第21話

 「やああっ」

 「ええいっ」


 クロエとイリスによる2人がかりの剣戟をダフニが軽やかに躱す。


 「まだまだ」

 「でやああっ」


 最初にダフニが2人と剣術の稽古をしたいと言い出した時、2人は首を傾げた。ダフニが体育嫌いであることは2人ともよく知っているからだ。しかも、ダフニは剣を持たず、2人がかりでかかってくるように言ったので疑問はさらに深まった。しかし、いざ稽古を始めると開始から5分は立つのにまだ2人の剣はダフニにかすりもしていなかった。


 「もうっ、一体どうなってるの?」

 「ダフニ様、これはどういうからくりなのですか?」


 さすがにおかしいと思った2人は稽古を中断してダフニに質問し始めた。


 「これも実験ですな」

 「さすがにそのくらいは気づいてるわよ。でも、これは無詠唱にしても速すぎるわ」

 「それは無詠唱魔法ではないからですな」

 「でも、今詠唱してなかったじゃない」

 「それはずっと始めから1つの連続魔法の最中だったですな」

 「1つの魔法?」

 「そうですな。ポイントは待機の精霊なのですな」


 待機の精霊の応用範囲は今や当初の想定を大きく超えたものになっていた。待機という名前ではあるが実際にはイベントドリブンプログラミングでイベントのトリガリング一般に使うことができるのだ。


 何のことを言っているかと言うと、前に書いた放電のような物質界での現象が発生したとき、それをきっかけに指定したプログラムを実行するというようなことが待機の精霊を使うと書けるようになるということだ。


 これを応用すれば、コンソール(いつもの黒い画面)にボタンを表示しておいて、そのボタンをクリックする(ように念じる)ことを待機の条件にしておくと、GUI(ウィンドウズやスマホのようなグラフィックを使ったインターフェース)を作ることまでできる。


 今回ダフニが使っていたのは前後左右の矢印ボタンを表示してクリックすると移動の魔法でその方向に50cmほど高速移動するというだけのプログラムだ。しかし、エーテル知覚で死角のないダフニにはその程度の仕組みでも集中すれば2人がかりの剣戟を完全に避けることができた。


 「そのプログラムはループしているから終了するまで何回でも使えるのですな。こんな風ですな」


 ダフニが矢印ボタンをランダムにクリックすると、シュパパパパと残像が残る勢いでダフニが前後左右に動きまわる。


 「うぷ。遊びすぎるとちょっと気持ち悪いですな」

 「話だけ聞いてるとふざけてるようにしか聞こえないけど、実際目で見るととんでもないわね」

 「まだ試作段階なのですな。動きが単純なのでタネがばれたら予測されるですな」

 「う。まあ、動く向きが4つに決まってると分かってたら確かにね」


 5分戦ってその単純な法則に気づかなかったイリスは複雑な表情をしながらそう相槌を打った。実際、実戦でいきなりその常識はずれな動きをされてそれだけ冷静に分析できる人間がいるかと言えばそうそういないだろうと思われるが、ダフニとしては現実に脅威が存在するかどうかよりプログラムに改良の余地があるかどうかのほうが重要だった。


