第4話

前編

 俺の名前は土田マサヒロ。

 ごく普通の大学に通う、ごく普通の男子大学生だ。


 そして――


「じゃあ、土田君。明日からよろしく」

「はいっ、……よ、よろしくお願いします」


 駅前の和洋菓子店「花千」の臨時アルバイトになった。




 * * * * *




 十二月の中ごろともなると、町はクリスマスムード一色だった。

 特に繁華街まで出ると、十字に交わる大通りの木々には電飾がつけられ、夜になるといっそう華やかな空気に包まれる。最近だとハロウィンが終わるか終わらないかぐらいからクリスマス用品を出している店もあるし、早すぎるということもないだろう。

 クリスマスが過ぎれば年末年始も控えているし、何かと忙しいこの時期、臨時のバイトを雇うところも増える。花千もそういった店の一つだ。


 花千は尾長駅前にある和洋菓子店で、東口から徒歩一分足らずの小さな広場を目の前にした、尾長町内で知らない人はいない超人気店だ。かつては和菓子専門だったが、一代前の店長が改装し、カフェスペースを併設して洋菓子も始めたのがはじまりらしい。

 季節ごとに旬の果物を使った菓子が人気で、それ以外にも、何かあった時はたいていここの菓子を持っていけば喜ばれる。わざわざ隣の市から買いに来る人たちもいるらしい。


 今はクリスマスシーズンという事もあり、新作に加えてクリスマスケーキの販売もある。普段以上に忙しさは半端ではない。それゆえ、この時期に何人かまとめて人を増やす、というのは有名な話だった。


「ありがとうございました」


 箱詰めにしたケーキをショーケースの上から渡すと、俺は一息ついた。

 自分でも初日よりはだいぶ板についてきたのではないか、と思う。貸しだされた制服の焦げ茶のエプロンもだいぶ柔らかくなってきた。

 黒いスラックスに白いシャツ、そして焦げ茶のエプロンという、よくあるスタイルだ。特徴がないといえばそうだが、その代わり女性の制服の方が華やかだ。大正ロマン風といえばいいのか、薄い紅藤色の着物に濃紫の袴、そしてその上に白いエプロンという出でたちで、可愛いと評判なのは知っている。かつては和菓子専門だったらしいからそのイメージも残しているらしい。


 ところで、似合う、似合わないで言えば……。


「いらっしゃいませー!」


 ここ数日でだいぶ聞き慣れた感のある声が響く。

 カフェコーナーの方にかりだされている烈土は、相変わらずにこやかだ。

 赤野烈土――俺の大学の友人だ。

 自称、赤に対する情熱を忘れない熱い奴……なのだが、今は俺と同じく黒いスラックスに白いシャツと焦げ茶のエプロンの恰好だ。赤い服じゃない事にかなりの違和感を覚える程度に慣れている自分がいて、そこは複雑な気分になる。

 なんの因果か、俺と同じく花千の臨時アルバイトとして入っている。あいつはあれで意外と色んなところで通用しそうなのが恐ろしい。


「土田さーん。これ補充お願いしまーす」

「わかった」


 俺は振り返ると、トレイに乗せられたケーキを受け取った。同じくこの時期にバイトとして入った人間は俺たち以外にも三人くらいいる。今トレイを渡してきた笹葉という女子高生も、ここの制服に憧れて入ってきたのだと語っていたことがある。

 ショーケースを開け、腰を屈めてケーキを補充する。和菓子の方も一気に出来上がってきたようで、全て入れ終えると、ふう、と息を吐いた。


「土田君」

「えっ? は、はい?」


 顔を上げると、横に店長が立っていた。

 慌てて立ち上がり、なんでしょう、と尋ねる。


「今日の仕事が終わったら、ちょっと休憩室まで来てくれないか?」

「休憩室に、ですか?」

「ああ。ちょっと話があってね。そう時間は取らないから。それじゃ」

「はあ……わかりました」


 言うことだけ言うと、店長は行ってしまった。


 相変わらず読めない人だ。それは、ここで働くようになってからも変わらない。

 いつもニコニコしていて人あたりはいいのだが、どうにも心の中が読めない。このあたり、昔ヒーローだった……らしいという噂と関係があるのかないのか……。

 ……俺もだいぶ毒されてきている。だがそれ以外に表現が見つからないので仕方ない。

 しかし、これぐらいの度量がないと、尾長町唯一の停戦地帯の店長としてはやっていけないのかもしれない。

 それを知ったのは、とある事件の時だった。


 事件は今から少し前にさかのぼる。

 烈土の……じゃなかった、烈土本人じゃないかと思うぐらいとてもよく似ているガクセイファイブの一人、レッドの兄である偽レッドが、この花千の店長のネームプレートをめぐってひと騒動起こした事件。

