第4話;過去

 初めの事件から、8ヶ月ほどの月日が経過した。

 吉田は進級し、大学4回生になる彼は、就職活動に精を出していた。しかし彼は世間の評判が悪く、内定も取れないまま活動は難色を示していた。


 一方、警察には大きな動きがあった。以前、身柄をかくまって欲しいと要求した男が再び現れ、今回は、被害者との関係を明かすと言う。

 男は、5人目の被害者とも仲間だった。


 男の連絡を迷惑がった警察だが、話を聞く事にした。


「また前みたいな態度を執ったら、公務執行妨害や侮辱罪で逮捕するからな?」

「嫌だな、刑事さん。今回は、ちゃんと話しますよ。そんなカッカしないで…。へへへ。」


 会うなり安田は男を脅し、無駄な時間を費やす事を拒んだ。

 男は脅しに強張った顔をしたが直ぐにヘラヘラと笑い出し、安田の機嫌を取り始めた。


「…それで?お前と被害者らの関係は?それで犯人像が割り出るのか?」

「先ずは、後藤との関係を教えて下さい。」


 安田は男の態度に溜息をつき、佐藤は粛々と調査を進めた。


「後藤?」


 しかし男は佐藤が挙げた名前に、そんな男は知らないと言った表情を作った。

 それを見た安田は顔色を変え、男に突っ掛かった。

 後藤とは、5つ目事件で殺害された男の名前だ。


「お前!また惚ける気か!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!刑事さん!」


 佐藤が安田を止める前に男は両掌を出し、安田に向けて彼の勢いを止めようとした。


「俺は、誰の名前も知らないんだ!でも、奴らは間違いなく俺の仲間だった。名前は知らなくても、顔は知ってる!」

「何…?それはどう言う事だ?」


 また警察をからかいに来たと思われた男だが、明かされた秘密に、2人はそれがどう言う意味なのかを理解した。


 男は、20年ほど前に数名の男達とインターネットで知り合い、とある犯罪を繰り返していた。男達はその時からお互いをハンドルネームで呼び合い、名前は勿論、素性を探らない事を条件に出会っていたのだ。


 そして、男達が繰り返した犯罪とは…



 男が知る全てを聞き出した後、安田は男を力一杯に殴った。彼の正義感が男の過去と、それを平然と話す態度を許せなかった。佐藤も、男の話に怒りを覚えていた。


 安田は更に男を殴ろうとしたが、佐藤はそれを止めに入り、取調室の外に追い出した後、中から鍵を掛けた。そうでもしない限り、安田の興奮を止める事が出来ないと判断した。

 佐藤は、安田が興奮したので止め役に回ったが、安田がいない状況だったなら、彼も間違いなく男を殴りつけていただろう。

 佐藤は今、自分を抑える事に必死だった。それほど、男からの告白は衝撃的だった。


 そして2人は遂に、この連続殺人事件の背景…被害者の共通点を知った。


 …男達は20年ほど前に、凶悪な犯罪を繰り返していた。グループでの犯行により、婦女を暴行し続けたのだ。夜道を歩く同じ年頃の女性を拉致し、性的な暴行を加えていたと言う。

 暴行に参加した人間は…8人。その内の1人がこの男で、その内の5人が、連続殺人事件の被害者達だ。


 安田と佐藤は目の前の男を含め、後3人の男達が殺害の対象になっている事を知り、この事件は、まだ終止符が打たれていない事を察した。


 佐藤は男に、残り2人の居場所を確認したが、男は知らないと言う。

 男は、残り7人の名前、素性を一切知らない。1年ほど悪事を繰り返したが、その後、お互い音信不通になったと言う。

 犯行に及ぶ前の約束だった。誰かが捕まったとしても、他の共犯者を道連れにしないようにと、そのような行動を取ったのだ。共犯を集った中心人物が、素性を伏せて会おうと提案したそうだ。


 中心人物は用意周到であった。男の話によると8人が顔を合わせた時、そこに中心人物の姿はなく、募集に集った人物しかいなかった。

 男は、中心人物は行動を起こす前に怖くなり、姿を現さなかったと言うが、安田の判断は違っていた。それまでのハンドルネームを捨て、新しいハンドルネームを準備し、あたかも募集を見て参加した人間に見せかけたと推理した。

