第23話 地下大納骨堂に潜入します!

 シメオンが言うには、魔法学院の図書館から地下に抜ける秘密の通路があり、政府の重職にある者たちが、たびたび会合を開いている形跡があるようなのです。


「発見したのはべべだ。こいつがいなければ、見つけることはできなかっただろう」


 シメオンにそう言われて、照れながらもベベが発見の経緯を話してくれました。


「エルさん、いつか魔法学院の書庫で爆発事故があったのを憶えていますか? あの事故の後、図書館を調べてみたんですが、どこにも爆発の跡なんてないんです。2週間も立ち入り禁止になるような事故だったのに。それで、しばらく注意して見ていたら、どう見ても研究者には見えない人が来て、地下の書架をいろいろいじった後、忽然と消えてしまうことがありました。シメオンに秘密会合のことを聞かれるまで、そこが秘密の通路だなんて思いもしなかったけど」


 なるほど、そうするとあれは、地下書庫よりさらに先、秘密の場所で発生した事故だったのかもしれません。

 シメオンがベベの言葉に加えて言います。


「ベベの話を聞いて、俺のほうでは、政府の要人で特にきな臭いやつらを数人尾行してみた。狩人だからな、追跡はお手の物だ。案の定、幾人かが同じ日に、書庫で消えている。しかもその日、書庫からは人間のにおいがした。十中八九、人間側との何らかの会合が行われていると見ていいだろう」


 僕は、少し考えてから、クリオに言いました。


「クリオ、エテルナ様に報告しましょう。魔王府の憲兵隊を突入させて、すべてを明るみに出せば……」


 しかしクリオは、疑問を口にします。


「本当にそれでよいのでしょうか? これは、この国の根幹にかかわる問題のように思います。何もかも暴いてしまえば、この国自体が崩れてしまう危険をはらんでいるような、そんな気がするのです」


 そうして、クリオは思わぬことを言い出しました。


「シメオン、私をそこに案内してくれますか? どんなことが行われているのか、この目で確かめたいのです」


 加えて、ベベが声を上げました。


「僕も連れて行ってください! もし戦争の勝敗が、初めから偉い人たちによって決められていたなら、僕の父は、コクマ村の人たちは、どうして死ななくてはならなかったのでしょう? 僕は、知らなければならない」


 シメオンは、それを聞いてにやりと笑います。


「ああ、俺も賛成だ。偉そうにふんぞり返って、俺たちにやらなくてもいい殺し合いをやらせてるやつらがいるなら、文句を言ってやらなくちゃあな。おまけに、返答次第じゃ鉛弾をぶち込んでやれるって機会はめったにない」


 続けて、シメオンは僕に聞きます。


「エル、あんたはどうする?」


「クリオが行くなら、当然、僕も行きます。ただし、危険なようであれば、すぐに引き返してください」


 こうして僕たちは、図書館の地下、魔物の国の暗部に、潜入することになったのです。




 書庫に着くと、ベベが声を上げました。


「……書架の並びが、人の消えるときの並びです。たぶんいま、中に人がいます」


 僕たちの間に、緊張が走ります。


「かまいません。行きましょう」


 クリオが、はっきりとそう言いました。

 その声に押されて、ベベが書架のひとつに手を掛けます。

 すると、書庫の奥の壁の一部が音も無く動いて、そこに通路が現れたのです。


 通路の奥に進むと、内部は暗く、人の顔も定かには見えない状態です。魔法で灯を点すこともできましたが、発見されることを警戒して、僕たちは暗闇の中を進みました。


「あっ……!」


 ベベが声を上げました。目の前に、突然人が現れたためです。

 その人の持っていたカンテラの火が揺れて、一瞬、顔が照らし出されます。

 間違いなくギルモア伯その人でした。


 ギルモア伯は、カンテラを捨て、逃げ出します。


「追いましょう!」


 クリオの声に、僕たちも走り出します。


 いくつもの階段を下り、僕たちは果てしなく都市の地下へ、地下へと進みました。構造がひどく複雑で、地形に慣れない僕たちは、だんだんギルモア伯に引き離されていきます。

 しかし地下を進む中で、僕にはここがどこなのか、わかってきました。


 魔王城は、もともとヴァンパイアの古い都市を解体して建てられた城です。その地下には、かつて古代の大納骨堂が広がっていたと、何かの本で読んだことがあります。ここは、おそらく大納骨堂だった構造を利用した空間なのでしょう。


