第27話 報道特別番組

――2024年10月20日、沖縄県、那覇市――


 早朝の臨時ニュースで、国会議事堂爆撃の速報が流れるやいなや、各放送局はその日の放送予定をすべてキャンセルし、全チャンネルが報道特別番組で埋め尽くされた。

 午前中の変わり映えしない、事実報道一辺倒の状況は、昼を過ぎてからようやく、各局の取材に基づいた独自色が強まってきた。


 宮本は那覇に借りたばかりのアパートで、夕方から急遽きゅうきょ始まった『報道トゥナイト・緊急特番』の画面を、食い入るように見つめていた。自衛隊那覇基地に高高度迎撃隊を組織するため、10月1日付けで宮本は再度航空自衛隊に任官し、単身赴任でこの地に赴任していたのだ。丁度この日は、日曜で非番だった。

 TV画面には沈痛な面持ちのキャスターの古賀がいた。その古賀は、オープニングタイトルが消えてから、一拍置いて口を開いた。それは重大ニュースを報道する際に、古賀がいつもやる演出だった。


「皆さん、大変なことが起きました。既に各報道でご存知の事とは思いますが、本日の早朝6時32分に、我が国の国会議事堂が爆撃を受け、ほぼ全壊の状態となってしまいました。まずは現場を呼んでみましょう。国会議事堂前の立花さん――」

「はい、こちら国会議事堂前の立花です。周囲には規制線が貼られており、現場に近づく事ができませんが、ここからでも分かるように、国会議事堂の建物は見る影もなく破壊され、今でも黒煙があがっています。現場では懸命な消火活動と救命活動が行われています。火災は夕方になってようやく沈静化してきています」


 画面には何台もの消防車と、放水を行っている消防署員が大映しとなり、その手前には、救命活動を行っている救急隊員の姿もあった。カメラが一旦引くと、そこには警備にあたる機動隊だけでなく、野戦服を着た自衛隊員の姿も見受けられた。一見しただけで緊迫した現場の様子が見て取れた。

 カメラは更に辺り一帯をパンした後、再び映像は立花記者に戻った。


「消防庁の発表によると、現在の時点で判明している死者は5名、けが人は22名。幸いにも現在は国会が閉会中で、しかも爆撃が土曜日の早朝であったことから、人的被害は最小限にとどめられたものと見られます。

 ここから目と鼻の先の首相官邸には、午前中に一旦緊急対策室が設置されましたが、あまりにも現場に近いという事から、二次攻撃に対する要人警護の観点から、現在は市ヶ谷の防衛省に移されています。

 今回の爆撃に関する政府の発表はまだありませんが、明日0時には浮川官房長官の会見が予定されています。また政府では現在、夜間外出禁止令の検討も行なっていると伝えられています。現場からは以上です」


「ありがとうございます、立花さん――」

 古賀が発した声と同時に、中継映像は古賀のアップに切り変わった。

「さて、ここからは私たちが独自に取材を致しました、最新情報を元に番組を構成してまいります。まずはゲストをご紹介いたします。軍事評論家であり、航空評論家でもある赤木友親さんです。赤木さんよろしくお願いいたします」

 カメラが引くと、古賀の左にはアシスタントを務める女子アナ、右にはご意見番役の解説委員、そして更にその右に、古賀の番組に頻繁に登場する赤木がいた。


「今回の爆撃は、平和国家日本を根底から揺るがす、未曽有にぞうの大事と言っても過言ではないでしょう。何者かによるテロなのかでしょうか? それとも何れかの国家からの宣戦布告なのでしょうか? 

 現在のところ、日本政府にはまだ何らの犯行声明も、布告文も届いておらず、全てはまだ遠い霧の彼方にあります。

 しかしながら皆さん――、謎の航空機が辿った軌跡と、爆撃の現場には多くの痕跡が残されています。我々はそこから真実を探っていきたいと思います」


 画面には謎の航空機と称される機体が映し出された。現場を通りかかった視聴者が撮影したものだった。


「さて、一番の痕跡はこの不思議な形をした機体です。目撃者の中にはUFOだと誤認をした方々も多かったとの事です」

 その形状は直線的で、ひし形をした機体の中央部から後部に掛けて、後退翼が突き出しているという特異なもので。角度次第では後退翼が見えないために、四角い板が飛んでいるようにも思えるものだった。


「航空機事情に精通された赤木さん。この機体をご覧になって、何か思い当たる機体はありますか?」

「はい、この機体は米軍の無線操縦式のステルス無人機で、X47ペガサスのシリーズであると考えられます。

 まだ正式に実戦配備が発表されていないので、機体の詳細スペックまでは分かりませんが、アメリカ軍がこれまで公表してきた写真や映像と比較してまず間違いないでしょう。当機はボディーが2mほど延長されているようなので、高性能化した派生型だと思われます」