 佐藤は目の前の男に中心人物ではなかったのかと問い質したが、男はそれを否定する。


 それにしても男が、何故今になって過去を白状したのか…?単純な理由だ。

 男は以前に警察を訪れた時、事件の時効を知らなかった。自分を守る為に留置場に放り込んで欲しいと訴えた男だが、それは犯人が見つかり、事件が解決するまでの短い期間を考えていたもので、実刑を受けて、長年の刑務を果たすつもりはなかったのだ。

 男には罪を反省する気はなく、ただ自分の保身だけを考えていた。

 しかし最近になって、事件には時効があり、それを過ぎると罪には問われない事を知った男は、今になって20年前に犯した罪を白状するに至ったのだ。


 それを聞いた安田は、男の姑息な考え方と話し方に我慢の限界を知り、殴り飛ばしてしまったのだ。

 男はこの時、佐藤に止められた安田に対して訴えると騒ぎ立てたが、安田を取調室から追い出した佐藤の言葉を聞いて顔色を変えた。


「あの暴力刑事は誰だ!?訴えてやる!」

「……良いか?よく聞け。今は法律が変わった。お前が知っている時効は15年だろうが、今は時効が廃止されているんだ。」

「……廃止??」

「ああ。つまり、時効はない。100年経った後であろうが、お前を罰する事が出来るんだ。」

「そんな…まさか!?」


 佐藤は刑事である。男は佐藤の言葉を信じ、肩を小さくして黙りこんだ。


 男は、見事に佐藤の嘘に騙され、刑務所に放り込まれる事を覚悟した。

 実は佐藤は、嘘をついていた。現在の法律では確かに、強盗強姦致死罪の時効は廃止されている。しかし法律が改定される前に起こった事件は、その当時の時効が適用されるのだ。つまり男達が犯した罪は時効が過ぎ、現在では罪として問う事が出来ないのだ。

 また、これらの犯罪は被害者が告訴をした後に公訴が出来る、つまり被害者から被害届がない限り加害者を裁く事が出来ない親告罪だ。しかも強盗や致傷、そして殺害、つまり被害者の負傷や致死が伴わない婦女暴行だけを行った場合、その時効は現在でも10年、良くても15年だ。

 男は、佐藤の嘘に騙された。助けを求める男は、そんな事も知らない人間だ。犯した罪には反省の色も見せず、暴力を振るった安田を非難し、法律に関した知識や、それを学ぼうとする気もない、社会の底辺にいる男なのだ。


「全ての事件が解決したら…覚悟しておけ。次はお前の番だ。」


 そう言って佐藤は小さくなった男を1人残し、取調室の外へ向かった。

 今の言葉使いは、佐藤には似合わなかった。彼はここにいない安田の代弁として、男を脅迫した。


 佐藤は、取調室の外で頭を冷やす安田と話し合った。

 安田の興奮は収まらなかったものの、彼の、事件に関しての考察は冷静だった。


 2人は、男の話を信じる事にした。そして…男を監視、保護までをする事にした。

 気は進まないが、実際、現在は男を罪に問う事が出来ない。ただの民間人として、そして命が危ない人間として扱うしかない。

 また、男を監視していれば、犯人は必ず現われるはずだ。2人は男を、利用する事にしたのだ。

 安田の指示に、佐藤は従った。取調室に戻った彼は男に嘘をつき、解放する事にした。


「あなたの過去を立証するまでは、私達はあなたを逮捕する事が出来ない。ただ、過去の罪から逃げようとしても無駄です。これから私があなたの行動を監視し、また、保護もします。逃げると言うような、下手な考えはしないように…。」