 少し先で、何か重い扉が開くような音がしました。


「全員伏せろ!」


 突然、シメオンが叫びます。

 次の瞬間、僕たちの頭上を、巨大な火の玉が通り過ぎていきました。


 その後に轟いたのは、大気を震わせる唸り声。

 目の前には、人の数倍の大きさをもつ、全身を分厚い鱗に覆われた古代種。

 ドラゴンと呼ばれる存在に間違いありません。


「クリオ!」


 立ち上がろうとしたクリオに襲い掛かる、巨大な鉤爪。

 ドラゴンの打撃で、崩れる壁。

 激しい揺れと崩落。


 土煙が収まった後に見えたのは、クリオを抱きかかえてかばったシメオンと、その背に刻まれた深い傷でした。


「シメオン! 大丈夫ですか!?」


 僕はシメオンに駆け寄り、回復魔法を唱えます。


「傷はいい。それより、銃を吹っ飛ばされちまった」


 見ると、シメオンが背中に担いでいた銃が、ドラゴンの足元に転がっています。

 そのドラゴンが、大きく息を吸い込みました。


 即席の防御魔法陣を緊急展開。

 炎のブレスを魔力の壁で受け止めます。


「エル、魔法であいつをなんとかできないのか?」


 シメオンが僕に聞きます。


「おそらく無理です……竜種というのは、魔力による攻撃を受けつけない強靭な魔法耐性を持っていると伝承にあります。あの竜にも記録通りの魔法体制が備わっているとしたら、大規模な魔法陣を伴う魔術ならまだしも、この場で僕が行使できる魔力のレベルでは、傷ひとつつけられないでしょう。それに、攻撃魔法を練るなら、一度この防御幕を解かないと」


 ドラゴンは、魔力の防御幕が珍しいのか、しきりに炎を浴びせてきます。うかつに逃げ出すこともできそうにありません。この防御幕にしても、ドラゴンに近づかれてしまえば、あの大きな爪による攻撃を防ぐのは不可能です。


「……シメオンさん、銃があれば、あのドラゴンを倒せますか?」


 ベベが言いました。

 シメオンは、険しい表情で答えます。


「わからん。だが逃げる時間は稼げるだろう」


 瞬間、ベベが走り出します。

 ドラゴンの足元に向かって駆け込む、小さなオーク。

 振り上げられる、巨大な鉤爪。


「全員、目を閉じてください!」


 叫ぶと同時に、ごく短い呪文の詠唱。

 威力ゼロの光弾を発射――それは、ドラゴンの前にふわりと浮かび、次の瞬間、激しい光を発して炸裂しました。


 ドラゴンは、閃光に驚いて、振り上げた爪を下ろします。

 その隙に、ベベはすばやく銃を拾い、放り投げました。


「シメオンさん!」


「ベベ、お前は勇者だ。その勇気に報いよう」


 シメオンはベベから銃を受け取ると、ドラゴンの正面に立ちます。


 ドラゴンが、目の前に立つシメオンを威嚇するように、すさまじい吠え声を上げました。

 鼓膜が破れそうなほどの大音量。


 その中で、シメオンは静かに銃を構えます。

 雪の渓谷で見た、あのときと同じ感覚。

 しかし、今度はシメオンの指が少しも震えていません。

 指はゆっくりと、しかし力強く、引き金を引きました。


 弾丸は真っ直ぐ飛び出し、大きく開かれたドラゴンの口に吸い込まれていきます。

 ドラゴンの咆哮が止み、シメオンは銃から焼けた薬莢を取り出して、次の弾を装填します。


 しかし、二発目を撃つ必要はありませんでした。

 たった一発の弾丸によって、ドラゴンの巨大な体は崩れ落ち、その活動を停止したのです。


「そんな……銃弾一発でドラゴンを倒すなんて……」


 驚愕の声を上げる僕に、シメオンは冷静な声で言いました。


「ドラゴンといっても、でかいトカゲのようなものだろう。背骨の先、頭骨の手前には、脳幹がある。ここを撃ち抜かれて、生きていられる動物はいない。人を撃つよりは、だいぶ楽な仕事だったな」


 命拾いをした僕たちの前に、通路の奥から、ひとつの人影が近づいてきます。


「……まさかここに来るとはな。少し話そう。この国のこれからについて」


 ああ、僕は認めたくなかった!

 心のどこかで予想していながら、何度も打ち消していたことが、現実になってしまったのです。

 声の主が、ゆっくりと暗がりから姿を現しました。その人は紛れもなく、僕の義父、バルトルディ候だったのです。

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