第50話 星の配列

 それから僕たちは、チャオに請われて、クリオが魔物の国に来てからのことを語りました。


 チャオは僕たちの話を興味深そうに聴き、また深い共感を示しました。

 クリオがチャオのことを自分より圧倒的に優秀だと感じていたことを話すと、チャオは大きくかぶりを振って否定します。


「いやいや、私別に機械工学の権威とかそういうんじゃないから! 蒸気機関だって、この世界の技術水準ならむしろ今までなんで無かったのかなってレベルだし、仕組みを説明したらわりとあっさり作ってくれたんだよ。お金はかかったけど」


 そうして、チャオの側もクリオに脅威を感じていたことを話してくれました。


「ていうか、私たちだってめっちゃビビってたし。魔物の国にはケインズでも召喚されてんじゃないのって思ったし。私、社会科学系とか全然ダメだし、引きこもりだしさあ! 魔物の国でも蒸気機関がつくられたって聞いたときは、詰んだと思ったし」


 わかっているつもりでしたが、それでもやはり、立場が違うとこうも認識が変わるのだということを痛感させられます。

 クリオは、ようやく何か胸につかえていたものが取れたように、ほっとしたという表情で微笑んでいました。


「……どうなることかと心配していたが、打ち解けられたようで何よりだ。実は、どうしても今日、二人を会わせておきたかった理由が、もう一つある」


 会話が落ち着いたところで、ルキアがそう切り出しました。


「なに? 私も知らないこと?」


 チャオの問いに、ルキアはうなずいて言います。


「ああ。政治的にも重大な問題をはらんでいるため、まず魔王エテルナと秘密回線で話し合った結果、二人には私から同時に伝えることに決めたのだ。いいか、落ち着いて聞いてくれ。二人が元の世界に戻る方法が見つかった」


 それは、あまりにも突然の報せでした。

 クリオもチャオも、僕ですら、息をのみ押し黙るほかありませんでした。


「重要なのはここからだ。これは、異世界との行き来が自由にできる方法が見つかったということではない。あくまで、異世界への扉が開くであろう時期と場所が特定できたに過ぎない」


「ちょ、ちょっと待ってください、つまりどういうことですか?」


 動転のあまり、当事者たる二人をさしおいて、僕はルキアにそう聞きました。


「その日その時、扉が開くことはほぼ確実だが、それを再現する方法がない。つまり、行ったら戻ってこれないということだ」


 端的に結論だけを提示してから、ルキアは事情を説明します。


「共和国の魔術研究所が魔物の国の魔法学院に問い合わせ、二人の召喚時期と場所の魔術的データを照合したところ、ある共通性が浮かび上がった。二人は、特定の星が一列に並び、他の惑星と呼応して、極めて特殊な天体状況のもとで召喚されていることがわかったのだ。おそらく、異世界との扉を開くための莫大な魔力を、天球上に超巨大な魔法陣を構築することで代替しているものと思われる」


「天体規模の超巨大魔法陣!? そんなこと、神様でもなけりゃできやしない!」


「……これをどう捉えるかはまた別の問題だが、残念なことに、必要な星の中には運行周期が特異な星が含まれている。この状況が短期的に複数回成立するのは、次で最後なのだ。次を逃すと、同じ配列が発生するのは、約60年後になる」


 ルキアが言葉を切ると、チャオが覚悟を決めるように大きく深呼吸をして、質問を投げました。


「で、次っていうのは、いつなの?」


「3か月後だ。魔物の国、ベセスダの港を望む高台に、扉は出現する。元の世界への帰還は、我々が止めることのできない君たちの権利だ。とはいえ、この世界に残るつもりなら、私は歓迎する。魔王エテルナも同じだろう。よく考えて決めてほしい」


 3か月後……

 いつか来るかもしれないと、漠然としか考えていなかったクリオとの離別。

 そのときが突然目の前に現れたことで、胸の中に巨大な亀裂が走ったかのような激痛を、僕ははっきりと感じたのでした。

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