戦場ブギウギ(四)

 砦の内部は、ところどころで樹木が伐り倒されていた。そこへ兵舎やら倉庫などの軍事施設が建ちならんでいる。石やコンクリートを積みあげた頑丈なものと、急ごしらえのプレハブが混在していた。プレハブの建物の多くは、ラゴス軍がこの砦を占領したあとで建て増したものだ。

 正面ゲートから突入した騎士たちは、樹間へ向けてつぎつぎと火矢を放ちながら、あらかじめ指示された地点の制圧に向かった。火は斜面を覆う樹木に燃え移り、騎馬兵の侵攻が進んでゆくにつれ炎に照らしだされる部分もしだいに増えていった。

 騎士の突入が終わると、間をおかずして狗盗や傭兵たちによる混合編成チームが塹壕内へつぎつぎと手榴弾を放り込んでゆく。塹壕は丘陵全体をぐるりと囲むようにめぐらされている。ゆえに目的は掃討ではなく、敵をパニックにおとしいれることだ。

 丘陵内は、爆発音と小競り合いによる銃声でハチの巣をつついたような騒ぎになった。

「おいライマー知ってるか?」

 ゲートから斜面をのぼってゆく坂道の真ん中に立ち、ブルームーンが言った。

「フロイトやユングの心理学によれば、燃えさかる炎ってのは変革や浄化をイメージさせるんだってさ」

 どこかで火薬庫に引火したらしく大爆発が起こる。ライマーはため息をついた。

「放火魔が自伝に書き残しそうな文句ですな」

「いやそう言うけど、火を見てるとなんかワクワクしてこないか?」

「人間が火を見て興奮するのは、原始人が火を発見したときの驚きや喜びがそのまま遺伝子に刻み込まれているからだと聞いたことがありますぞ」

「なるほど、このアドレナリンが大量に分泌されるような感覚は、脈々とDNAに受け継がれてきた人類の記憶なんだね」

 ライマーは皮肉のつもりで言ったのだが、ブルームーンにはまったく通じていないようだった。

 そこへ斥候に出ていたすずしろが、配下を引きつれ戻ってきた。

「報告いたします。ラゴス軍はどうやら中腹にある車両基地を拠点に新たな防衛ラインを構築したもようです。装甲車に行く手をはばまれ、騎馬兵が苦戦を強いられております」

 ブルームーンは腕を組んで、うーむと唸った。

「パニックを起こしたまま軍としての機能を崩壊させるかと思ったけど……さすがはラゴスの正規軍だ」

 ライマーが悲しげに言った。

「おそらく優秀な指揮官がいるのでしょう」

「あっライマー、おまい今悲しそうな目でわたしのほうを見なかったか。それはつまり、このわたしが優秀な指揮官ではないと……」

「いえいえ、けっしてそのようなことは」

「絶対そうに決まってる。行き当たりばったりの作戦しか立てられない、無鉄砲な跳ねっ返り娘と思ってるだろう」

「いえ、まあ……」

「そこは力強く否定しろよ」

 そのとき坂道を下って猛スピードで近づいてくる軍用車があった。敵襲と勘違いしてブルームーンたちが身がまえる。運転席から「おうい」と発煙筒が振られた。

「俺だ、攻撃するなっ」

 土砂をかんで急停止した車両からミキ・ミキが身を乗りだした。

「どうだ、指示どおり車を確保してきてやったぞ。シュビムワーゲンだ。待ち伏せする敵をかわしながら走るんなら、少しでも小回りの利くほうが良いと思ってな」

 自慢げに車のボディをバンバン叩いてみせる。ブルームーンはいやな顔をした。

「なんか、バスタブに車輪くっ付けたみたいでかっこ悪い車だなあ」

「デートするわけじゃないんだ、贅沢言うな。それにこいつは水陸両用なんだぞ。たとえ行く手に川が流れていても迂回せずに走れるんだ」

「川なんか渡らないよ。だって頂上の陣地へとつづく道をそのまま強行突破するんだもん」

 ミキ・ミキがあきれた顔をした。

「おまえ、ひょっとして自殺願望でもあるのか?」

「ばか言うない。死中に活をもとめるって言葉を知らないのか。いいから早くそこどけよ」

「運転は俺がする。こいつを自在に操るにはダブルクラッチが欠かせないからな。お嬢ちゃんにはまだ無理だ」

 ブルームーンは、ニヤニヤしながらミキ・ミキの頬っぺたを指さきで突っついた。

「おまい……さてはわたしに惚れたな」

「惚れるかっ。ぐずぐずするな、塹壕から撤退したラゴス兵がすそ野を回り込んで正面ゲートへ集まっている。たぶん俺たちをはさみ撃ちにするつもりだ」

「爆薬は?」

「すべて積み込んだ」

「おし」

 ブルームーンは助手席へ乗り込むと、嬉しそうに舌舐めずりした。

「なんかワクワクするな。見ろよ、スリルに興奮して乳首が立ってきたぞ」

「変態か、てめーは」

「それじゃ地獄へハネムーンとまいりますか」

 ギャン、と土をかんで二人を乗せたシュビムワーゲンが急発進した。

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