4.5話

「クリスマスはバイトあるから待ってても帰りが何時になるかわからないぞ」

「な、なんだと?」


 バイトからの帰り道。

 それを伝えた幼馴染は衝撃的な顔をしていた。




 * * *




 ―― 一時間前。


 スケジュール帳をぺらぺらとめくり、まったく変わっていない十二月二十四日の予定を見る。反対に、休憩室に張られたシフト表は赤ペンで修正がなされていた。

 和洋菓子店「花千」の従業員用休憩室には、俺と、俺と同じくクリスマスからの臨時バイトで入った笹葉凛、それとバイトの先輩の三人。それぞれ売れ残ったショートケーキを口にしていた。


「売れ残ったケーキとか、なんで持って帰れないんでしょうね~」


 笹葉がぼやく。


「昔はオーケーだったって聞きましたよ~」

「あー、何年か前までな。まあケーキや和菓子も生モノだからなあ」


 先輩が言いながら、お茶のペットボトルに手をつける。


「賞味期限とか、今はうるさいだろ。コンビニでも余り物は廃棄しないと、上から文句言われるし」

「よく知ってますね」

「前はコンビニバイトだったからな」


 にやりと笑ってから、先輩は残りのショートケーキにかぶりつく。

 もごもごと咀嚼して飲みこむと、口元や指先についたクリームを舐めとる。


「ま、こうして余り物を休憩所で食べるくらいなら許されてるからな。土田も遠慮せずに食っていいぞ」

「……そうですね……」


 飽きないんだろうか、この人。

 たいてい同じ種類が残ったりするから、たまに季節限定のものが残った時は軽く争奪戦が起きることもあるらしい。俺は臨時バイトで入ったからあまり実感はないが、それでも何度かそういう場面を目撃した。

 でも、確かに糖分を補給しないとこの仕事はつらい。

 姉さんなんか、俺がクリスマスもバイトがはいっていると言っただけで目を歪ませた。

 頑張って、と口では応援めいた言葉を告げてくれたが、その表情からは面白そうに笑いを堪えたものしか伺えなかった。


「こんなギリギリでバイトが減るのもなあ、絶対それが原因だよなあ。本来この時期、そうならないように増やしてんだけど」


 今度は先輩がぼやく。目線はシフト表だ。それがこの赤ペンの示す意味だ。

 先日、不慮の事故というか、とある事情から急にバイトが一人足りなくなった。


「そうですね~」


 笹葉が目を逸らしながら言った。

 知ってるだろお前、と言いたいのをなんとか堪える。

 事情については今のところさておいて、とにかくこんなギリギリになってシフトの入れ替わりが発生した。なんとか全員の予定がついたのは不幸中の幸いだろう。バイトリーダーだけでなく、店長も交えて話をつけたのが功を奏したのかもしれない。

 とはいえ俺の予定は特に変わるわけもなく。二十四日に出るままなのだ。


「んじゃあ、俺は帰るわ。おつかれえ。お前らも明日あるんだろ? 大変なんだからちゃんと寝ろよ」

「あ、はい。お疲れ様です」

「おつかれさまです~」


 バイトも楽じゃない。ただ、アルバイトとしてはだいぶ環境が良いほうではないか、と思う。人間関係も今のところ――自分にとっては――悪くはない。最近じゃ、学生バイト側の経験が少ないのをいいことに、仕事に縛りつけたり休みに罰金を与えたり、というたちの悪い経営者もニュースになっていたし。というか、それは普通に犯罪だろう。

 それに、簡単な作業を教えてもらっている間に、菓子作りもなかなか楽しいと思うようになってきた。

 ……そういう人間関係や環境とは別のところで問題が多々あるが、それについても今はさておく。


「じゃあ土田さん~、わたし、電車で帰るので~」

「あ、うん。気を付けて」


 駅前で別れ、自転車をひきながら帰路につく。

 自転車に乗って帰っても良かったのだが、駅前の片隅で積もった雪を見ると、そういう気分でもなくなってしまった。漕いで帰ってスッ転ぶのもどうかと思ったし、明日にさしつかえる。

 そのまま何事もなく家に――ということもなく、急に頭上に気配を感じた。

 殺気!