 「それにしても、ダフニの研究は見たことも聞いたこともない魔法ばかりだわ」

 「私は別に特別な精霊を使っているわけではないですな」

 「だから異常なのよ」

 「新発見と言うのは得てしてそういうものなのですな」



 ダフニたちがそんな風にいつもの調子で魔法練習をしているころ、人知れずオスティア王国の国境付近では王国を揺るがす大事件に発展する異変が発生しようとしていた。


 「くっくっく。そうだ。お前はそれでいい。その身に感じる怒りをただ心のままに解き放て」

 「KYEEEEEHHHHH」


 その異変の発生からしばらくして、国境近くの砦で哨戒に当たっていた兵士が山の方に妙な影があることに気が付いた。


 「なあ、おい」

 「何だ?」

 「何か、あの山の方、何かがまっすぐに走ってるような」

 「ん? ありゃ、あれだ。陽気にあてられたイノシシがメスのケツでも追い回してるんだろうよ」

 「そりゃあ、お前のことだろ」


 そんな軽口をたたきながら肩から掛けていた双眼鏡を覗き込んだところで、兵士の顔色が変わった。


 「おい」

 「ああ」


 お高いの顔を見て自分の見たものが本物だと確認するや、1人は見張り台から駆け下りて報告に向かうと、もう1人は鐘を鳴らして大声で叫んだ。


 「総員警戒! 1時の方角にドラゴン出現!! 総員警戒!」


 見張り台から降りた兵士はまっすぐ司令室へと駆け込んだ。


 「失礼します! 1時の方角にドラゴンの出現を確認しました。まっすぐこちらに向かって走っている模様。距離約10km」

 「種類は分かるかっ」

 「恐らく中型の地竜と思われます」

 「っ。不幸中の幸いというべきか……。急いで非番の兵士にも招集をかけろ。至急だっ」


 そう言うや否や司令官は自分の目でも状況を確認するため、司令室を飛び出して行った。



 「ゼフィルお兄さま」

 「我が名を呼ぶは誰なるか?」

 「ダフニですな」

 「おお闇の同胞はらからよ。もしやすでにして深奥を極めたるか?」

 「その手がかりを見つけたくらいですな。一緒に来て見てもらいたいですな」

 「うむ。汝、深奥を覗くとき、深奥も」

 「またお主を見ているですかな。さ、すぐに行くですな」

 「わ、我のセリフが……」


 2人が来たのは以前ゼフィルが神の雷を披露した練習場所ではなく、等身大の的が立ててある小規模な練習場だった。


 「我の圧倒的な力の前にはこのような小さな的など一瞬で砕け散るのみ」


 そんなことを呟きながらあたりを見回すゼフィルだが、不審な様子でダフニに話しかけた。


 「この練習場は我には少々力不足ではあらぬか?」

 「残念ながら、今日はゼフィルお兄さまには見てもらうだけになるですな」

 「それは如何なる意味なるか?」

 「ゼフィルお兄さま用のは大きくて作るのに少し時間がかかるですな。できあがるまではこっちで実験してデータを取るですな」


 そう言ってダフニが持ってきた包みをほどくと中から2本のレールが空中に向かって伸びた鉄砲の骨組みのようなものが現れた。そしてその隣には小さな鉄の玉が数個並べられていた。


 「雷の力でこの鉄球を飛ばすですな。見てるですな」


 状況がいまいち飲み込めていないゼフィルを尻目にダフニはてきぱきと準備を進めて行った。


 「狙いはあそこの的にするですな。パラメーター調整なしでまずは一発撃ってみるですな」


 ダフニはそう言って鉄球を2本のレールの間に挟むと魔法を発動させた。


 「まずは魔法で照準を合わせるですな」


 前世、今世通して銃など撃ったことのないダフニはレールガンの照準などいきなりつけられるわけがない。なので照準を定めるためのプログラムをあらかじめ用意していた。重力加速度やら空気の粘性抵抗係数やらのパラメーターは一通り事前に実験で推定済みだ。


 自動的にレールの位置が調整されたところでレールを固定して鉄球を2本のレールの間にセットした。


 「これで準備完了ですな。後は左のレールを負電荷で帯電させるですな」


 トーアの雷なら一発で十分な電力が得られるが、ダフニの魔法では重ね掛けが必要となる。いつもの連続魔法だと魔法の連射速度がまだ足りないので、魔法を並列実行してさらに連射を高速化した。


Charge-Electricity-At-Once

> import Control.Concurrent

> main = do

>  let numSpirits = 10

>  spirits <- mapM select $ replicate numSpirits "静電気の精霊"

>  target <- locate "左側のレール"

>  let charge = do

>     magic "静電気"

>     with -1

>     to target

>    askSpirit spirit = do

>     give spirit 5

>     call spirit charge

>  mapM_ forkIO.askSpirit spirits


 ここに出てきたforkIOは、Haskellで新しくスレッドを実行する機能だ。これを使ってここではaskSpiritという機能を並列実行している。


 これを実行すると静電気の精霊が10体集まってきて一斉に魔法を放つことになる。前のCharge-Electronicity-Parallelが精霊3体に順番に魔法を使わせていたのとは異なり、同時に放つためより早く魔法を実行できるのだ。


> main = print =<< lipika "Charge-Electricity-At-Once"


 ダフニが心の中で魔法の起動式を構築し実行すると、シュッという小さな音が聞こえて的にカッと命中してそのまま貫通した。


 「魔槍グングナーなるか!」

 「魔槍ではなくてレールガンですな」

 「短期間でこれほどまでに闇の力に習熟するとは」

 「闇の力ではなくてローレンツ力ですな」

 「この力が我に?」

 「とりあえずこの10倍の大きさで作っているですな。できたらすぐに試してみるですな」


 10倍のサイズとなると正に大砲だ。もはや対人ではなく攻城兵器である。雷のような制御が難しく誤爆の恐れがあり、見た目の割に使い道のない魔法よりずっと有用に違いない。

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