第21話 バウンティハンターの不義

「……なあ、さっきから気になってたんやけど、この出っ張ってんのん何?」


 怜子と名乗ったその女の手が上着の上から腰のブラスターに触れる。


「ドライヤーや」


 出角はおざなりに答えた。怜子のブラウスの前ボタンを外すのに必死だったからだ。酔っているせいか、なかなか思うように指が動かない。


「おっちゃん美容師? ……ちゃうよねえ、どう見ても」

「……よう言われるわ……おっ」


 怜子の手がするりと腰を滑り、出角のズボン前を捉える。


「余計なとこで頑張ってんと……ちゃんとこっちの方もガンバらな……」


 垂直に上を向いた陰茎の側面を人差し指がつー…と這い上がり、途中参加した親指と薬指が亀頭を捏ねはじめる。

 まるで布地の上からその形を点検されているようだった。

 非・現実的なまでの強い感覚が出角の下半身から、波紋のように全身に広がっていく。一瞬、気が遠くなるのを感じながらも、出角はブラウスのボタンに集中した。


 集中の甲斐あってか、ようやく怜子のブラウス前が全部開く……半透明のプラスチック製ブラに包まれた、ささやかな膨らみがそこにあった。

 

 一体自分は何をしているんだ……?

 出角はここ数十分の自分の行動が信じられなかった。


 自分には美しく、若く、優しく、そして充分すぎるくらいの性的魅力を携えた、申し分ない妻が居る。

 

 一度たりとも、その完璧な妻である鳴美を裏切ったことはなかった。


 結婚して以来この4年間……他の女に対してこうした感情を抱いたことは一度もない。自分が清廉潔白で公明正大な“夫の鑑”だなんて思うわけではないが、それは間違いのない事実である。自分の性的欲望は余すところ無く全て妻の鳴美に捧げられていて……他の女に回す「余分」などあり得ない筈だった。

 

 それがどうだ?


 数十分前に居酒屋で初めて出会った女と、こうして駅前のラブホテルにしけ込んでいる自分がいる。

 

 出角は怜子のブラウスの前を掴み、一気に腰まで開いた。

 頼りない肩幅と薄く肋の浮いた脇腹、贅肉のない腹の下部にちょこんとついた可愛らしい縦型の臍が部屋の薄いグリーンの照明に照らし出される。

 

「きゃあー……おっちゃんワイルドー……」


 そう言いながら怜子が口の端を歪める。

 

 妻の鳴美とは正反対の、少女のような肉体といたずらっ子のような微笑みは、さらに出角の現実感と自制心を削ぎ落とす。

 

 自制心……それも妻への一途な想いと同様に、普段の出角が自負する数少ないもののひとつであるはずだった。


 女アンドロイドを追いつめては、処分する前にこってりと性的搾取を行う、そういった一般的な同僚バウンティ・ハンターたちが持ち得ない類い希な自制心を持ち合わせていたからこそ、自分は世界最高記録を保持する最高の賞金稼ぎになり得たのではなかったのか?


 ……見も知らない女と、酔った勢いでホテルに入り、まるで初体験の男のように欲情でイッパイイッパイになっている……それが、世界最高のバウンティ・ハンターのすることか?

 

 怜子の腰に荒々しく腕を回すと、スカートのホックを探り、外した。

 すかさずジッパーを降ろす……ブラウスに比べると、格段に手際が良くなっているように思えた。


「いやーーーーおかされるーーー」怜子が言いながらケラケラと笑う。「おかあさーーーん」

 

 この小憎たらしい小娘をどないしてやろうか。

 

 その思いの前では、妻の鳴美への思いも世界最高のバウンティ・ハンターとしても自負も……まるで羽のように軽かった。


 後者が羽のように軽く消し飛んだことは、今の出角にとって大した問題ではない。……問題なのは、前者のほうだ。

 “世界最高のバウンティ・ハンター”?……そんな肩書きは糞くらえ、犬にでも食わせろ、だ。

 しかし妻に対する想いはそうではない筈だった。それまで犬に食わせたとしたら、その後の自分には何が残る……?