「土田マサヒロ!! 覚悟ーー!!」

「うわっ!?」


 とっさに鞄を向けると、鞄に巨大な鎌の先が食いこんでいた。


「俺の鞄が!?」


 と思ったが、多少へこんだだけだ。

 よく見たら、鎌は鎌でもハロウィンの時によく売ってるそれっぽいやつだ。


「いや……お前……」


 どこで買ったんだよそれ。


「……私のシャドウフレイムを受け止めるとは……」


 俺の言葉をまったく無視して、そいつは素早く鎌の先を引き抜いた。

 どう見てもフレイムではない気がするけど、こいつのネーミングセンスはどうなっているんだ。

 ……いや、どうなってるも何も、毎度のことだった。

 こいつの名前は水野咲。幼稚園時代から続く俺の幼馴染……なのだが、こうして黒い衣装に黒いマントを翻したコスプレみたいな格好で命(?)を狙われている(?)のにはわけがある。といっても大した理由ではない。……ではない、はずだ。

 俺が幼稚園時代に将来は正義のヒーローになると口走ってしまったその瞬間から、世界征服をもくろんでいた彼女は俺をライバル認定して狙ってくる。


「咲……」

「本名で呼ぶなーっ!!」


 そして本名で呼ぶと怒る。


「この私、魔王シャドウが世界征服の足掛かりとして、尾長町を征服するためには!」

「”あなたが邪魔なの土田マサヒロ”……」

「そう! って、それは私の台詞だと何回言ったらわかるんだ、貴様ァア!!」

「シャドウフレイムって……どう見てもハロウィンのコスプレ用具にしか見えないんだが、どこで手に入れたんだ?」

「二カ月くらい前にアトリエがなぜだかわからないがこういった物騒な用具を売りだしていた」


 物騒だと思うなら振り回すのはやめてほしい。

 アトリエは「屋根裏工房」を自称している都市型ホームセンターだ。全国展開していて、主要都市には必ずひとつは存在している。雑貨や季節商品なんかがよく置かれ、俺もよく買い物に行ったりするが……そういえば二カ月前にはハロウィン用のコスプレ服と小物が季節商品コーナーを占拠していた。


「どう考えてもハロウィンのコスプレ用具だろ、それ」


 口に出して言ってしまった。


「なんだと!? わ、私は騙されていたというのか!?」

「誰も騙してないと思うけど……」


 むしろお前が勝手に騙されていたというか。


「くうううっ……まあいい。クリスマスだからな!」


 なんの関係があるんだ。


「私に尾長町征服という名のプレゼントをしてもらおうか!」

「い……いや、言ってる意味が全然わからん」


 本当にわからない。


「つまり私に倒されろという意味だ馬鹿者め!!」

「俺を倒しても尾長町は征服できないだろ!」


 どうしてそこまで俺に執着するのかすらもわからない。

 とにかく戦闘を避けるために、思いついたことを口にしてみる。


「大体、クリスマスは明日……」

「そうだった」


 シャドウが急に鎌をおさめた。

 それでいいのか。


「イブとはいえ本当のクリスマスは明日だったな」


 おい、本当にそれでいいのか。


「ならば明日、貴様の首を――」

「ちょ、ちょっと待て。……クリスマスはバイトあるから待ってても帰りが何時になるかわからないぞ」

「なんだと?」


 咲の、もといシャドウの眉がピクリと動く。

 というか、そんな衝撃的な顔をされても困る。何を考えていたんだ。


「ああ、確か貴様は花千の……」


 だが、すぐに表情は元に戻る。


「そう、花千の」

「……ふうん、そうか。わかった」


 それはそれで……それでいいのか、魔王。

 あっさり引いたが。


「停戦地帯だからな」


 ……本当にそれでいいのか、魔王……。

 シャドウはくるりと踵を返した。


「あっ、ちょっと待っ……」


 俺が呼び止める間もなく、夜の闇へと消えていく。

 まあ帰ってくれたのでそれで良しとしよう。ただ、俺はクリスマスには死ぬかもしれない。忙しさで。そういうわけで、帰って早々に寝ることにして、鋭気を養うことにしたのだった。


