第28話 ここは俺たちに任せて先に行け!



 事前のリーズンの働きもあり、俺たちはほぼ敵の攻撃を受けることなく玉座の間の直前まで来ることができていた。

 この廊下を突っ走ればもうすぐゴールだ。


 ……そういえば、いつもおてんばなわが妹がしばらく静かだなと思い振り向くと、彼女は隊列の後ろのほうでだるそうにしていた。

 体調でも悪いのかな……?

 ここはひとつ兄として心配しておくべきか。

 俺はセーミャに一言断りを入れ、グレイスの側に駆け寄っていった。


「おい、どうしたんだグレイス。今日はやけにおとなしいじゃないか」

「……っ! だ、だれのおかげでここまで無傷で来られたと思ってんのこのバカお兄ちゃん……!!!!」

「へ?」


 グレイスは肩で息をしていた。


「はあっ、はあっ……。索敵妖精さん飛ばしまくったり、魔族が襲ってくるたびに魔導機兵召喚しまくったりでタイヘンだったんだからねこっちはーーっ!!」


 うーん、そういえばあまり前後左右を見ていなかったかもなあ。

 見てなかったというか、見たくなかったというか。


「現実から目を背けたかっただけでしょ、お兄ちゃんは」

「うぐっ」


 あー、いやその、いかんせん逃げるのに必死だったもんで……。


「っていうか、お兄ちゃん。あのセーミャってひと、ちょっとおかしいよ!」

「おかしい? セーミャが?」


 教会のシスターさんに向かってなんてことを言うんだこの妹は。


「だって、ここまでずぅっと、私たちのまわりに結界を張り続けながら先頭を走って、それと並行して近衛騎士さんたちと一緒に襲いかかってくる敵を全部魔法で撃ち落として……ってどういうこと!? そのくせ息ひとつ切らさずにお兄ちゃんのほう見てにこにこしてるし……」

「言われてみれば……」


 列の前方を見るとセーミャが変わらぬ無邪気な笑顔でこちらを見ていた。

 ハハルル博士はセーミャのことを聖女様にも匹敵する魔力と信仰力を持つ魔導士だと言っていたけど……。あれ、マジな情報なのかな?

 そう思うとあの笑顔もどこか不気味なものに見えてこないことも……。



「おい人間ども。このまま進むとゴーレム兵が待っているが分かってんのか」


 不意に俺の思考をさえぎって件のハハルル博士が忠告してきた。

 ちなみに彼女は縛られたままリーズンの脇に抱えられている。

 さながらちょっと大きめの人形のようである。


「え、ゴーレム?」


 おいおいそれはいったいなんの話だいと俺が訊き返す間もなく、


「分かっている。そのためのこの護衛だ」


 と、リーズンが何でもないことのように返答した。

 

 え? え? どういうアレなの?

