テーブルの上にならべられた料理は、取り囲む五名の胃に大半が送り込まれて、すでにその姿を消していた。ロースト・ビーフがメインのフル・コースをもっとも早く征服し終えたのは、意外にもシュティ・ルナス・ダンデライオンであって、彼女が皿を空にした直後に〝おかわり〟を要求したとき、アイリィは、愛する親友の所業といえど、さすがに他人のふりをしたい欲求にかられた。食欲は緊張の度合いに反比例する、という数式は、この人物には適用不可能のようであった。


 会話の内容は、ふたたび軍体制の話へと戻っていた。五名のうち三名が当事者たる連邦軍人、二名の客人のうちの一人も武人でその話の内容に興味を示し、もう一人が食に対する(場違いな)情熱を除いて緊張の砦にろうじようしているとあっては、そうなるのも自然なことであるかもしれなかった。ふたりの客人について、ミュー少佐やカムレーン参謀長から質問が出ないのは、その点に関して沈黙している艦隊司令官に遠慮しているか、事前に何らかの説明がなされたか、というところであろう。


「リサ・ミタライ元帥がガンファ元帥の後を受けて統帥本部長になってからは、二〇歳の艦隊司令官どころか、将官すら誕生する気配がありませんな」

「ガンファ体制における革新路線の後ということになれば、ある程度の保守方向への反動はやむをえまい。現に、ガンファ体制時代には、高年齢の将官からの不満も、あったというからな」


 参謀長に答えるシュウ提督の言は、一理あった。彼女が艦隊司令官に就任したことによって、制式艦隊とあわせて一五しかない艦隊司令官の席が、ひとつ減ってしまったのだ。それは、次は自分の番かと心待ちにしていた中高年将官にとって、不満の蒸気をがいこつから噴出させる事態なのである。


 ただし、その感情は、年齢が上の者が高い地位に就くのが自然である、という硬直した思考の産物である。本来ならば、彼らは制度の変更に不平をもらすのではなく、艦隊司令官を拝命するに足る水準にまで能力を引き上げられなかった、自身の過去を呪うべきなのだ。だが、年功序列主義の教典に心を支配された人間には、そういった発想がない。高い地位というのは高い年齢の者が占有すべきものであり、年齢の低い者は年齢の高い者に従う、というのが、彼らにとっての自然の原理であるのだ。


 そして、新統帥本部長として軍を統轄するリサ・ミタライという人物は、極端にではないものの、そういった思考のがわに、自身の信条を置いているようであった。


「我々にとって、今は我慢の時期ということだ。別に、ミタライ元帥に組織運営の能力が欠けているわけではない。たんに柔軟な思考がないというだけの話で、守勢を築いて情勢を大過なく経過させるという点では、前任者よりけているかもしれん」

「大過がなければよいですが、大過というのは、当事者の希望とは無関係に訪問してくるものですからな。ティファーレン、ブレンサイン両提督の反乱のような事態が発生すれば、適切に対処できるのか疑問です」

「そのようなおおごとになれば、もはや一個人の資質の問題には帰せまい」


 カムレーンは銀髪の頭をかるく下げた。解放戦線、ひいてはリパブリツク成立の契機となった反乱を挙げたことが、過剰なたとえであったことを自覚したのであろう。もっとも、彼は、それを承知の上で、新統帥本部長の欠点を端的に指摘したかったのかもしれない。


 ところが、歴史家を兼務する若き提督は、参謀長のことばをたしなめておきながら、その話題を掘り下げる気になったようである。彼女は脳内に整理しておさめられた史書のひとつを手にとって、二〇〇年前の反乱について記されたページをひらいた。


「両提督のユースティア星系における反乱は、制式艦隊二艦隊という規模でおこなわれた。これに対して、当時の銀河連邦軍は、制式艦隊三艦隊で鎮圧にあたり、敗北したわけだ。軍にとって最悪の結果を招いた以上、その対処は失敗であったと断じざるをえないわけだが……」


 シュウ提督はそういって、いままでの会話の相手とは異なる人物に視線をむけた。


「アーヴィッド・アーライル、けいはどう思う?」


 濃茶髪の客人は、突然の指名を受けて、ナイフを皿に衝突させた。ほとんど空になっていた白色の皿が、所有者にかわって、おどろきの悲鳴をあげた。


「どう思う、とは?」

「連邦軍の対処についてだ。もうすこし他にやりようがあった、と思うか?」


 アイリィはこまった。体験入学した先の授業で、意地悪な教員に、難題を突如ふっかけられたような思いである。シュウ提督としては、会話に参加できない客人に対して気をつかったつもりかもしれないが、その方法が、あきらかにずれている。ミュー少佐が居場所に迷った苦笑をうかべているのは、照準ピントが外れたようにみえる上官の言動に、あきれているのだろう。


 アイリィとしては、よくわからない、と答えても、無難にすごせるところではあった。だが、彼女は、となりで追加の食事を征服しつづける黒赤髪の親友とことなり、こういった思考のゲームはきらいではなかったから、真剣に考えてみる気になった。とはいっても、異邦の事情に精通しているわけもないから、理論だては一般論にたよらざるをえない。


