其の一 宇宙忍者参上!!

「誰か!!…誰か助けて!!…」


息を切らし少年が裏路地を走る。


年の頃は十歳位。


劣悪な環境で暮らしていたため髪はゴワゴワ

顔も汚れていて不潔な佇まいだが目鼻立ちは良い方だ。

きっと清潔にしてさえいれば中々の美少年なのかもしれない。


薄汚れた細切れの布を何枚も縫い合わせたみすぼらしいパッチワークの外套を身に纏っており足には何も履いていない。


トタンや欠けたレンガ、ボロボロの鉄板で囲われた路地は一本道で

奥へ奥へと進まざるを得ない。

路面は舗装がされていない土の地面はゴツゴツと石が飛び出ている

尚且つ乱雑にゴミが散らばっており

汚水も染み出ていて所々ぬかるみとても足場が悪い。

子供が裸足で高速で走り抜けるのは無理がある。


「ギャハハハ!!逃げろ逃げろ!!」


ギョロリとした黒目しかない大きな両目、肌は銀色で頭髪は無い。

手足は異様なほどか細く、身の丈は3メートルは在ろうか

長身の宇宙人が少年を巻くし立てる。


「地球人の少年は活きがいいね~中々の上玉だから売り払えばイイ金になるぜ~」


うって変わってこちらは1メートル程しか無く横に広いチビでデブ。

同じく黒目しかない眼、銀の皮膚、こちらも髪が無い。

下品な舌なめずりをしてニタニタと笑っている。


「なあなあ…その前にオレちょっとかじってもいいか?いいか?」


こちらは黒光りする角の無い逆三角形の頭部。

頭頂部には触覚が2本あり、両目は先の二人より更に大きな複眼だ

口元は左右に顎が開く様になっていてまるで蟻である。

体躯は地球人とさほど変わらないが両手の3本の鈎爪が不気味だ。


「あうっ!!」


少年は石につまづき勢い余って前方にあった水たまりに思い切り飛び込んでしまった。

ただでさえ汚らしかった外套が泥水でグショグショに濡れた。

しかしここでうずくまっては居られない。

ならず者の宇宙人が3人、すぐそこまで迫っているのだ。

少年はすぐさま立ち上がり先を急ぐ…が逃走劇はあっけなく終了する。

先の路地を左に曲がってすぐ…そこは行き止まりだったのだ!!


「おいおい追いかけっこはここまでか~?」


「さ~てそろそろ観念してもらおうか!」


「なあなあ!!かじっていいか?なあなあ!!」


チンピラ宇宙人達は好き放題勝手な事を口走るが

少年にとってはそれどころではない。

まさに目の前に危機が迫っているのだから。

少年の背に壁が当たる、もうこれ以上は逃げられない。

キッとチンピラ共を睨みつける。

気を張っていないと全身が恐怖で震えあがり卒倒してしまうだろう。

臆病な勇気を振り絞る、それが少年に出来る最後の抵抗だ。


ジワジワとにじり寄る3人の宇宙人。


「グヘヘヘ…」


下卑た笑い声を挙げながら

チビデブが少年の胸ぐらを捕まえようと手を伸ばす。


「くっ!…」


目を閉じ顔を背ける少年。

もう駄目だ…そう思った。

しかしその時!!




ボトン…




何かが地面に落ちて転がる。


少年を含めその場に居た一同が見たそれは

チビデブ宇宙人の右腕であった。


「ヒッ…ギ…ギャアアアアアア!!オレの…!オレの腕があああああ!!!」


切断面の肩口から大量に紫色の液体が噴出する。


種族にもよるが宇宙人の血液は赤に限らず様々な色をしている。

その血液は眼前の少年にも大量にかかり。

地面に倒れ込んでピクピクと痙攣する宇宙人からは大量に出血し

見る見るその場を紫の水たまりへと変えていった。


「何だ!!何が起こったんだ!?」


3メートルの宇宙人と蟻型宇宙人は周りをキョロキョロ見回し警戒する。




ゴトン…




警戒の甲斐も無く次に地面に転がったのは蟻の頭だ。

頭部を失った首の付け根からは噴水の様に上方に向けて大量に黄色い体液が噴き出す。


「ひっ…ひゃああああ!!!!」


恐怖心から半ば錯乱状態に陥った3メートルの宇宙人はとにかくこの場を離れようと路地を引き返すもそれは叶わなかった。


次の瞬間…彼もまた数切れの肉片へと姿を変え地面に散らばったのだ

更に大きな紫の血だまりを残して…


「大丈夫か?少年…」


いつの間にか少年の前には一人の人物が立っていた。


頭はフルフェイスのヘルメットで隠れていて顔は全く確認できない。

低めの声質から辛うじて男性であるのは想像できる。

ただその姿はその場に全く似つかわしくない物だった。

ヘルメットに施されている和風の金細工の意匠がまるで宇宙戦争前に栄えた『日本』にかつて存在したと言う『忍者』を連想させる物なのだ。

着ている服も鎖帷子的なアンダーウエアに

忍び装束を彷彿とさせるジャケットを纏い。

胸と肩には赤い甲冑状の防具。

白のボトムは大腿部の辺りがダボッと膨らんでおり

シューズは草履を連想させる造形の物だ。


「あ…あ…あ…」


突然目の前で展開された地獄絵図…

目の前の人物がこの惨劇を起こした張本人と瞬間的に悟り

先程の宇宙人の襲撃から脱した安心感と

新たにに訪れた得も言われぬ恐怖により

頭の先からつま先まで紫に染まった少年は放心状態に陥り

目を目いっぱい見開き口をぱくぱくさせるのが精一杯であった

心拍数もドンドン上がって行く。


「あ~…これは駄目だ…カエデ!来てくれ!!」


そのテンパり具合を見かねた忍者は仲間らしき人物に声を掛けた。


『は~い!今行きま~す!』


甲高くしかも電子音声特有のくぐもった女性の声がする。

何処からともなくすぐさま傍らに現れるそのカエデと呼ばれた人物もまた特殊な外見をしていた。

紺色の甲冑を全身に纏った女性と思しきシルエット。

頭も先程の忍者同様、すっぽりとヘルメットをかぶっている。

ただこちらは顔の前面すべてが黒光りするシールドになっていて

時折内側が赤や黄色や緑にチカチカと発光している。

頭部の後方の左右から体の甲冑と同様の素材で出来ているであろう

二枚のブレードが下がっている。

まるで女性の髪型で言う所の『ツインテール』の様だ。


その甲冑女性、カエデが少年に近づきそっとその首筋に右手の人差し指を当てる。


『は~い!もう大丈夫よ~気を楽にしてね~ちょっとチクッとするわよ~』


そう声を掛けながら人差し指先端から注射針を射出、首筋に突き刺した。


「いたっ!…あ?…れ…」


少年は慌てて首筋を押さえるが、先程の取り乱し様が嘘の様に治まり落ち着きを取り戻した…のもつかの間

そのままへにゃへにゃとその場にへたり込み意識を失った。

そしてクゥクゥと寝息を立て始めたのだ。


『あれ~ちょっと精神安定剤が多かったかな~?』


カエデは右手のゲンコツで自身の頭をこつんと叩く。

顔のシールドには『てへぺろ』している落書きの様な表情が映し出されている。


「やれやれ…そのガキをこのままにしていく訳にもいくまい…

何処か落ち着ける所を探すぞ!」


『は~い!』


忍者はすっかり熟睡してしまった少年を抱え

カエデと一緒にその場から飛び去った。

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