二つの世界

第48話 将軍の家

 帝国が正式に“共和国”になった日から3日が経ち、目が回るほどの忙しさだった新政府の面々も、ようやく落ち着きを取り戻し始めていました。


 和親条約を調印したレミ姉は一足先に魔物の国へと戻りましたが、クリオはそのまま、終戦後の経済に関する国際会議に出席するため残留、通訳のベベをはじめ、僕とシメオンも、共和国に残ることとなりました。


 ルキアが僕たちを自邸に招いたのは、そんな中でのことでした。

 ルキアの自邸は帝都の中心部から馬車を一時間ほど走らせたところにある、比較的人口密度の低い、のどかな場所にあります。

 その家屋は周辺の一般家庭と変わらず、将軍の邸宅としては非常につましいもののように思われました。


「よく来てくれた、クリオール総裁。わざわざ出向いてもらって申し訳ない」


 玄関で僕たちを出迎えてくれたルキアは、軍服を脱ぎ、ゆったりとした柔らかな服に身を包んでいました。

 その姿は、魔王をたった一人で打ち倒した強者つわものとはとても思えない、穏やかな女性そのもので、かえって僕は面食らってしまいます。


「とんでもありません。お招きいただき、ありがとうございます」


 クリオが頭を下げてそう答えると、家の中からかまびすしい声が聞こえてきました。


「お母さーん! お客さん来たのお!?」


 子どもの声です。

 それも、一人や二人ではなく、たくさんの。


「おい、お前ら今日は静かにしていろ。お母さんはお客さんたちと大事なお話があるんだからな」


「はーい!」


 子どもたちは元気のよい声で答えながら、わらわらと玄関に集まってきます。

 見える範囲だけでも、10人の子どもがいます。


「あの……この子どもたちはみんな将軍の?」


 僕が驚きを隠せずにそう聞くと、ルキアは笑って答えます。


「ああ、みんな私の子どもたちだ。もちろん、私が生んだわけじゃないけどな」


 確かに、よく見ると子どもたちはそれぞれ顔つきや肌の色まで、まるでバラバラです。血のつながりは無いように見えました。


「みんな、戦争で親を亡くした子どもたちだ。8年ほど前から、私の家では戦災孤児たちを引き取って育てている」


 ルキアは、シメオンのしっぽを握ろうとする子どもたちを叱りつけながら、僕たちを家の中へ招き入れます。


「さあ、お前たち、お客さんにお茶を淹れるんだ。上手にできたらご褒美だぞ」


 ルキアはそう指示しましたが、先を争ってキッチンへ殺到する子ども、ルキアのもとを離れようとしない子ども、シメオンのしっぽを放さない子どもなど、それぞれが勝手気ままに行動します。


 ここは軍隊とはまるで違う。

 でもそれなのに、この家の風景にはなぜかあのルキアの船と同じ、強い絆で結ばれた者たちの紐帯を感じるのでした。


「騒がしいところですまない。クリオール総裁、あなたにどうしても会ってほしい人物がいるんだが、公式に会うには手続きが煩雑でね」


 ソファに腰をかけると、ルキアは早速本題を切り出しました。


「私に会わせたい人物というと……」


「おおかた察しはついていると思うが、恐らくはあなたと同じ世界の住人、つまり“人間の国に来た異世界の人”だ」


 ルキアの言うとおり、彼女から招待を受けた時点で、その可能性は強く感じられていました。


「私も……私も、ぜひお会いしたいと思っていました。オルシュテインの港で、あの蒸気機関を見てから、その存在を意識しなかった日はありません」


 クリオが緊張の面持ちでそう答えます。

 ルキアは、クリオの表情を見て、やや不安げに言います。


「私は、もう少し先でもよいかと思っていた。もう少し、世界が落ち着いてから。だが、“彼女”が早く会いたいと言う。私としては、その希望を無下にはできない」


 ルキアのその言葉に応えるように、隣の部屋から声がしました。


「ルキア、大丈夫だよ。きっとあなたが心配するようなことにはならない」


 そうしてドアが開き、入ってきた人の姿を見て、僕たちは息をのみました。

 小柄で、線の細い、黒髪の、10代に見える少女。肌にぴったりと沿う黒い袖なしの肌着に、ごく短く股下あたりまで切り詰められたズボン――クリオとは雰囲気のまるで異なる異世界の服を身に着けた、活発な印象の女の子です。クリオとはまるで違った性質でありながら、クリオにも引けをとらない美しい少女でした。


 けれど、僕たちが驚いたのは、彼女の美しさにではありません。

 その少女は太ももから下、脚のほとんどが無かったのです。

 彼女は魔術で駆動する車椅子に乗り、あえてその身体的欠損を誇示するかのように、肌をさらしているのでした。

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