 二十四日の当日、俺は現実を突きつけられることになる。


「ありがとうございました!」


 二十四日は死ぬ。

 確かにその都市伝説は、都市伝説などではないということを実感しはじめていた。ある程度暇があったのは開店直後だけで、カフェ側が混み始める時間帯から徐々に忙しくなりはじめていた。

 本当に忙しいのは夕方からだと聞かされてはいたものの、既に正午当たりからケーキを取りに来る客もいるのだ。

 今朝早くから降り始めた雪のおかげか、多少人の出入りは鈍いのではと予想されたが、それでも、クリスマスという行事には勝てなかった。そもそも、クリスマスに雪は抜群の相性だ。

 レジの奥側から、笹葉があせったように顔を出す。


「あ~、二人とも~、どっちかでいいから、あとで中のほう入ってくれないかって! こっちの手が足りなくて!」

「ああ、わかった」


 笹葉にうなずき、軽く烈土に目くばせする。

 と、そのとき。


「うわっ、本当に烈土がバイトしてる!」


 すごいどこかで見たことある黄色い服の人が言った。


「はあ!?」


 烈土が驚いたあとに声を潜める。


「な、なんでお前らがここにいるんだよ!」

「おい、こっちは客なんだから対応しろ、店員」

「うるさいな!? いらっしゃいませ!?」

「遅いだろ」


 黄色い服の人に引き続き、どこかで見たことのある青い服の人がいる。物凄くどこかで見たような顔をしているが、気付かなかったふりをする。

 ……。

 まあ、俺も突然バイト先に他の友人が来たらこんなものかもしれない。というか、わざわざ二十四日に来るあたりいやがらせかとも思うが、そこはまあ、比較的空いている時間だったからよしとしよう。烈土も半分キレながらもなんとか店員としての職務をまっとうしているので、俺は見なかったふりをした。いずれにせよここで何か問題を起こすようなことはしないだろう。

 とりあえず見なかったふりをして、中に入るか、と考えたところで、悲鳴があがった。

 すごく見たくないが、見ないといけないんだろうなと思いながら振り向く。


「こ、黒衣のサンタ!?」


 烈土が叫んだ。

 カフェ側から悲鳴があがっている。


「そのとおり!!」

「原田さん……」


 そこにいたのは、紛れもなく原田さんだった。

 ちなみに黒衣のサンタと言ったが、この人の正体は元・臨時バイトの仲間で、原田さん。

 年上のフリーターだと思っていたのだが、本当は尾長町内にある別のケーキ屋、クレオールの菓子職人だ。クレオールのお菓子が売れないことを花千のせいにして、クリスマスになるたびに怪人・黒衣のサンタとして嫌がらせをしていたのもこの人だ。

 クリスマス前にボコボコにされたからなのだけど、ミイラみたいに包帯でグルグル巻になっている。マンガでしか見たことないぞ、これ。


「なんかスゴイ恰好なんですけど……」


 せめて完治してから来てほしい。まあ、治してたら今年のクリスマスは終わりそうだが。


「うるさい! あの時は遅れをとったが、今度こそはこの花千を潰してやるっ!」


 遅れじゃないだろう、べつに。

 というか、はっきり花千を潰すって言ったぞこの人。


「くっ……」


 烈土がちらちらとこっちを気にしている。客としてきた青い服と黄色い服の人たちも、出方を伺っているようだ。

 たぶん簡単に変身できないとかそういう理由なんだろうけども、俺のことは気にせず行ってきてもいいと思う。別に店員と客二人が急に消えて、よく似た人たちがヒーローとして戻ってきても俺は気付かなかったふりをするし気にしない。たぶん。

 ……大体、この人のは完全なる逆恨みだ。

 いったいどうすれば、と思ったそのとき。

 彼の後ろに黒い影が落ち、巨大なハンマーが彼を吹き飛ばした。悲鳴が尾を引きながら、一瞬にして開いた自動ドアから外へとフェードアウトしていった。


「おまたせしましたー! 正義のクネヒト・ループレヒト、リン・レヒトでーす!」


 ドシャッ、と床にハンマーの頭部分を置いたのは、黒いサンタ服に身を包んだ少女だ。相変わらずハンマーの重さがどうなってるのかまったくわからないが、床が割れそうなのでやめてほしい。

 いや、そもそも彼は生きてるのか? 大丈夫なのか?