 

 怜子を円形のベッドに突き飛ばす。

 痩せた躰がグリーンの光に彩られ、うすい陰影が浮かび上がる。

 怜子はベッドの上でぐったりと躰を投げ出しながら、相変わらず何か悪巧みでもしているかのような挑発的な視線で、出角を見上げた。



「ストッキング……びりびりに破ってもええんよ……破きたい気分やろ」


 出角はそうした。

 力任せにストッキングを引きちぎり、むしり取った。

 勢いに任せて、怜子の躰に張り付いていたプラスチック製のブラジャーもショーツもはぎ取り、全裸に剥き上げる。

 

「いやあーーーむっちゃはっげしーーい……」

 

 せせら笑いながらも、ほんの少し怜子の声は上擦っていた。

 出角はひたすら残忍な気分になり、怜子の脚の間に顔を突進させた。

 

「あうんっ……」

 びくん、と怜子の躰が跳ねる。

「余裕ぶっこきよってこのクソガキが……ひいひい言わしたるからな」

「言わせてえな……」


 怜子がまた薄く笑いながら出角を見下ろす。

 怜子の入口にかぶりつくように吸い付き、めちゃくちゃに舌を走らせる。


「………くっ………」


 出角は舌を使いながら怜子の表情を注視していた。

 あの憎たらしい顔が、根を上げる瞬間を見逃すつもりはなかった。

 怜子はしばらく、固く目を閉じて何かに耐えている様子だったが……やがてその鼻と口が、笑いでも堪えているかのようにムズムズと動き始める。


 舌先を尖らせて、怜子の先端を探り当てると……集中的にその部分をまさぐった。

 

「あんっっ! ………」


 2段階ギアを上げたように、怜子の躰がベッドの上で踊りはじめる。

 出角は情け容赦なく舌先での攻撃を続けた。

 上へ上へ逃げようとする怜子の細い腰をしっかりと掴み、固定する。


 逃げ場を無くした怜子をさらに責め立てた……怜子が泣き声を上げて許しを乞うまで、止めるつもりはなかった。


「………あっ………はっ…………はあ…………んっ………」


 怜子の腰がうねり、喘ぎにも一定のリズムが出来たのを見計らい、出角は自分のズボンのベルトを緩めた。

 腹立たしいくらい邪魔になるブラスターをホルスターごと引きむしり、ベッドサイドに投げ出す。


 どすん、と大きな音がして、怜子がブラスターを見る。


「……………」

 と、途端に怜子の喘ぎが止んだ。

「………どうかした?」

 股間から顔を上げて、怜子の顔を見上げる。

「……これ……アレやろ。ブ、ブ………」

「ブラスター……見んのん初めてか?」

「………おっちゃん、バウンティ・ハンター?」

「………そうや、悪いか?」

 

 突然、怜子が太股で出角の頭を締め付ける。物凄い力だった。 


「な、な………何や?………」


 目と鼻の先で、特に刺激もしていない怜子の性器がみるみる溢れ返っていく。

 驚異的なながめだ……濡れた肉がまるで独立した軟体動物のように息づくのが見えた。黙ってみていると……噛みつかれそうな勢いだ。

 職業柄、これまでにありとあらゆる酷いものを見てきた出角だったが、その様には恐れを感じずにはおれなかった。 


「ぐっ……」

 

 いきなり頭を掴まれ、顔を性器に押しつけられた。

 同時に、太股がまるで万力のように側頭部を締め付けてくる。 


「あ、あ、あかん……目、飛び出す……耳から脳が出る………」

 思わず出角は悲鳴を上げた。

 

 しかし怜子は太股の力を緩めない。

 

「は、はあ………んっ………ああっ…………な、なあ………おっちゃん…………」

「な、なんや………」

「お、お願いがあるんやけど………聞いて………くれる?」

「聞く、聞くから放してくれ……」

 

 怜子の太股から解放される……顔を離すと鼻先と性器まで、粘液の糸が引いた。

 

「あれで……」怜子が熱っぽい視線でブラスターを見る「……あたしを狙って」

「は?」

「ええから………あれで狙って……そしたら」上唇を舐めながら、怜子は言った。「……すんごいことしてあげる」

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