カウベリーの独白(Cowberry's Monologue)

 誰なの。

 あなたは私の心を的確についてくる。私の心を完全に読んでいる。えぐるように核心を当ててくる。

 私は、あるハンドルネームに悩まされていた。

 それは、あの人とは違って中傷でもちょうろうでも罵詈ばり雑言ぞうごんでもなかった。だが、それ以上に危なっかしくも、わくてきな響きをはらんでいた。


 そのとき、部屋をノックする音。私は恐怖のあまり瞬時に身をこわらせたが、その音はどこか優しさを伴っていた。どこか安心感を与えるような穏やかな訪室。しかし、頭の中では一瞬応答するのが躊躇ためらわれるような、どこか危険な香りも漂わせていたように感じられた。

 ところが、不思議なことに私はそれにあらがうことができなかった。何か強力な磁石に引き寄せられるように、扉を開けた。そこにたたずんでいたのは、一人の女であった。

 その女は、それまでに見ていた彼女の表情とはあまりに違っていた。ひどくうれいを帯びており、心悲うらがなしげで悩ましげで、それでいてあまりにも艶かしかった。

 女は何かを呟くように問いかけてきた。既に錯乱しかけていた私は、発言内容が聞き取れず、思わず「はい」と言ってしまった。

 返事をするや否や、女はいきなり私に口づけてきた。私は目を疑うしかなかった。あなたは一体何をしているの。問いかけようにも口を塞がれてどうすることもできなかった。細く肌理きめ細やかな舌は、妖艶にうごめきながら私の口腔内にちんにゅうしてきた。

 女の鼻孔から漏れる呼気は、かぐわしく、快い嗅覚と触覚に刺激され、立ちどころに麻薬の如く私をとろけさせた。そのまま触れ合った二つの身体はしとねへと投げ出され、重力に抗うことなく、すべての意識を感覚細胞へ向けた。

 女は、慣れた手つきで私の着衣を乱し始めた。季節は仲秋で肌寒い高地とはいえ、室内はほどほどに暖かく、私を含めメンバーたちは皆薄着である。

 私の理性はどこかに追いやられてしまっていた。鋭敏に刺激された身体は、抗うことの一切を許さなかった。

 そして、一糸まとわぬ姿になるのに幾許いくばくもかからなかった。そして女も婬猥いんわいで美しくしなやかな裸体を披露した。すべての触覚が剥き出しになったような肌は、細やかな産毛が擦れるだけで大きく身をよじらせた。

 彼女の胸部に、重力に従って垂れ下がってたわわに実る果実のような脂肪組織は、ベリー類には到底似つかわしくない。

 ベリー類。

 そうだ、ここはベリー類で象られた連続殺人事件なのだ。彼女も私もベリー類のハンドルネームを持つ。しかしこの女は何ベリーなのかは分からないのだ。


 こんなことをしていてはいけない。私は不意にそう思った。急激に理性が甦り私の身体を奮い立たせる。悦楽は罪悪へとすり替わり、彼女の身体を払いのけた。

「や、やめて!」

 私は渾身の力で、しかしながらどこかで他にこの声が漏れないくらいのブレーキをかけながら訴えた。あくまで彼女の動きに警戒しながら、汗に塗れた身体に衣服を纏わせた。

 女はどこか不満げでこちらをけていたが、そっぽ向くと小さく「ありがとう」といい、私の部屋から辞去していった。

 一体何だったのか。私は空虚感と心理的抵抗感とにさいなまれながら、しばらくその場所にたたずんでいた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


カウベリー(Cowberry)

 日本名はコケモモ。コケモモの別の亜種として、リンゴンベリーがある。ツツジ科スノキ属。クランベリーと味は似ていて実がクランベリーより小さい。酸味が強いので肉料理の付け合わせなどに使う。またジャムやシロップに利用される他に、ジュースやシャーベットにも良い。

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