「米軍の戦闘機ですか? それではアメリカが、同盟国の日本を攻撃してきたということになるのでしょうか?」

「現象面だけからみると、その可能性が一番高いということになるのでしょうが、実際には一番有り得ないことです。別の可能性としては、冷戦時代のようにロシアや中国が、アメリカから機密情報を盗んで、ペガサスをコピーしたということも考えられます。或いはアメリカ軍の中に反動分子がおり、機体を持ち出した可能性も否定できません。

 しかし、私が一番有り得ると考えているのは、当機が無線操縦機であるという特性を突き、外部からハッキングされ盗み出されたという可能性です」


「ハッキング? 軍用機でそんな事ができるのですか?」

「トップレベルのハッカーの世界では、難攻不落と言われる米国防総省のコンピュータに、侵入出来たかどうかでなく、何度侵入したかを競っているくらいです。コンピュータを積んでいるものであれば、全てにハッキングの可能性があります。

 しかもペガサスはまだ、正式に実戦配備もされていない機体ですから、外部からの侵入には、脆弱さを残していたとしても不思議ではありません。通信プロトコルを解析して、それを横取りできる技術が有れば、十分に可能だと思います」


「それは驚きです。仮に米軍の機体が何らかの方法で盗み出されていたとして、当のアメリカは今回の出来事をどのように捉え、どう動くのでしょう?」

「古賀さん、それに関して言えば、先程の国会議事堂の消火活動を撮影したニュース映像の中に、今のご質問に対する回答の一端が伺えるものが記録されています。すいませんが、先程の映像をもう一度流していただけますか? 画面が立花記者から消火活動に切り替わったシーンからです」


 画面には番組の冒頭で流れた立花記者の映像が早送りされ、消防車の赤い車体が映ったところで通常再生になった。カメラが一旦引いてパンし始めたところで、赤木が「ここで止めて下さい」と言った。

 スチルになった画面には、モスグリーン色の車両と、へし曲がった機械部品のようなものを手に持った人物が映されていた。


「この車体は自衛隊のものではなく、米軍のハンヴィーですね。一般にはハマーH1と呼ばれているものです。とするとこの現場には、米軍も入っているということになります。どういうことか分かりますか、古賀さん?」

「防衛省と米国防総省の間では、既に何らかの話し合いが行われ、協力体制が出来上がっているという事ですか?」

「その通りです。もしも防衛省が本件に対して、アメリカの関与を疑っているのなら、このように米軍を現場に入れるはずがありません。

 恐らくはアメリカ側は、ペガサスが自国の意思に反して使用された事を防衛省に説明したのでしょう。その上で今後の調査に関して協力を申し出た。或いは両者が合同調査を行う事で合意した――。このビデオには、機械部品のようなものを手に下げた人物が映っているでしょう?」


「この人物ですね?」

 古賀がペンでその人物を指し示した。

「装備からして、明らかに米軍兵です。恐らく手に持っているのは、ミサイルの残骸。使用された兵器から相手を特定しようとしているのでしょう。世界中の兵器に関して、詳細な情報を持っているのはアメリカですからね」

「なるほど、それでは本件へのアメリカの関与は無い。とすると実行犯の正体が何者なのでしょうか? 一旦CMを挟んで、謎の機体に関してもう一つ別の側面、国会議事堂までの飛行ルートと、爆撃後の離脱ルートを追いかけてみたいと思います」


 画面がCMに切り替わると、宮本は「フゥ――」と長い息を吐いた。大変な事が起きたなという思いだった。

 TVではアイドル歌手が缶コーヒーを手に微笑んでいる。こんな時に場違いなと思いながらも、固唾をのんで番組を凝視していた緊張感から、一瞬でも解放されたことを有り難くも感じている自分にも気付く。宮本は無性に缶コーヒーが飲みたくなった。


 ふと気付くといつの間にか、手元のスマートフォンに不在着信のサインが表示されていた。TVの報道に熱中し過ぎて、コールがあったことさえも分からなかったが、発信者はパインツリーと表示されている。それはソニック・ストライカー仲間の女子高生、松田涼子だ。


 そう言えば、このところ忙しくしていたので、ソニック・ストライカーにはほとんどログインをしていなかった。いやむしろ忙しさよりも、再度航空自衛隊の一員となったことで、娯楽としてフライトシミュレーターが楽しめなくなってしまったというのが本音だ。


 何故彼女は、今頃電話をくれたのだろう? もしかすると、彼女も今回の事件に何か思うところがあるのだろうか? 

 宮本はすぐに、コールバックの発信ボタンを押した。

 しかし電話は繋がらす、ただ呼び出し音が鳴るばかりであった。



――第6章、終わり――

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