第18話 スターマイン - 2

「番号あった?」


「全然ない」


 後夜祭がはじめってすぐに、ビンゴ大会が催された。

 2人とも一様番号を聞いてみたが、手元にあるカードに並ぶ数字はほとんど読み上げられなかった。


 私は彼女と言い争う気はない。

 彼女も私と言い争う気はないはずだ。


 そうでなければ、もう何度も言い争いになっていたと思う。そして、2人で文化祭に来ることもなかった。

 何度も、幾度も、お互いに相手を試すように言葉を投げかけ合い、許し合ってきた。


「料理のことはごめん。食べ終わる頃に言ってないことに気が付いたけど、今更感があって言えなかった。でも、誘わなかったわけじゃなくて、やっぱり、先約があるように言われると、誘えないから……」


 何時もみたいに、うやむやにしても良かった。だが、もう一歩踏み込もうと思った。ここでまた言い争いになったら、私は彼女とは性格的に合わないと判断しようと思った。私は私と彼女との仲を試したのだ……


「多分そうだと思ってた。けど、言ってほしいもんだよ。感想」


「だから、それはごめん。言うべきだったって反省してるし後悔してるから」


「それから、前から言おうと思ってたんだけど、そう言う優しいこと言うのずるい」


「何を?どういうのが?」拍子抜けだった。


「喧嘩になりそうになったら、急に私の欲しい言葉をくれるから……そういうの」


「別に喧嘩してもいいけど、したい?」


「そうじゃなくて……」


 彼女はそれ以上言わなかったのか、言葉を用意していなかったのか、視線を足元に落とした。


 やがて花火がはじまった。


「やっぱりここじゃ花火あんまり綺麗に見えないな、下、行こ」


 付属図書館が邪魔になって花火の半分が隠れてしまった。


「うん」


 ただ、ごった返す中庭の方には行かず、駐輪場の方へ向かった。側面からになるが、見晴らしはよかった。

 

 冬の花火は夏と違って空気が澄んでいる分、色彩が鮮やかに見えた。


 20分間の花火。だから、駐輪場に移動してほどなくして、スターマインを迎えた。フィナーレ前の速射連発花火は有終の美を飾るにふさわしいものだった。


 私としては物足りない感を少し残しつつ、花火は微かな余韻を残して終わった。

 刹那に沸き上がる拍手と歓声。お互いを讃えあう拍手と歓声なのだろう。一様、私も拍手をしたが、最後の文化祭だと思うとどこか寂しかった。


 祭りの後の寂しさ。


 22時頃まで後夜祭は引き続き行われるようだった。だが、私達はどちらが言うでもなく大学を後にすると、佐保川沿いを少し歩いて、桜並木の途切れた開けたところにある備え付けのベンチに腰を落ち着けた。

 

 終始無言だった。


 彼女はどうかわからなかったが、私は花火の余韻にそして、もう、来ることもないであろう大学の文化祭に一抹の寂しさのようなものを感じていた。


「約束した時はずっと先だと思ってたのに、終わるとあっと言う間だったって感じがするね」


「うん……喧嘩するとさ、喋らなくなるタイプだろ」


「多分…」


「俺もそう。もういいやってそれで切れるならそれまでの関係だったんだって」


「うん。それで、本当に切れた人もいたから……意地なのか何なのかわからないんだけど、考え直して。慌てて私から連絡しても手遅れで、すごく後悔したの」


「どこからが友達なのか。とか考えてさ、もっと単純でいいと思うんだけど。不器用なんだ、こういう人間関係って言うかなんて言うか」


「ね、もっと単純に考えればいいだけなのに……」


 空を見上げれば、オリオン座だけがはっきりとわかった。


 お互いが何かを怖がるように、探り合うように明言を避けて、それに近い言葉を選んでは並べて、その場所に踏み込まないようにしていた。


「なんで泣きそうなの?酷いこと言ったのならごめん」


 私は頭を掻いた。


「違う。やっぱり花火ってずるいよね」


「祭りの後の寂しさ…かあ。なら、最後の文化祭、楽しんだってことだから、善きかな善きかな。誘ったかいがあったよ。俺も楽しかったし」


「善きかなって何よ、もう」


 そう言ってから、彼女は少し泣いた。


 川の潺に彼女の嗚咽が混じって。彼女の何もせず、何も言えなかった私は自己嫌悪を抱いて、夜空へ現実逃避をしていた。


 こんな局面は何度もあった。


 涙は初めてだったが、彼女がとても機嫌が良かった時、彼女の感性が高まっている時、何かを打てば響いたと確信がもてたタイミングが……でも、それを感じ取っていながら私は、その瞬間に臆病者だった。


 文化祭も終わった。そして残されたタイミングはもう数えるほどもない。


 それでも尚、私は彼女に聞こうとしているのだ「冬休みはいつ実家に帰る?」と。


 一歩踏み込んだ。この半時で私は、彼女との距離が縮まったと感じていた。


 だから、


「12月24日。どこかに行こう」



 そう伝えた。

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