「うおーっ! リンちゃーん!」

「こっち向いてー! 写真撮らせてー!」


 微妙に男子勢からの野太い応援の声があちこちから響いてくる。平和だ。

 だけども、あっという間に解決した。


 ……その、なんだろう。さすがだ、とは言っておこう。


「あの~、注文したケーキ、いいですか?」


 うしろから並んでいたお客さんたちが急に言ってくる。

 さっきまでヴィランがいたのにこの反応って、大丈夫かこの町。


「土田君、レジをよろしく。赤野君は病院に連絡を。笹葉君はお客さんに対応をね」

「はっ……店長!?」


 店長に促されたころには、リンの姿は消えていた。相変わらず早い。そして、リンによく似ている同じバイト仲間の笹葉凛が、いつの間にか戻ってきて仕事に戻ってきた。似ているのはたぶん気のせいだ。


「ああーっ、リンちゃんが、リンちゃんが消えた!」

「これで来年のクリスマスまでお預けか……」


 目の前にいるだろ。

 というツッコミは心の中だけにしておいて、俺は気にせず仕事に戻ることにした。何しろつっこむ間もなく客がやってくるので、あっという間に時間が過ぎていったのだ。


 今日の予約である最後のケーキを渡し終わったとき、安堵と緊張からの開放から疲れが一気にやってきた。

 疲れた……。

 やっている時は寒さとあわただしさでそれどころではなかったが、予想以上だった。休憩室に戻ると、ソファに思いきり腰かけてしまった。

 そのまま帰りの支度をしはじめた烈土を眺める。


「お前、よく立ってられるな……」

「……座るとこのまま寝そうだからな!」


 とてもいい笑顔で言われる。

 そうか。

 そういうタイプか、おまえ。


 ――まあ……これぐらいの体力がないとヒーローとかできないだろうし。


 そう思ってから、たぶんそれは気のせいだと思うことにした。

 うっかりだ。

 烈土はあくまでヒーローに酷似した人間であってヒーローではないということにしておこう。口に出すとまずい。色々とまずい。いずれにしろ自分の思考がおかしくなっていることは確かだ。

 とはいえ、バイト中は途中であったできごとをのぞけば、一般客相手ばかりだった。というか、たぶんまっとうに忙しかった。

 ……感動だ。

 とにかく今日はこのまま帰って休もう。

 それがいい。

 店長にねぎらいの言葉とともに送りだされ、駅で笹葉と、それから途中で烈土と別れ、自転車を引きながら家路を急ぐ。

 早く帰って風呂に入って寝たい。もう少し体力をつけるべきだった、と頭の片隅で思っていた――そのとき。


 頭に鈍い衝撃が走った。


「は……!?」


 反応が遅れたのは疲れのせいかもしれない。

 思わず頭を抱えて振り向くと、そこには……。


「はっはっはっはっは! いついかなる時でも油断大敵だ愚か者めー!!」


 杖を片手に持った咲……ではなくシャドウがいた。

 とはいうものの、片手しか使ってこない。

 殴ってこない方の指は、マントをぎゅっと掴み、体の前で締めている。寒そうだ。


「な、何してるんだお前……!?」

「ふあ……」


 何か言いかけたので身構える。と、くしゅんっ、とくしゃみをした。


「……お前、寒いのか俺を倒したいのかどっちかにしろよ……」

「う、うるさい! 寒いがお前は倒したい!!」


 どういう理論だ。

 というか、何をしてるんだこいつは。

 混乱した頭にも、ちゃんとした思考が戻ってくる。今は何時だ?


