第7話

「祐佳里、一緒に住むなんて聞いてないぞ」

「ぉ兄ちゃん、兄妹だから一緒に住むのは当然でしょ」

「いや、兄妹じゃなくて従兄妹だから……」

「そんなこと、どうだっていいじゃない。約束したでしょ、兄妹だよ。忘れたの?」

「いや、覚えてるけど」

「ぉ兄ちゃん、祐佳里のことキライなの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 そんな問答を繰り広げても埒があくわけでもなく、俺は、電話に飛びつく。登録番号①、自宅、と。

 ぷるるる、ぷるるる、……。

 いつも出るのが遅いが、今日はいつもよりさらに長く感じる。

 ぷるるる、ぷるるる、……電話が繋がった。

「母さん、いっしょに住むってどういうこと?」

「同居よ、同居。二人暮らしってことよ」

 母は、あっけらかんと言うのだが、

「えっ、突然困るよ!」

俺には承服しかねることであった。

「母さ……」

 ぷちっ。

 突然、電話が途切れる。

 見ると、祐佳里の指が受話器を置く場所にあった。

「ぉ兄ちゃん、おばさんのOKはとってあります。従って、祐佳里とぉ兄ちゃんの問題ですよね」

 あ、額に青筋が……。

「祐佳里が一緒にいることに、何が問題があるんですか?」

「問題ありすぎるだろ。この一つしかない部屋に年頃の男女二人、って問題だらけだろ」

 それ以上は言わせるなよ、言わせるなよ。

「いいじゃないですか、問題があったって。むしろ、起こすぐらいでちょうどいいんです! いまからでもいいんですよ」

 といい、ボタンに手を掛け始める祐佳里。

「大好きなぉ兄ちゃんにならこの身を捧げても……いいんですよ」

 そういって、頬を赤らめながら口を尖らせる。

「わかった、わかったから俺を困らせないでくれ!」

 俺は、合わせた手を掲げて懇願する。すると、

「そうですよね。祐佳里も、ぉ兄ちゃんを困らせるのは本意ではありません」

 って、ボタンを外す手を早める祐佳里。そして、上着をばさっ、と脱ぎ捨てた。白いブラウスにわずかに赤い下着の輪郭が見て取れる。

「って、なにやってんだ!」

「部屋に入って、暑くなったから脱いだだけよ。何か?」

 えっ、ああぁぁぁぁ……。何を考えてんだ俺は。思わず両手で顔を隠して目を伏せ、祐佳里のほうに背を向けた。

「あーっ、ぉ兄ちゃん、変なこと考えていたんだね。いいんだよ、祐佳里、ぉ兄ちゃんの要求があればいつでも応じるつもりだから。いつでも言ってよ、ね」

「もう、そういうことは言わないでくれ。」

「ぉ兄ちゃん、はずかしがって……」

 もじもじしながら顔を赤らめる祐佳里の姿を想像すると、ちょっと乙女っぽくも感じられたのだ、が、従妹はいとこ、それ以上の関係じゃないからな。

「いいよ、ぉ兄ちゃん。着替え終わったからこっち向いていいよ」

 そう言われて、おそるおそる振り返ると、白いブラウスの上にエプロン姿の祐佳里がいた。

「どうして、エプロン姿?」

 俺が尋ねると、

「引っ越ししてきたら、まずは蕎麦でしょ」

祐佳里はそう言って、手元から蕎麦の束の入ったパッケージを取り出す。

「ぉ兄ちゃん、鍋、ある?」

「ないよ。いつも外でメシ食ってるから」

 俺は手を横に振る。学食やファミレス、スーパーの値引き総菜などなど、この部屋の台所という設備をまともに使うことなどまずなかった。

「外食ばっかりだと、身体に悪いよ」

 そういって、祐佳里は顔を近づけてまじまじと見つめてくる。

「祐佳里の料理でしっかり性欲、じゃなかった精力をつけて、……してほしいな」

「わざと間違えただろ……」

 そう言おうとしたところで、ふと別の声が割り込んでくる。

「鍋ならあたしのを貸そう」

「わっ、先輩」

 その声の主は金平みゆき、俺が此処にやってくる前からいる、真下の部屋の先輩である。

 ……主だよ、ヌシ。

 バスケットかバレーボールかやっているのかと思うくらい長身の彼女なのだが、実は帰宅部であり、同じく部活に所属していない俺……というか先輩に言いくるめられて部活動を探す時間を探せなかった、というのが実情である。

