第24話 その理由

 前菜からドルチェまで、全ての料理に説明がついたが、そんなものはほとんど頭に入らなかった。テーブルマナーを調べていなかったことを後悔した。


「これ普通に食べていいんだよね?私、マナーとかわからない」


「俺もわからん。と、とりあえず、楽しく食べよう」


 と言うところで落ち着いた。


 前菜のサラダにいくつか、生トマトが入っていて、彼女は「残すのもったいないから、食べて」と私の皿にすべて移した。


 今日ここに集う男女はすでに恋人同士なのだろうか、みな一様に楽し気に料理を食べながら話している。私と彼女も楽しいにことに間違いはない。だが、決定的な部分が欠落している。

 それを埋めるなら今日をおいてないだろう。奇跡にでも偶然にでも縋り、この気持ちを成就させられるのであれば、今日をおいてほかに吉日などありはしないのだから。


 それを言うのであれば、すでに私はタイミングを逃している感が否めなかった。プレゼントを渡す時に言えばよかった。

 彼女がお手洗いにいっている間に、ウェイターを呼んで会計を済ませている間にそれを悔やんだ。


 幾ばくか人通りの減った通りを歩きながら、せめて、もう一度。焦った私は、もう1軒と店を探していたが、


「イヴにはイヴらしくイヴじみたことを」急にそんなことを言う彼女に私は思わず振り返ってしまった。


「どうした?急に」


「晩御飯もプレゼントも、こんなザ・イヴって言うのは、はじめてだったから」


「確かに、イヴらしかった。うん。準備も含めて。うん」私は何度も頷いた。


「ありがとね」


「照れるからもういいって」


 面と向かって感謝をされると照れる。


 指の上でネックレスをもてあそぶ彼女を見ていると、溜飲が下がる思いがした。満足をしたと言うか……今日はとにかく色々ありすぎた。


 次の店をさがすことをやめて、私は彼女を送って行くことに決めた。


 帰りの電車の中ではほとんど話さなかった、お互いに足元に視線を落したままだった。


 彼女の下宿先の最寄り駅に到着しても、彼女は私に「ここでいいよ」と言わなかった。自然に、改札を出た。


「そう言や、大晦日から元旦の朝まで限定で東大寺の中門が開くって知ってた?」


「えっ、そうなの?知らなかった」


「結構、有名なんだけどな」


「4年居ても、知らないことだらけだなあ。あんまし、出歩かなかったからなぁ私。最後の年に限って、色々初めてを知る私ね」


 彼女はそういうと、大きなため息と一緒に肩を落とした。


「東大寺に初詣行きたかったなあ」


「実家、27日だってけ?」


「うん。新幹線取れなくって」


「そっか」


 欲を出せば、彼女と件の東大寺に初詣に行きたかったが、さすがにそれは言い出せなかった。


 雪こそ降らないものの、盆地は冷える。吐く息は白く、上を向いて吹き上げれば蒸気機関車のようだ。

 きっと、こうした彼女と会って話すのは今年は最後となるだろう。だから、何か話しておくことは考えめぐらせてみたが、想い当たるのはただ一つ。


 それだけしか残っていなかった。


 彼女は私とは対照的にずっと俯いたままだった。


「どうかした?」


 私が声を掛けると、「そうじゃないんだけど…」と目元を拭ってから顔を上げた彼女の目はなぜか充血していた。


「コンタクトずれた?泣いてる?」

 

 私は狼狽した。


「伊勢神宮とか言ってごめん。クリスマスなんだから、USJとか水族館とか行けばよかった。後悔してる」


「急になんで?伊勢神宮楽しかったし、別にUSJとかにこだわらなくても良かったわけだし」


「ディナーとかプレゼントとかサプライズとか、沢山考えてくれてて、なのに私はプレゼントも考えてなかった。遅刻して、全部任せっきりで、ごめんなさい」


 最後の言葉は私にはうまく聞き取れなかった。なぜなら、途中から彼女の頬をとめどなく、水ではない温かいものがつたっていたからだ。


「いや、泣くなよ。俺は楽しかったし、サプライズもみんな自己満足だから」


 私はさらに狼狽をした。すべて自己満足だったことは事実なのだから。


 そして、彼女がどうして泣いているのかがわからなかった。


     

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