 いくらかの思考の末に、アイリィは、教師に解答を提出した。


「戦闘の基本は、相手より多数の戦力を用意すべし、ということです」


 出題者はうなずいた。異邦の生徒がつづける。


「相手に対し一・五倍という数は、優勢と断じるのに、十分な兵力です。ただし、その数には、司令官の能力、補給体制、地理的要因、外的内的環境など、さまざまな要素によって、補正がかけられるべきです」

「ふむ」

「思うに、当時の軍司令部には、それが不十分だったのではないでしょうか。両提督の能力を過小評価したか、反乱の発生による精神的動揺を軽視したかはわかりませんが」


 そこまで述べて、アイリィは水をのんで、ひと息ついた。


「ならば、軍は、もっと多数の艦隊を動員させるべきであったか」

「それは理想ではありますが、想像するに、ティファーレン、ブレンサイン両提督は、そのとき、軍が短時間で派遣可能な兵力が、最大でも三艦隊までであると、読んでいたのではないでしょうか。反乱勃発から時間がたつと、同調する勢力がふえて、対処がさらに困難になるおそれがあります。軍としては、事情の許す時間内にそろえられる兵力をもって、ことにあたる必要があるのです」

「なるほど?」

「さっきいったように、一・五倍という兵力差は、勝利を予感するのに十分な数字です。これが、あきらかに劣勢であれば、連邦軍は出撃をためらったかもしれません。ところが、現実はそうはなりませんでした」


 食堂の一卓に、理解の色がひろがりはじめた。参謀長は熱心に何度もうなずき、ミュー少佐はすでに苦笑をおさめて、真剣な視線を濃茶髪の解答者にむけている。


「ティファーレン、ブレンサイン両提督は、もろもろの事情をかんがみて、三艦隊を相手どっての戦いに、勝算があったのではないでしょうか。実際の戦闘経過については私はわかりませんが、そうであるならば、連邦軍は、両提督が用意した土俵にあげられて、負けるべくして負けたことになります」

「たしかに、そういうことになるな」

「これは偶然ということもありえますが、両提督が、鎮圧に向けられる艦隊が三艦隊になるタイミングをねらってことを起こしたのだとしたら、すべての情勢は、両提督の計算のもとに推移したことになります。連邦軍に優勢を信じさせて艦隊を出撃させ、それを叩いて、新秩序をうちたてる。当時の連邦軍は、まんまと手玉にとられてしまったのかもしれません」


 いいおえたアイリィを、おどろきの表情がかこんでいた。彼女の仮説は、連邦軍のなかでは、敗因分析の有力な説のひとつとして存在していたが、どうやら自力でその結論をみちびきだしたらしい客人に、カムレーンも、メイ・ファン・ミューも、感心せざるをえなかったのである。ふだんから最大限にこの親友をしているシュティでさえ、食事の手をとめて、アイリィのほうをじっとみつめていた。


 唯一、まだ完全には満足していないらしい教員役の人物が、さらに追試をかさねた。


「では、連邦軍は、さらに艦隊の増援を待って、二倍以上の兵力で攻めるべきだったか」

「さきほどいったように、それまで待っていては、反乱がどう飛び火するかわかりません。鎮圧戦を担当した三提督の戦術指揮には、失敗があったのかもしれませんが、むしろ、そのような大規模で統率のとれた反乱を、誘発してしまう土壌が形成されていたことを、問題視すべきなのではないでしょうか」

「そのとおりだな」


 シュウ提督はうなずいた。


「両提督の信条だけで、この反乱は成立しなかった。国民全体に、すくなくとも艦隊内で下の階級の者に一定の不満が蓄積されていなければ、いくら上の者が主義主張をうったえたところで、反乱艦隊が心理的に一体になってうごくことはないはずだからな。競争社会が悪いわけではけっしてないが、弱者に寄り添うことを国家が忘れた結果、宇宙の分裂をまねいてしまったのかもしれない」


 なんとか試験官からも合格点をえられたらしいアイリィは、ほっとひと息ついて、それ以上の会話を継がないというかたちで、話の主導権を連邦の人々に返上した。


 数瞬の沈黙をひきとって、カムレーン参謀長がいった。


「いや、しかし、戦士としての腕のみならず、頭脳も明晰なものをお持ちとは。天は二才を与えず、というのは、例外をはらむ格言であるようですな」

「このままでは、参謀長の地位が危ういかもしれんぞ」

「精進いたします」


 歳下の上官にからかわれて、銀髪の参謀長は苦笑してこたえた。


 ささやかな食宴は、終幕をむかえつつあった。


「まあ、ミタライ元帥には、そういった土壌を形成しないことを、期待しておくとしよう。能動的に変革をおこす才はないとしても、組織の維持に関しては、あてにしてもいいだろうしな」


 シュウ提督のことばに、カムレーン参謀長はなにかいいたげであったが、結局何らの会話も継ぐことはなかった。

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