「??どう言う意味…ですか?」

「あなたの命は保障します。ただ、連続殺人犯が逮捕された暁には、あなたにも罪を償ってもらいます。」

「……。」

「この提案が受けられないなら、どうぞご勝手に。警察が見ていないところで、あなたが命を落とすのも勝手です。」

「!!」


 何も知らない男は、佐藤の言葉に従う事にした。




 事件の背景を知った警察だが、犯人の人物像までは追えなかった。

 残念な事に男達が犯した過ちは、公訴どころか、告訴された記録もなかった。被害者達は無念にも、男達を罪に問う勇気がなかったのだ。

 男達の過去は闇の中に葬られており、この事件の犯人と思われる、過去の被害者を割り出す事が出来なかった。


 警察は、暴行を加えた女性達を殺害したのでは?と疑ったが男はそれを否認し、また、過去の事件に関連し得る、未解決な死体遺棄事件も見当たらない。

 男は当時、グループで5件ほどの犯罪を繰り返したと証言しており、しかも見知らぬ女性ばかりを狙ったので被害者の名前や素性も知らず、誰が自分達を狙っているのかは、皆目検討がつかないと話していた。


 ただ今回の事件、つまり復習劇の標的である人間が何処に住んでいるのかの、広い範囲での推測は出来た。

 当時、全ての犯行において8人全員が集まっており、それを考えると、少なくとも犯行当時は全ての人間が遠方ではない場所に住んでいたはずだと言う。犯行は常に衝動的に行われ、誰かが突然仲間を誘い、8人全員が参加したと言うのだ。比較的近辺に住んでいないと、不可能な行動であった。

 実際、離れた場所に住んでいた男は、3件目で殺害された男だけである。他の者達は目の前の男を含め、半径30キロ以内に住居があるのだ。



「…だったら、これまでの捜査は何だったんだ?」


 事件の背景は浮かび始めたものの、犯人の人物像は追えない。

 それどころか、これまでの調査が全て白紙になり得るのだ。


 事件の発端は間違いなく復習劇であり、原因は過去の婦女暴行事件だ。

 警察はこれまで、犯人は男性だと考えていた。しかし真犯人が20年前の被害者本人だったのなら、これまでの目撃証言や防犯カメラに映った男は、全て対象外になる。吉田に掛けた疑いも、同じく晴れてしまうのだ。


 しかし警察は犯人を、20年前の被害者の知人や肉親だと疑った。被害者の恋人や肉親が復習劇を代わって遂げているなら、犯人が男性であると言う可能性は高い。

 反対に、40代前後の中年女性が犯人であるとは考え辛い。この年頃の女性が大の男を連続して殺害すると言う事は、かなりの無理があるのだ。

 警察はこれまでの証言や証拠を無き物にする事は大胆過ぎると考え、犯人が男性であると言う線でも捜査を続けた。



 そして吉田は、親族関係を洗われた。母親が当時の被害者の1人ではないのか?吉田は、母親の代わりに復讐を果たしているのではないか?と疑われたのだ。

 しかし吉田の両親は、6年ほど前に他界している。残った肉親もおらず、母親が当時の被害者だったのかどうかを確認する事は出来なかった。少なくとも当時の住居は、男達が犯行を繰り返した場所とは離れていた。


 それでも2人は吉田の実家があった地域にまで足を運び、周辺の人間にも聞き込みを行った。

 勿論、吉田本人にも聞き込みを行った。彼は事件の背景に憤慨したが、それでも冷静に、母親からそのような話を聞いた事はなく、ましてや自分が、復讐劇の主人公でもないと主張した。母親の実家周辺の人間も、そのような話は聞いた事がないと言う。


 男の供述によって事件の背景は見え始めたが、それと反比例して吉田への疑いは、犯人どころか容疑者である可能性すら低くなった。



「やはり…あの男だけが頼りか?」


 男達は、同じような罪を5回ほど繰り返した。当時の被害者が今回の事件の犯人なら、何処の誰が犯行に及んだのか、皆目、検討が着かない。ましてや被害者の肉親や知人が復習劇を代行しているとすれば、犯人を特定する事は到底無理である。