 あの時、なぜか俺の手に入りこんできたネームプレートをうっかり返したのが縁、ともいえる。

 そこからまだ一か月も経っていないというのに、尾長町はすっかり落ち着いたものだ。


「ええっとー。すいません、注文いいですか?」

「あ……すいません、お待たせしました」


 ショーケースの前に立ったセーラー服の少女へと向きなおる。

 その隣には黒縁眼鏡をかけた制服の少年がショーケースを覗いていた。恋人同士だろうか。微笑ましい反面、少しだけ空しい気分にもなる。

 まあそんなことはともかく、それからもひっきりなしにやってくる客へと対応していると、あっという間に時間は訪れた。


「おつかれさま。あがっていいよ」

「はい。おつかれさまです」


 先輩へと声をかけ、そのままロッカールームへ向かいかけて、ふと気が付く。


 ――そういえば、店長に呼ばれてたんだっけ。


 休憩室へと向きなおると、ドアをノックし、ノブをひねった。


「失礼しまーす」


 中に店長はいなかった。代わりに、ソファに座っていた烈土がこっちを見て、驚いたように目を瞬かせていた。


「あれ、烈土?」

「なんだ、マサヒロも呼ばれたのか?」

「も、ってことは、お前も店長に?」


 ああ、と烈土はうなずいた。

 どうやら呼びだされたのは俺一人ではなかったらしい。

 安心するような、しないような……。今なぜか、心の底から嫌な予感がふつふつと湧き上がってくる。それを無理やりにおさえつけ、ドアを閉めた。

 烈土は頭をかきながら、眉を寄せている。


「なんだろうな。俺たち何かしたっけか? 心当たり、あるか?」


 まったくない。テーブルを挟んだ反対側のソファに腰かけながら、首を横に振った。


「いや、特には。もしかしてバイト全員呼びだされた、って可能性もあるけど……」


 答えきる前に、ドアがノックされた。開いたドアから店長が現れ、俺たちは同時に立ち上がる。


「やあ、二人とも。待ったかい?」

「あ、いえ。今来たところです。……あの、呼びだしたのは俺たちだけですか?」

「ああ。とにかくまあ、座ってくれ」


 俺は烈土の隣へ移動して腰かけた。店長はその俺たちの前へと座ると、にこにこと人の良い笑みを浮かべた。


「なに、そう緊張することはないよ。ちょっと君たちに頼みたいことがあってね」

「はあ……」


 俺と烈土は互いに顔を見合わせた。


「二人に、調査をしてもらいたいんだ」

「調査ですか?」と、烈土。

「ああ。もうすぐクリスマスだろう?」


 ええ、と頷く。


「毎年、クリスマス間近に出現する”黒衣のサンタ”と名乗る怪人は知っているかね?」


 烈土は背筋をぴんと伸ばし、俺は目が死んだ。


「……いえ、知りません……」

「知らないのか、マサヒロ!?」


 逆に聞きたいが、なんで知っているのが当然みたいなやりとりなんだ。

 というか、なんだそれは。


「では、土田君は知らないようなので解説しよう」と店長は続ける。「彼――彼女かもしれないが、ここでは彼と呼んでおくが、赤野君はどれだけ彼のことを知っているかな?」

「ええと……毎年、クリスマス前の一週間くらいに出現して、プレゼントを奪う怪人……ですよね」


 初めて聞いた。

 烈土の目が若干泳いでいるあたり、あれだ。

 ……たぶん、ガクセイファイブあたりも相対したことはありそうだ。

 とはいえ、それ以上のことは知らなさそうな空気もある。


「その通り。多くの者に認知されるようになったのはここ数年だ。だが、彼の行動が年々変化しているのは知っているかな?」

「変化?」

「そう。これは去年のことなのだけどね、うちにこういった噂が入ってきたんだ。黒服のサンタは、うち、つまり花千で作ったケーキを中心に――壊していると」

「な、なんだって!?」

「壊している……って、どういうことですか?」