「というか何してるんだよ!? 今日は遅いって言ったろ!」

「クリスマスにっ……どうしても貴様を倒さねば……っ、この町が征服できない!」

「別にクリスマスじゃなくても征服はできないぞ!?」


 あと、尾長町は俺の持ち物ではない。


「あと寒い!!」

「だろうな」


 もはやどこからどう言えばいいのか。

 疲れてはいたものの、ともかく話にならないのは困る。

 ひとまず自分の首に巻いたマフラーを外し、シャドウの首に巻こうとする。が、一瞬にして距離をとられた。


「貴様それで何をするつもりだ……」


 いや、お前に巻こうと思ったんだけどなぜそれほどまでに逃げる。

 というより、痛いから杖の先で突くのはやめてほしい。


「寒いかと思って……」

「寒いからなんだ!?」

「寒いからせめて首をどうにかしろと言いたかったんだけど!?」

「嘘だ! そうやって油断させて私を倒す気だな!?」

「なんでだ」


 冷静にツッコミを入れてしまう。

 ようやくシャドウの首と肩をマフラーで覆うと、シャドウはまた衝撃的な顔をした。


「……マフラーを……すればよかった!!?」

「気付けよ」


 そこは気付いてほしかった。

 一息ついたあとで、ふとあることに気が付いた。


「そういえば、なんでいるんだよ!? 今日は遅くなるって言ったろ!」


 これを言うのは二度目だ。


「私が魔王で貴様がヒーローであるかぎり時間など関係ない」

「ヒーローじゃない。それに普通に寒いし危ない……いや……危ないだろ!?」


 一瞬「魔王だから平気なのか?」と考えかけた自分を恥じたい。

 たぶん疲れからだ。

 加えて、いくら俺を倒すためとはいえ、妙な時間に出歩くのは一応女子なのだから気にしてもらいたい。


「大体、ヒーローはたくさんいるんだし、俺じゃなくてもいいだろ……」


 この際だからと凄く気になっていたことをぶつける。

 尾長町にはヒーローがたくさんいる。あんまりそのことを認めたくないが、とりあえずたくさんいるということにしておこう。そいつらをどうにかしたほうがまだ世界征服の可能性はあるんじゃなかろうか。

 そもそも俺は、ヒーローじゃない。


「……」


 黙った。

 ようやくその可能性に気付いてくれたのかと思ったのだが、シャドウは表情も変えずに俺をじっと見つめたままだ。


 ――……、え、な、何だ……?


 今までにない反応だ。

 何か言うでもなく、こちらをじっと見つめてくる。雪が頭にかかろうとおかまいなしで、せめてそれを払ってやるべきかと逡巡する。


「……ふふふ」


 シャドウは急に笑ったかと思うと、踵を返した。


「せいぜいそう思っているがいい。とにかく貴様はヒーローだ、それは揺るがない」

「そこは揺らいでくれ」


 真顔で言ってしまう。そのまま立ち去ろうとするシャドウに、はっと気が付いてその後を追った。さすがに、十二時も過ぎてるのに、雪のなか幼馴染の女子を一人で帰らせるわけにはいかないだろう。

 少し後ろを歩いていたはずだが、向こうは気付いているのかいないのか、そのまま新雪に足跡をつけて歩いていった。

 だが、自宅――もといアジト近くになった途端、急に走りだしたかと思うと一気に消えてしまった。たぶん、自宅に入ったのだろう。


「……あ」


 首に冷気が吹きこんで、ようやく気付いた。

 マフラーを回収し忘れた。

 けれども家に突撃する気力もなく、俺は自転車を引きながら家路についた。マフラーくらいそのままにしておいても問題はないし、今押し入られるのもたぶん嫌がるだろうし。

 そんなことを気にするくらいには――俺はなじんできているのか、それともこれが普通なのか。わからなくはなってきたが、気にしないことにした。


 こうして十二月二十四日の騒動も終わった。


 とにかくこれで尾長町の平和は守られた……と思いたい。

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