 犯人がどんな人物であるか…その特定範囲は広がるどころか、もはや想像や推理が出来ない域にまで達しているのだ。


 それ故、安田と佐藤は白状した男をあえて泳がし、保護をしながらも、犯人が現われるのを待つ事にした。



 しかしこの動きが犯人にばれたのか、そこから数ヶ月の間、捜査は進展を見せず、また、新たな殺人事件も起こらなかった。

 その間にも吉田は就職活動を続け、どうにか1つの内定を受けていた。

 吉田は、就職に必要な資格の取得にも力を入れていた。希望する資格は保育士であり、彼は、児童養護施設への就職を希望している。



「あらっ、吉田さんね?わざわざ足を運んでくれて、ありがとうございます。」


 吉田はこの日、内定を貰えた児童養護施設を訪れた。この施設は、吉田のマンションから電鉄を利用し、3時間ほど掛かる場所にある。

 吉田は週末を利用して施設に向い、挨拶と見学をさせてもらうと同時に、周辺に住み易い物件はないか探しに来たのだ。


「こちらこそお忙しいところ、無理なお願いを聞いて頂きありがとうございます。」


 吉田は責任者に、施設の見学を申し出ていた。施設の責任者は60代の女性で、名前を深川と言う。2人の、若い常勤勤務者と数名のパートタイム勤務者らと共に、20人ほどの児童の面倒を見ている。

 吉田は小学校の教員免許も準備しており、児童指導員としての資格も望んでいる。常勤勤務者が1人退職するので、深川は吉田のような人材を探しており、内定にまで至った。



「……?吉田さん…。何処かで、見た事ある顔をしてるわね…?」


 事務所に招かれ、一緒にお茶を飲んでいる時、深川が吉田に尋ねた。

 吉田は、このような質問には慣れている。そして今回の内定は、取り消されるかも知れないと覚悟した。

 吉田が施設を見学に来た理由は他にもある。彼は、警察やマスコミから連続殺人事件の容疑者、重要参考人として扱われているのだ。施設に対して、果たして、そんな自分を受け入れてくれるのかが気になっていた。

 深川から声を掛けられたが、仮に彼女が何も知らないとしても、今日の内に自分に掛かった疑いや事件の内容を伝えるつもりでいた。そこで施設側が気に入らないのなら、ここでの就職を諦めるつもりでいた。

 そのまま黙って就職したとしても、いつかは知られる事であり、そうなると色々と迷惑を掛けてしまうと考えた吉田は、勤め始める前に全ての事情を告白し、施設側の意見を確認したかったのだ。


「実は…私は、とある殺人事件の犯人だと疑われています。今日は、その事をお話しに上がりました。」

「あっ、いえ、そうじゃないの。そのお話は、私も知っています。そうじゃなくて…。」


 深川は、吉田の顔に見覚えがあると話したものの、それは例の事件によってメディアに露出された彼の顔を覚えていたからではなかった。

 深川は、吉田が疑われている事を知っている。その上で彼女は、内定通知を送ったのだ。

 深川は、吉田を担当する大学教授をよく知る人物であった。彼からの推薦があった訳でもないのだが、彼を良く知る彼女は吉田を信じた。

 大学教授は、とある雑誌社から吉田の無罪を訴えるインタビューを受けており、それが彼女の目に留まった。大学教授の性格を良く知る深川は、彼と同じく吉田の無罪を信じたのだ。そしてメディアや警察が囁くでっち上げに、彼の人生が棒に振られる事を心配した彼女は、吉田の採用を強く押した。

 勿論、吉田には、施設で働く為の資格や条件が揃っている。良き人材でもある。大学での成績こそ優れていないが、施設での実習経験も多く、今後取得するだろう資格も頼もしい。

 今回の事件さえなければ、どの施設でも彼のような人間を、文句無く受け入れる事であろう。


「でも…何処でお会いしたかしら…?」


 しかし見覚えがあると思った理由は、深川本人も分からなかった。他人の空似かも知れないし、ひょっとしたら吉田が言うように、やはりメディアを通して覚えた彼の顔を、忘れられなかっただけかも知れない。


 とにかくこの日、吉田は同僚になる人間の紹介を受け、ここで生活をする子供達とも顔合わせをし、午後には周辺で住むのに適した物件を探し、久し振りに充実した時間を過した。

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