解放軍エレジー(三)

 修道院の裏手は、ふもとを流れる川へ向かってゆるやかな傾斜地となっており、そこに一面のぶどう畑がつくられている。もともと石灰質の土壌を持つこのあたりの土地は、ワイン用のぶどう作りに適しているのだ。修道院の地下にはワイナリーもあり、そこで醸造されたワインは毎年全国へと出荷されてゆく。

 夕日に赤々と染められたぶどう畑を、ロメロ神父はまぶしそうにながめた。

「今年もなんとか無事に収穫を終えることができましたね」

 アシが風船ガムを膨らませながら言う。

「でもさー、ラゴス軍が政府に圧力かけて、教会でつくるワインにも税金かけようとしてるらしいじゃん」

「あ、それ私も聞いた」

 先頭をゆくルーダーベが振り返った。

「占領軍の司令官ってさ、なんか陰険で金に汚いオバサンなんですって。ペーシュダード国内の利権を一手に牛耳って、そのあぶく銭で自分はホスト遊びしてるらしいわよ」

「早く陛下を救出して、この国を立て直さなきゃマジやばいかもね」

「うんうん。そのためにも、今日の会議は重要なのよ」

 三人は、学舎に併設された大食堂の重い扉を押しあけた。そこには長テーブルをはさんで、解放軍のメンバーがずらりと並んでいた。

「お待たせして、申しわけありません」

 ロメロ神父がそうあいさつすると、居ならぶ兵士たちがいっせいに彼らのほうを振り向いた。

 チェーンメイルで軽武装しているのはおもに騎士団の出身者だ。対してマリンブルーの軍服を着ているのが元国防軍兵士たちである。両者は伝統的に仲が悪く、現に今も無言のままテーブルをはさんで睨み合っている。

「ようやく、ジャンヌ・ダルクのお出ましかね」

 国防軍がわの一番奥にすわる男が、皮肉っぽく口元をゆがめて言った。あたまの禿げあがった初老の軍人で、鼻の下には立派なカイゼル髭をたくわえている。

「すみません。少し考えごとをしていたら、時間の経つのを忘れてしまって」

「それはそれは、ロマンチックで結構なことだ」

「アンニュイな気分にひたれるのは、乙女の特権なのよ。それにパーティーの主賓は、少し遅れて登場するのが貴族としての礼儀ですから」

 そう言ってルーダーベは、男と向かい合うかたちで騎士団がわの一番はしに着いた。

「ほう、騎士アウシェダール、おまえさんがそちらの新しいリーダーというわけか」

「べつにそういうつもりじゃないけれど、なんとなくみんなに祭りあげられてしまって……」

「しょせん、アシちゃんの傀儡だけどねー」

 となりでけらけら笑うアシのあたまをひっぱたいてから、ルーダーベは男に向きなおった。

「でもこのさいだから卿に、ひと言申しあげておくわ。騎士団も国防軍も、すでに占領軍によって解体させられている。私たちは今やペーシュダード解放軍というひとつの組織なのよ。過去の因縁にとらわれ反目し合っている場合じゃないと思うのだけれど」

「ふん、相変わらず口だけは達者だな。形骸化され観光客への見世物となり果てた騎士団と、国境で命を賭して戦ってきた我々とを、同列にあつかえと言うのかね」

「あら、おっしゃるわね。今でも国の存亡を賭けた大一番では、私たちが軍の主力となって戦地へおもむいているのよ。それに王国騎士団には、あなたたち国防軍の暴走を監視するという重要な役目が与えられているの」

「自分たちが、まっ先に暴走しちゃってるけどねー」

 ふたたび軽口をたたき、アシのあたまがひっぱたかれる。

「きゃうっ」

 見かねた神父があいだに割って入った。

「まあまあ、オルレアン卿もルーダーベさんも、どうかそれくらいで」

 彼は長テーブルの端からメンバー全員を見わたすと、ミサで講話するときのようにおごそかな口調で言った。

「たしかに王室直属の軍隊である騎士団と、政府の指示によって動く国防軍とでは、その成り立ちや、行動原理さえ違ってくるでしょう。でも今は、占領軍から祖国を取り戻したいというおなじ願いを持った仲間です。どうか互いにいがみ合うのはやめてください。イエスはこう言われました。すべて兄弟を怒るものは、裁判に遭うであろう。兄弟に対し愚者と言うものは、サンヒドリンの裁きに遭うであろう。痴者とののしるものは、ゲヘナの業火へ投ぜられるであろう、と」

 胸のまえで十字を切って、目をとじた。

「幸福なるかな。平和ならしむる者よ。そのひとは、神の子とたたえられん」

 一瞬、場がしんとなる。

 ペーシュダード国王が降伏宣言をしたあと、教会のネットワークを通じて、野に下っていた騎士や兵士たちに団結するよう呼びかけたのは、このロメロ神父だ。教区の責任者として国内にあるすべての教会をたばねる彼は、大臣にも匹敵するほどの政治力を持っている。

 しばらくして、オルレアン卿と呼ばれた初老の男がゆっくりと口をひらいた。

「騎士アウシェダールに、騎士ヤシュトよ。陛下からその才を見いだされ、近衛騎士に抜擢されたおまえさんたちには、それなりに敬意を払うつもりでおる。しかしな、魔法や射撃の腕まえだけでは、この国を立て直すことはできんのだよ。考えてもみたまえ、今さら陛下をお救いもうしあげて、その後はなんとする? すでに占領軍によって新政府が樹立され、この国も復興へ向けて歩きはじめておる。おまえさんたちは、ようやく平和を取り戻しかけたこの国を、ふたたび戦火へ巻き込もうというのかね?」

 ルーダーベが驚いた顔で言った。

「なにを言ってるの? 乾坤一擲の戦いを挑もうと提案したのは、あなたのほうじゃない。だから私たち今日ここへ集まっているのに」

 オルレアン卿は、やれやれといったふうに肩をすくめた。

「よいか、この私にあって、おまえさんたちに欠けているものが、ひとつだけある。それがなんだか分かるかね?」

「おちんちん」

 即答したアシのあたまを、ルーダーベが思いっきりひっぱたいた。

「……ったーい。もう、ルーダーベってば、さっきからアシちゃんのあたま叩き過ぎィ」

「あんたが、おかしな茶々ばかり入れるから悪いんでしょっ」

「だってェ、アシちゃん、こういうシリアスな会話って苦手なんだもーん」

 コホン、と咳払いしてからオルレアン卿がつづけた。

「おまえさんたちに欠けているのは、知略だよ。人間、最後はあたまの勝負になる。戦争とは、これすなわち頭脳スポーツなのだよ」

 そのとき食堂の外で、夕闇を震わせる激しい銃声が起こった。

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