を沢山収納できる。

お前もカエデが腹から色々取り出すのを見た事があるだろう?

まぁそう言う事だ」


ポン!とカエデの肩を叩くソラカゲ、勿論マコトに対してのものだが…


「よし!いざ…対岸へ…!!」


ソラカゲと中にマコトを入れたカエデは水蜘蛛ウォータースパイダーを使って湖面を正に歩いて渡り始めた。


ただこの時ソラカゲ達は気付いていなかった…蚊に偽装した超小型ドローンがこちらを監視していた事に…




「ほほう…中々面白い物道具を使うじゃないか…」


無数のモニターが並ぶ部屋…ここはラムゥの作戦指令室だ。


「イノシン殿…奴らは中央の湖を西へと横断中ですよ…」


ドローンの送って来た映像を見ながらラムゥは端末でイノシンに報告をしていた。


「お前の指図は受けないと言ってあったろう!

まぁ情報は貰っておく…手柄はワシが頂くが文句は無いな?」


「ええ…全く問題ありません…ではご武運を…」


ここで通話は終了。


「フフフ…精々私の為に敵の戦闘情報を引き出して下さいね…

所詮あなたは突進するしか能が無いのですから…フフフ…アハハハハ!!!」


作戦指令室にラムゥの笑い声が響いた。


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