 そんな俺の疑問は廊下の次の角を曲がった瞬間に氷解した。


 玉座の間の扉の前に複数体のゴーレムが立ちはだかっていたのである。


 訂正する。

 ゴーレムだけではない。

 そこには屈強なオークや俊敏そうなゴブリン、あとなんか首がいっぱい付いてるデカい獣みたいな魔物が勢ぞろいで俺たちを待ち構えていた。


「げぇっ。なんだあれっ」


 思わず声が出た。


「あいつらは魔王直属の近衛兵隊、決して玉座の間を動くことのない魔王軍のエリート部隊だ。あれはさすがにオレ様ひとりでは排除し切れなかった」


 リーズンは答えながら臨戦の姿勢を取った。

 脇に捕虜ひとり抱えてるのに器用な奴である。

 グレイスもつかれてるみたいだしここは俺も何かしないとまずいかなあ、と思った矢先にウッドソン部隊長がかばうように俺の前に立った。


「勇者殿! ここはそれがしどもに任せて勇者殿は先へ!」


 うわ。これあれじゃん。

 〝ここは俺たちに任せて先に行け〟っていう例のやつじゃん。

 まさか本当に自分がこの台詞をかけられることになろうとは。

 もうこれだけで勇者になってよかったって感じがする。

 感無量である。

 俺が無意味な妄想的感傷に浸っているあいだにも近衛騎士や白魔導士たちが身構えつつ滑らかな動きでフォーメーションを組み直していた。


「勇者殿と御学友、御令妹はなるべくひとまとまりになって直進してください。誘導はセーミャ殿を中心にこちらで行います。零番勇者殿は……」

「へいへい。分かってますよ。こっちはこっちで勝手にやらせてもらいますんでっ」


 そう言ってウッドソン部隊長とリーズンは視線で何事かを確認し合っていた。

 何それちょっとカッコイイんですけど。

 俺にもやり方教えてくんない?


 と、ぼやぼやしているうちに俺たちはたちまち敵兵に囲まれてしまっていた。

 先頭のオークが俺の身体の倍はある大きさの棍棒を勢いよく振り下ろしてきたが、すかさずセーミャが結界を張って直撃を回避させ、近衛騎士のひとりが抉り出すような一撃を放って棍棒ごとオークをふっ飛ばしていた。

 その初撃を合図に近衛騎士と白魔導士がおのおの俺の両サイドに並び立ち、敵の陣形を突き崩していく。

 事前に段取りがあったのだろう、俺以外の精鋭による見事な連携プレイだった。


「おい、八十八番! なにぼやぼやしている! さっさと行け!」


 ゴブリン兵の攻撃をかわしながらリーズンが叫んだ。


「勇者様っ、いま勇者様の周囲の結界レベルを限定的に強化しております。どうか恐れることなくお進みくださいっ!」


 セーミャが白いローブをひるがして再び俺の手を取る。


「さあ、行こうぜ。相棒」


 ミリアドが俺の肩を叩いた。


「ええ、行きましょう、ショア君!」


 ヨーリが言葉を重ねる。


「しんがりは任せてよっ、お兄ちゃん☆」


 グレイスが子気味よく俺の背中を押す。


 気づけば俺の前には扉の前まで開けた道ができていた。

 そうとも。俺をさえぎるものは何もないのだ。

 俺自身は何もしていないが、それも俺の役目のひとつなのだ。

 いい加減うだうだ言っている場合ではない。


「よしっ、行くか!」




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 玉座の間の扉を開けると、しかしそこは玉座の間ではなかった。


 廊下とも部屋ともつかない、中途半端な広さの空間だった。

 壁や床が黒くメカメカしいことに変わりはないが、これまでの廊下と比べて少し天井が低く、部屋と呼ぶよりかは密閉された箱のような印象を受けた。


 そしてその空間の中央に、よりメカメカしい巨体が鎮座していた。

 

 それはひとの形をしていたが、手足は短く寸胴で全体的にごろんとしていた。人間というよりもゴーレムに近い体型をしている。巨大な甲冑のようにも工場の重機械のようにも見えるが、管や関節部の露出した独特のフォルムは未知の生き物のようにも思えた。

 なんだこれは。


「——あれは魔王配下の四天王がひとり、機械公爵だ」


 俺のすぐ隣でリーズンの声がした。


「って、お前いたのかよ! さっきの扉の前で別れたものとばっかり……」

「ちっ、オレ様はああいう集団戦闘は不得手なんだよ」


 なんで舌打ちしたし。


「あの機械野郎の後ろ、もうひとつ扉が見えるだろう」


 隠れてよく見えなかったが、たしかに両開きの扉が見えた。


「あれが本当の玉座の間の扉だ。ここは従者等を待たせておく控えの間だな」

「ああ、なるほど」


 控えの間にしてはあまりにメカっぽいけどな。


「ナニヲ ゴチャゴチャ 言ッテ オルノカ!」


 メカメカしい巨体――機械公爵からぎこちなく、そしてくぐもった声が発せられた。うおっ、こいつしゃべるのかよ。


「ワシハ 魔王サマノ 四天王ガヒトリ 機械公爵 デアル!」


 それはさっき聞きました。


「ヨクゾ ココマデ 来タト 言イタイ トコロダガ 玉座ノ間 ヘハ コノワシガ 一歩タリトモ 通サセハ セヌ!」


 威勢のいい声とともに機械公爵はその短い腕を振り上げた。

 ウィンウィンと駆動音が響き、ところどころから蒸気が噴出している。


「させるかあ!」


 ミリアドが近衛騎士から渡されていた剣を手に機械公爵に向かって突進した。

 機械公爵は図体は大きいが動きは鈍い。

 一瞬で懐に飛び込んだミリアドの剣が公爵の胴体を貫いた!