 彼女と、隣室の佐々木先輩、その二人の先輩に携帯電話で放課後ごとに呼び出され、勉強会と称して酒盛り……実際にアルコールの入ったものは出てこないのだが、金平先輩の部屋でどんちゃん騒ぎ。だいたい、最後は先輩が下着姿になって、それで俺が逃げ出すように帰っていくのが毎度のパターンであった。

 下着姿? そりゃ凄いのなんの、まるで世界大会に出るようなアスリートかっていうくらい、細くて筋肉質なのである。男、いやそれ以上の、……小田が「アマゾネス」と称していたが、それはまさに当を得た表現であった。まだ夏にもなっていないのに焼けた肌に、服の後がくっきりと描かれて、やや面長の顔と、頭の後ろでまとめられた髪、しかも、出る所は出ているというのが、彼女の特徴であった。まさにスポーツするために生まれてきたような身体であるが、部活動に入って活躍など露とも考えたことがないらしく、時々、近くをランニングするくらいなのだと聞いている。

 スポーツで発散すりゃいいのにと思うも、俺を呼び出して話をするのが楽しいと言って絡む。ま、食費という面で大変助けられたので恩義は感じているものの、大変だよ……と心の中ではいつも苦笑い。

「こんちゃーすっ。かわいい女の子の声がしたからさ、気になって来た。その子?」

 先輩は、まるで品定めるように、祐佳里の顔から足の先までを舐め回すように間近で凝視する。

「声に違わず、かわいいな」

 納得したように、先輩は何度も頷く。

「実にかわいい」

「ぉ兄ちゃん……この人は?」

 祐佳里は少し不安そうな面持ちを浮かべ、声もやや震えていた。確かに、かわいいとかいいいながら女性を見るのは、なにか危ない。

「君の妹なのか、彼女は?」

「いや、……血縁はあるけど妹ではないです」

 俺はきっぱりと否定する。

「従妹の祐佳里です」

「従妹か。祐佳里くんというのか、名前もかわいいな」

「ぉ兄ちゃん……」

 祐佳里は、まるで泣き付くように俺を呼ぶ。

 祐佳里の不安を払拭できるかどうか分からないが、とりあえず、先輩のこと紹介しよう、話はそれからだ。

「あ、祐佳里。俺の部屋の真下、101号室の金平みゆき先輩。この春から三年生」

 そして、こう付け加えた。

「いい人だよ」

 そう言うと、祐佳里の顔が明るくなった。

「金平だ。よろしくな、花村祐佳里くん」

 そう言って、先輩は手を差し出す。

 その手を、祐佳里は握る。

「よろしくお願いします。夜中、ちょっと騒がしいことがあるのだけど……気にしないでくださいね」

「そうか、お子さんが楽しみだな」

 先輩の口許が歪む。

「そんなことしませんよ」

 俺は、とっさに否定した。

「違うのか?」

「違います」

 先輩の問いかけに、俺は手も首も全力で振って否定の意を示したのだが……。

「本当かな?」

「本当ですよ」

「絶対そうだ、と言えるのかな?」

「ええ、言えますとも、はっきりと」

 そこに、祐佳里が割って入る。

「仲、よろしいですね」

「ま、いろいろあって」

 別に照れることもないが、近所付き合いは悪くない。

「まあな。よく勉強教えたりしてるもんな」

「勉強、あまりできないけれど、ね」

「ぉ兄ちゃん、なにデレデレしてるの? 祐佳里より、先輩の方が好きなの」

「な、何でもないよ」

 えっ、俺、顔が緩んでいた? まぁ、確かに先輩のアスリート、って感じの美しい肢体は見所だが、別に凝視したりだとか、ましてや触ったりなんかしていないからな。

「へえー。なんか青春って感じ」

 ひどく感心したように、祐佳里は感想を漏らす。

「そうだ、こんなかわいい子ならアイツにも紹介してやらないとな」

 ふふふ、と漏らす先輩にやや恐怖を感じつつ、俺はため息をついた。横の祐佳里が、

「誰なんですか? 私を紹介したい人って?」

と疑問を口にするも、俺はあさっての方向を向いて知らぬふりをしていた。

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