 俺が聞き返すと、店長はうなずいた。


「そのままの意味だよ。買ったケーキを奪われたり、その場で潰されたり、といった行為だね。もちろんそれは多くのヒーローの手によって阻止されている」


 烈土がうなずいている顔が何か誇らし気だが、気付いてないふりをする。


「有り難いことに、この店を利用してくれる人たちは多い。だから、この辺りの駅前でそういった事を繰り返せば、たいていの被害はこの店の利用者ということになる」

「で、でも、こう言っちゃなんですけど、やっぱり駅前だと花千の利用客は多いと思いますから、それだけでこの店だけが被害にあっているとは考えにくいんですが……」

「そうだね。けれど、駅前を離れればどうかな。ここではなく他の店の味が好きだ、という人もいるはずだ。それなのに、図ったようにこの店の利用者に被害が集中している。偶々他の店で買った人が、その場にいたのに襲われていない、見逃された……という事は、あると思うかい?」

「それは……」

「加えて」と店長は続ける。「うちでは予約してくれた人間に引換券を渡すのは知って居るよね。去年に至っては駅の中で出張店と称して、ぐちゃぐちゃのケーキが入ったケーキボックスを渡していたんだそうだ」

「それ、怪人じゃなくても普通に性質が悪いですよね!?」


 というか、普通に営業妨害じゃないか。


「そうだ。それに、食べ物を粗末に扱うのも良くない」


 店長は首を振った。

 確かに、怪人がどうのこうの以前にそこまでされるともはやいやがらせの領域だ。そういったものはたいていヒーローに向かっていた気がするが、明らかに特定の店を標的にしている。


「警察の方には?」

「駄目だよ。向こうは怪人、悪の組織を名乗っているからね」


 店長は肩を竦めた。それは何か関係があるのか……と思ったが、隣で烈土が難しい顔をしていたのでたぶん関係あるんだろう。

 おそらくだが、怪人の相手はヒーローが、というような暗黙の了解だと思う。

 ここにきて慣れてきている自分が怖い。


 ……と、そこでふと最初の目的が何なのか聞いていない事に気が付いた。

 なんだか嫌な予感がする。


「……あの、ところで、俺たちを呼びだしたのは……」

「ああ、そうそう」


 店長はにっこりと笑った。


「”黒衣のサンタ”を捕まえろ、とは言わない。だけど、このままいくと今年は何をしてくるかわからない。だから、その人物の情報を集めてもらいたいんだ」


 捕まえろ、のところで肝が冷えたのは内緒だ。そして、少しだけほっとしたのも事実。捕まえろと言われたらどうしようかと思った。

 事態はあんまり変わってないけど。

 ……あんまり変わってないけど!


「もちろん」と店長は指を組む。「ヒーローに心当たりがあれば、応援要請をしてくれてもいいんだよ」


 店長のにこにこ顔が物凄く怖い。

 というより、ピンポイントで俺と烈土にこの話をしてきたことも、途中から嫌な予感はしていた。

 しかし情報収集とはいえ、正義のヒーローでもないのに首を突っ込むのはいかがなものか、という観点からお断りしたい気がふつふつと湧き上がってきていたのだが、烈土が隣で胸を叩く。


「わかりました。花千を狙う不届きな輩は、この俺が――俺も、許せませんから!! な!?」


 「な!?」といわれても困る。俺の意見は無視か。

 気付かれないようにため息をついてから続けた。


「まあ……心当たりは無いですけど……、頭の隅には入れておきます」


 おもいきり隣にいそうな気配はするが、とりあえず心当たりはないということにしておく。

 とにかくそういうわけで、俺と烈土は”黒衣のサンタ”について調査することになったのだった。


 ……なんだか、少し前にも同じような事態に陥った気はするが、考えないようにしよう。

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