 ――かに思われたが、ガキンッと音がしてミリアドの一撃はあっけなく跳ね返されてしまった。公爵の体には傷ひとつ付いていない。


「フハハハハッ! ソノ程度ノ攻撃 痛クモ痒クモ ナイワ!」


 機械公爵は勝ち誇ったように笑った。


「ちっ。普通の打撃は効かないか……!」


 とっさに身を引くミリアド。


「デハ 次ハ ワシカラ イクゾ!」


 機械公爵の駆動音が一層大きく鳴り始めたそのとき――。


「ああーー、諸君。盛り上がっているところたいへん恐縮なのであるが……」


 それまで黙ってリーズンに抱えられていたハハルル博士が緊張した空気を破った。


「オオ、ソノ声ハ 大賢者ハハルル・ファスファス殿! ソノ縛ラレタ オ姿ハ ドウシタ コトカ!」

「それは言うな。それより公爵、ここで貴公に重大なお知らせだ」

「ナ、ナンデ アロウカ……?」

「見ての通りボクはいま帝国軍の捕虜になっていてね、自由の利かない身なんだ」

「ソウデ アッタカ! オノレ 帝国兵メ! 大賢者殿、イマ ワシガ 解放シテ 差シ上アゲヨウ!」

「いや、だからな。いまボクはわけあって帝国兵の言いなりなわけであるよ。それで忌々しくもボクを抱えているこいつの指示で、メインコンピュータの警備システムが機能しないように操作させられてるのであるな」

「ナント 卑劣ナ! デハ イマスグ 大賢者殿ヲ 解放シ システムヲ 元ノ通リニ シナケレバ! 魔王サマノ 不在中ニ 面目ガ 立タヌ!」

「だから聞けって。こたびの戦争に向けて貴公は以前にも増してその身に改造に改造を重ねてきたであろう?」

「フム! 現在ノ ワシハ コレマデノ 機械魔族デ 史上最高ノ 装備ヲ 有シテ オル!」 

「で、その史上最高の装備を維持するために貴公の体は魔王城のコンピュータと連動していたのであるがな? それもさっきまとめて凍結させられてきたのであるよ」

「エ、ソレハ 大賢者殿、ツマリ……」


 言葉を詰まらせる機械公爵。

 表情とか分からんけど、彼が人間だったらきっと愕然とした顔をしていると思う。


「いまの貴公は予備システムで維持されているに過ぎない。よって貴公の通常動作はまもなく停止する。赤いランプが点滅し始めたら一〇秒後だ」

「ア…… エ……」


 機械公爵は見るからに動揺していた。

 直後、公爵の頭頂部にある一等大きいランプがチカチカと赤く光り出した。


「残念だ公爵、悪く思うな。停止まであと ナナ、ロク、ゴ、ヨン、サン……」

「ソンナ ソンナ……! ウアアアアアア……!!」


 悲痛な断末魔を上げながら機械公爵の動きはピタッと止まってしまった。

 あとにはただの巨大な機械のかたまりが控えの間の中央に残されていた。


「…………」

「おい、ぼーっとするな八十八番。さっさと行くぞ。何度言わせるんだ」

「さあ勇者様っ、あらためて参りましょう!」

「あ、ああ……」


 しばし呆然としていた俺だったが、リーズンとセーミャに促され一歩を踏み出す。


 俺たちはぴくりとも動かなくなった機械公爵の横を通り過ぎ、玉座の間の扉を押し開けた。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る