第16話 最初で最後の文化祭

「私、文化祭でね。クラスで模擬店やったこともないし、学校に泊まり込んで準備したことないんだよね」


 正門に掲げられた、文化祭のスローガンを見上げて彼女は自虐的にそう言った。


 文化祭最終日。昼過ぎから、出掛けた私たちは、いつもと違う大学の様に唖然として佇んでいた。


「私もあんな風に青春じみた青春をしたかったなあ」


 [文化祭執行部]と背中に書かれた蛍光イエローのジャンパーを着た実行委員が忙しなく走り回っている姿を見て。彼女は眼を細めて言う。


「忙しそうだけど、充実してる感あるもんな」


「そう。終わった後にみんなで打ち上げ行くんだよ。おつかれさまーって、苦労の共有って言うのかな。いい思い出だよね」


 人にはそれぞれ、理想がある。私も文化祭で模擬店をしてみたり、準備のために泊まり込んだり、そんな非現実に憧れを抱いていたし、運営側に関わってみたいとも思った。けれど、自ら進んで関わらなかった。だから、その理想が現実になることはなかった。


「なんか楽しめるのかな私」


 正門から並ぶ模擬店で奮闘する学生の姿を見て、茶色のトレンチコートに身を包んだ彼女は、憂鬱げにそう言いながら、レトロなデザインのポーチの中を何やら探っていた。


 足元を見れば、ワインレッドのスタイルの良い皮靴があって、こんな踵の高い靴も履くのだと思った。


「踊るアホウに見るアホウ。同じアホなら踊りゃな損々!」


 一緒に遊びに行ったなら、彼女はこんなオシャレをして来るのだろうか。私は、そんなことを考えながら、財布を取り出してコートのポケットに入れている彼女に言った。 


「そうだよね。張り切って、散財しますか!」


 

 祭りは祭りらしく祭りじみたことをしなければならない。


 私たちは、パンフレットをもらって、どこに行こうかと話しながら、たこ焼きや焼きそばなど、王道の順路を行き、強引な客引きに渋々やった金魚すくいはそこそこ楽しめたし、彼女が意外と上手かったことに驚いた。


「後先考えないでやったけど、この金魚どうしよう」


「飼えば?」


「水槽とか持ってないし」


「浴槽があるじゃないか」


「ばか」


 フランクフルトを食べながら、グランドの特設ステージの観覧用のパイプ椅子に腰かけ休憩をして、飲み物を買いに行ってくると席を外した彼女が帰ってくるとその手に金魚がなくなっていた。


「子供が金魚ってぐずってたからあげたの。助かったあ」と本気で安堵する彼女に「返せばよかったのに」ぶっきらぼうに言うと「それ今言う、普通」と不機嫌になってしまった。


 中庭の緑地で、恋人岬のようなことをしていた。傘のイラストの描かれた南京錠を買って2人の名前を書いて、チェーンに施錠をするそんな簡素なイベント。

 私は彼女と……密かに考えていたのだが、彼女はまるで興味がなく、加えて不機嫌だったので、これも憧れのまま終わってしまった。


 文化祭は15時に終わり18時から後夜祭とのことだった。

 

 花火が上がるのは19時からだ。


 退場しなければならないわけではなかったが、早々に片付けを始めた模擬店や野外展示に特設ステージ。なんとなく、居心地が悪かったから、どちらが言いだすでもなく、大学を出て、しばらく佐保川沿いを歩いてから最終的にバージニアに行った。


「祭りの後の寂しさもないよね。たった3時間くらいだと」


「花火見たら、寂しくなるよ。終わったんだ~って」


「かな」


「多分」


 お腹は満たされていたが、はじめて、ハニートーストを注文した。「あんなに食べたのに、食べれるの?」と彼女が眉をひそめたので「半分づつなら大丈夫」と私は親指を立てた。


 その後、ホイップクリームと蜂蜜のたっぷりかかったハニートーストが運ばれてくると「お腹減ってる時に食べたかったなあ」とため息交じりに彼女は言うのだった。

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