第30話

 えぇーい、もうノリである。莉紗のイケナイ、淫らな躰を目の前にして、もう理性なんてないんだよ。しかしなから、

「どうせなら、下僕じゃなくて、対等な立場でいたいな」

と莉紗が呟く。

「だって、どんな格好したって、私は私。信念だけは曲げたくないのだよ」

 そう言って、サキュバスのコスチュームを脱ぎ始める莉紗。……って、俺の目の前で着替えるのかよ! もう、興奮で意識が吹っ飛ぶ寸前の俺は、ここで脱ぎ始めるのがまずいという直感が働いても、そこで止める言葉を頭の中に思い描くことができなかった。

「ま、待つであります。まだ、もう一つのお約束……必殺技がまだであります」

 佐々木先輩は、胸元のヒモブラに手を掛けた莉紗に待ったを掛けた。

「えーっと、必殺技って……」

 手を止めて、腑に落ちなさそうに首をかしげる莉紗を尻目に、佐々木先輩は再びリモコンを手に取り、早送りをする。サキュバスに変身したサキが周囲の人間を意図もたやすく格闘技でねじ伏せるシーンを見飛ばす。

「このアニメ、バトルシーンの作画が残念であります。本来ならばスキップするのですが、カットごとにチャプター入れるでありますが、まだ作業が終わってない故、早送りに時間をかけて申し訳ないであります」

 か、カットごと、って一体いくつチャプター入れなきなゃならんないんだよ。それだけで一日が終わらないか? たった三十分のアニメなのに。

「それでは、サキたんの必殺技シーン、再生であります」

 画面の中は、主人公であるマジカルこねこと対立するサキ。周囲には、その事件に巻き込まれたであろうモブのキャラクターたちが倒れていた。

『はぁ~っ、今晩のオカズ』

 その声を号令として、画面の中で、まるでゾンビのように一体、また一体、人間が立ち上がる。しかし、生気がなさそうではなく、まるで有り余るように頬を赤らめ『萌え』た人間たちが物語の主人公に襲いかかる。

「これで人々を支配して、主人公の妨害をさせるであります。正義の味方にとっては無辜の人々を傷つけることはあり得ないゆえ、大ピンチなのであります」

「大きなお友達狙いかと思いきや、意外に考えられた設定。あたしもこれだけは感心したわ」

 先輩が口々に賞賛の声を上げるのだが、

「この後が、なんというか、お約束過ぎるんだよな」

 ……やや変態の入った格好の青年が闖入してきたかと思うと、あっという間にサキュバスに操られた人間を気絶させ、サキに迫る。人外のごとき格闘の末、サキの隙を突いてあっさりと決着をつけてしまう。

「ぶっちゃけ、主人公が運命云々に従って変身して戦う必然性が疑われる、あの男の強さ。あいつ、いらねー。セオリーとして、やっぱり女の子が戦って勝つことこそ、成長があると思うのだが」

「先輩、まさにあの男と同じ立ち位置なのですけど」

 金平先輩の身体能力は超高校級のチートレベルで、いかに俺たちの弱小部活であろうが、相手が全国大会レベルでなければあらゆる試合でワンサイドゲームをやってのける人が自己否定しちゃ、ダメでしょ。

「浩一、でもあたしはあんなにウザくはないよな」

「ええ、まあ……?」

「なんだ、その言い方? 祐佳里くん、『ぉ兄ちゃん』を修正してやらないとな」

「はぁ~い、先輩」

 祐佳里も楽しげな笑顔で、俺に迫ってくる。

 先輩は、腕で俺の首を絡め取ると、背中に胸を押し付け始めた。

「先輩、って、痛、何してるんですか……」

「お・し・お・き~」

「ぉ兄ちゃん、祐佳里もお仕置き中だよ」

 そう言って、指をせわしく擦りながら、俺の足の裏にあてがう。

 こそばゆい……。

 しかも、その位置が徐々に上へと上がっていって、そ、そこだけはやめて。

「イケナイ子だねぇ」

先輩は、俺の片手を引っ張ると、自分の臀部へと押し付け始める。

「先輩、私のこーいちに何イケナイことさせてるんですか!」

 あの、莉紗さんもかなりイケナイ格好なんですけど。

「最近、浩一が冷たくなってさ、なんというか、七星っぽいことしたら振り向いてくれるかな、なんて思っただけ」

「ぉ兄ちゃん、……莉紗、莉紗、ってばかり言って、祐佳里のことまるで他人みたいにぞんざいに扱うんだよ。酷いよ」

 二人は共に口を尖らせる。

「そりゃそうよ、だって私は彼女よ」

 莉紗は胸に手を当てると、周囲の皮膚が共鳴して振動する。

「いいじゃん、浮気ぐらいしたってさ」

「ぉ兄ちゃんを独り占めなんてずるいよ」

「あたしは分かれろ、とは言わない。ハーレムを要求する」

「そう、ハーレム、ハーレム」

 二人のシュプレヒコールに、莉紗は困惑する。

「で、こーいちはどうなのよ? 浮気したいの?」

「いや……全然そんなこと思ってないよ。莉紗に一途」

「本当?」

 淫魔が顔をあらん限り近づけて、問いただす。

「本当。莉紗しか見えてないよ」

「そう、うれしい」

 顔をほころばせ、俺に抱きつく莉紗。その勢いで俺は足をもつれさせ、莉紗、先輩、祐佳里とともに床へ倒れ込む。

「バカップルだな」

「悪かったな」

「こーいち、大好きなのだよ」

「わかったから、まず上に乗っかっている莉紗から除けてくれないか。あと、服を着替えてくれ」

 莉紗はすっと立つ。

「ぉ兄ちゃん、祐佳里は押し倒されてもいいように心の準備は出来てるから、いつでも……」

「しないしない。今日のも事故」

「ちぇ」

 舌打ちする祐佳里。

「莉紗の着替え、手伝って来いよ」

「それは佐々木先輩がしているよ。今なら、彼女の目を気にせず妹と浮気し放題だよ」

「しない」

「祐佳里くん、正妻から愛人狙いに変わったのか?」

「聞こえているわよ」

 莉紗の声が被さる。

「今、裸よ。浮気するようならば、このまま鉄拳制裁」

「や、やめてください」

「冗談よ。あ、先輩、この飾りはここに置いといていいですか?」

「欲しいのならば貰ってくれても構わないであります」

「遠慮しておきます。今度、こーいちに新しいもの買ってもらおっかな」

「浩一殿の買い物センスが楽しみであります」

 なんか、プレッシャーかけられてる?

「浩一、私の胸の上がそんなに気持ちがいいのかな? お姉さん、エキサイトしちゃうぞ」

 声の他に、頭の裏の柔らかい部分からも振動が伝わる。

 俺はすぐに起き上がり、先輩に平身低頭、謝った。

「一応、私も女なんだからさ、気になる男の子といちゃつくのは好きだぞ。ま、彼女を大切にしてあげなさい」

「はい」

 背の高い金平先輩は、俺の頭の上に易々と手を載せる。それを、今度は頭を軽く小突くように

「ま、初エッチしたときは報告な。なんだ、あれか? 『ゆうべはおたのしみでしたね』とか言ってあげたほうがいいか?」

「いや、まだ早いですよ。卒業まではとっておきます」

 俺がそう言うと、先輩はケラケラと笑い出す。

「七星にしてこの彼氏あり、って感じだな。真面目。早い奴は中学からやっていたのもいたな。ま、私はまだだがな。な、七星。実はエッチは後にとつておきたい派だろ」

「先輩、そういうことを大きな声にして出さないでください。……外れてはないですけどね」

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