宙空の墓標となった多目的航宙巡航艦ヴァルバレイス号から生還をはたしたふたりの生存者は、我星ガイア本星に帰投後、我星政府軍本部において、それぞれ別室で事情を聴取されたのち、アイリィ・アーヴィッド・アーライルにはその精神的疲労が考慮されて、一ヶ月の休暇があたえられた。これは今回の事象に対する処分を決定するための時間も兼ねていて、事実上のきんしん期間ともいえたが、特に外出に制限を加えられたわけでもなかった。


 アイリィは最初の一日こそ精神と身体の回復についやしたが、〝何もしない〟ということはそもそも彼女の行動パターンにはなかったので、二日目以降はひとりでウエストパレスの街へ繰り出した。このとき、もっとも彼女が時間を共有したかった人物は、未開惑星探査に関する任務のために入れ替わりで我星をしゆつたつしてしまい、数百光年をへだてた彼方にいたのである。


 だが、旧王都がいかに広大で趣があるといっても、ひとりで時間をつぶすには限界があった。だいいち、この街はアイリィ・アーヴィッド・アーライルがこの宇宙に生をけてからずっと生活の本拠をおいてきた場所であり、とくに新しい発見があるわけでもなかったのである。


 結局休暇を二週間で切り上げたアイリィが軍本部に出頭すると、すでに今回の事態に対する処分が決定されていた。


「アイリィ・アーヴィッド・アーライル少尉を、あらたに大尉に命ずる。今後とも職務にせいれいするように」


 儀礼のはんちゆうを超えない形式的な祝意とともにあたえられた辞令は、少なからず問題の責任を問われ可能性を考えていたアイリィにしてみれば意外であった。背景に茶髪の提督による配慮があったことを推察するのは、アイリィにとって容易なことであった。



 新任大尉は、その場の礼儀のみに最大限の配慮をはらった返答と礼をすませて人事部室から退室すると、その足で第六艦隊司令官室をたずねた。一個艦隊の司令官ともなると、軍本部に専用の執務室が与えられるのである。


「もうすこし、ゆっくりしていればよかったのに」


 配下への気配りに事欠くことのないメアリ・スペリオル・ルクヴルール第六艦隊司令官は、みずからの執務に追われているところであったが、生命の恩人の来訪に気をよくして、仕事を中断して予定外の来訪者に応接スペースのソファを勧めた。新任大尉は恐縮しながらも、高級感を声高に主張している黒革のソファに腰を下ろした。むろん、事前にアポイントはとってあったのだが、それが直前だったため、上官の執務を中断させてしまったことに気後れを感じたのである。


 アイリィは突然の訪問を謝したが、まだ三〇歳になったばかりの司令官ちゆうじようは気にしなくていい、とそれをさえぎって、話題を元にもどした。


「一ヶ月の休暇だったんでしょう?」


 メアリ・スペリオル・ルクヴルール提督は、従卒兵にれさせた紅茶を飲みながら、六階級下の訪問者に言った。さすがに中将、艦隊司令官という身分では、職責に長期間の空白を設けるわけにはいかないらしく、彼女に与えられた休暇は、アイリィのそれと比べるとわずかであった。


「どうも、何もしないことに慣れていないようで…」


 部屋の主が口をつけたのを確認して、アイリィも紅茶をすすった。紅茶に詳しくない者でも、それが上質なものであることがわかる香りである。


 中将提督は微笑を返しておいて、話題を転じた。


「大尉に昇進でしょう? まあ、なかなか喜ぶ気にはなれないでしょうけど、悪いことではないわね」


 ついさっき本人につたえられたばかりの辞令を、茶髪の司令官は知っていた。むろんアイリィはそのことに気づいたが、直接の言及は避けた。


「ありがとうございます。どうもいろいろお気遣いさせてしまったようで、申し訳ありません」

「特別なことはなにもしてないわよ。信賞必罰は軍にかぎらず、組織の運営には欠かせないことですからね」


 アイリィはすこしの間黙り込んだ。たしかに賞されるべき功績をあげたのは事実であるし、アイリィもそれを疑ってはいない。しかし必罰という面ではどうなのか。現場で最大の戦闘力を率いた士官の責任が不問となれば、世間の政府軍に対する不信が生じるのではないのか。政府領内で最大の有形力を行使しうる軍に対する不信は、積み重なっていけば、いずれ悲劇の火種にもなりうるものである。


「検証の結果、艦隊司令部をふくむ実戦部隊に責任はなし。むしろ生物科学部門の上層部に厳しい結末になりそうね」


 みずからは記録に残さない非公式のけんせき処分のみで済んだという艦隊司令官は、新任大尉の無言の疑問に答えて言った。


「上層部ですか?」


 身長一五〇センチメートルをようやく越えようかという小柄な訪問客は、疑問をなげかけたというよりは、話の続きを促すようにそうたずねた。いっぽう女性の平均身長を一〇センチメートルは上回っているであろうメアリ・スペリオル・ルクヴルール提督は、こんどは言葉となってあらわれた質問に答えるかたちで、詳細をかたりはじめた。

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