第17話 【第一ポイント】商業都市ウェーノル


 そこから先はチートだった。

 ただし、チートだったのは俺ではない。

 俺以外のメンバーである。


 セーミャは俺に立っているだけでいいと言ったが本当に立っているだけになるとは思わなかった。

 何しろ俺自身はただ突っ立っているだけで次の陣地に移動してしまうのである。

 達成感も何もあったものではなかった。

 次のポイントに到着した途端に魔物が襲ってきたこともあったのだが、俺が手を出すまでもなく近衛騎士が瞬殺してしまった。

 ミリアドはさっそく近衛騎士たちに混じって『準英雄』としての剣技を披露していた。ヨーリがなんだかんだで魔法で白魔導士たちを援護していたのは少し意外だったが、ホーリーハック魔導魔術学院で学年主席だったということはつまりペーパーテストだけでなく実技もそれなりにこなしているということなのであり、考えてみれば当然のことと言えた。


 俺だって出発前は、戦場に出るからには腕の一本や二本を失うこともあるかもしれない――と覚悟していたのだ。

 実際は傷のひとつもなかなか負うことがなかった。

 一度、グレイスが召喚した魔導機兵に吹っ飛ばされたりもしたが、すかさずセーミャが「大丈夫ですか勇者様!」と駆け寄って来て治癒魔法をかけてくれた。

 エリート集団に囲まれて俺の出番はなかった。

 いや、仮に出番があったとしても何もできなかっただろうけど……。





 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇





 順を追って話そう。


 あのあと俺たちは広間中央の魔法陣のなかに集められた。

 周りを教会の神官が囲み、すぐさま詠唱が始まった。

 魔法陣が輝き出し、遠隔転移魔法が発動しようとしていた。

 発動を主導するのはセーミャだった。

 セーミャはかぶっていたフードを下ろすと杖を構えた。

 彼女の青みがかった黒いショートヘアが露わになる。

 俺はセーミャの「勇者様、ちょっと独特の衝撃がございますので御心構えをお願いいたしますね」という言葉を最後に白い光に包まれていた。



 内臓を揺すぶられるようなぐわんぐわんとした感覚があった。

 揺さぶりが落ち着いて目を開けると、どこかの教会の内庭にいた。

 足元には石英岩のタイルの上に魔法陣が敷かれ、教会の回廊に沿うように周囲に数名の神官が並んでいた。

 静かだった。

 鳥の鳴く声が聞こえる。

 見上げると、四角く区切られた空がとても高く見えた。


「ここは……」


 俺は小さくつぶやいた。


「ここは帝都から見て北東に位置する街、商業都市ウェーノル。その中心部にあるクワンイェ教会だ。今回の第一転移ポイントになる」


 ウッドソン部隊長が説明する。


「ウェーノルは神聖帝国屈指の交通の要衝であり、中央教会の守護も厚い。現在は五十番代前半の勇者とその部隊が駐留している」


 ウェーノルは帝都に次ぐ大都会として有名な街だった。

 近いうちに訪れてみたいとは思っていたがこんなかたちで叶うことになるとは。


「勇者様。到着早々誠に申し訳ないのですが、すぐにここから別の教会まで移動していただきます。そちらに次の転移ポイントと補助要員が待機してございます」


 クワンイェ教会の神官たちとの挨拶も手短に済ませ、俺たちはセーミャの誘導で教会の外へと向かった。


 

「護衛部隊、行動パターンⅠを展開せよ!」

「了解! 行動パターンⅠ、展開!」


 教会を出ると近衛騎士団――俺の専属護衛部隊の面々が俺を中心にして守りの体制に入った。俺たちは甲冑の騎士に囲まれて市街地を歩くことになった。先頭を進むのはウッドソン部隊長である。


「な、なんか想像以上にすごいですね……」

「ああ。帝都で要人警護の場面には何度か出くわしたことがあるけど、まさか自分が警護される立場になるとは思わなかったぜ……」


 ヨーリとミリアドが口々に言った。

 俺も同じ気持ちだった。


「ぷふふっ。お兄ちゃんが要人とかマジウケるんですけどっ☆」


 グレイスが俺をからかう。マジウザいんですけどっ☆


「うるせえよ……と言いたいところだが、今回は俺も同意せざるを得ないな……」


 俺が嘆息すると即座にセーミャとウッドソン部隊長が反論してきた。


「そんなことはございませんっ! 勇者様は帝国に欠けてはならない大切なおひとです!」

「我ら近衛騎士、勇者殿の警護には身命を賭して当たっている。勇者殿にもどうかその重要性を認識していただきたい」

「あ、ああ。うん……すいません……」


 どうにもテンションの差があった。

 

 騎士のSPに囲まれながら俺たちはウェーノルの中央通りを進む。

 立派な石畳が敷き詰められた大路には街燈や街路樹が整然と並び立ち、それらが街の格調高さを演出していた。

 ウェーノルの街はさまざまな大商店のビルがひしめき合っていて本来とても華やかなはずだったが、いまはほとんどの店が看板を下ろしていた。


「なんか……寂しい感じだな……」


 帝国随一の商業都市は、その呼び名が信じられないほどにひと気がなかった。

 ひと気がないというか、ひとっ子ひとり歩いていなかった。

 なんだかこうして歩いているのがいけないことのような気分になってくる。


「申し訳ございません勇者様。本当であれば、このように勇者様の足を煩わせることはあってはならないのですが、何しろ急なことでどこも余裕がなく……」


 セーミャが心底申し訳なさそうな面持ちで詫びる。


「あ、いや。それでセーミャが謝る必要はないと思うんだけどさ。それより、転移魔法って魔法陣があればどこへでも自由に行けるものだと思ってたけど、違うんだね」

「はい。遠隔転移魔法は基本的に二点間移動なのです」


 道すがら、セーミャが俺に転移魔法の仕組みを講釈してくれた。


「たとえば、Aという地点とBという地点の間を行ったり来たりしたり、またCという地点とDという地点の間を行き来することはできるのですが、A地点からC地点へ移動したりB地点からD地点へ移動することはできないのです。それぞれ別のポイントを用意しなければなりません」


 A→B、B→AもしくはC→D、D→Cの移動は問題ないが、それ以外――A→CやC→A、A→D、B→C、D→B……の移動は不可能ということらしかった。

 遠隔転移魔法は帝国最新鋭の上級魔法だ。

 高度なだけに一回の発動に相当量の魔力を消費する。

 おまけに今回はこの人数だ。

 ポイントに設置する魔法陣もそれなりに大きなものになり、サポートに必要な魔導士にもまたそれなりの技量を持つ人員が求められる。

 畢竟、遠隔転移魔法の魔法陣はあまり一カ所に集中して設置することができない。

 そのためにいま次のポイントまで徒歩で移動している、という経緯なのだった。


「ですがご安心ください。魔国に至るまでのポイントはすでに先に進軍している勇者の方々によって抜かりなく確保されております」


 それは中央教会でも聞いた気がするな。

 あれ。でも、魔国軍が帝都まで到達してるってのに、魔国に近づくルートの先に確保されたポイントがあるっておかしくない?

 帝国北部の都市は魔国軍にほとんど占拠されてるんじゃなかったっけ?


「ですから、今回の魔王暗殺作戦と連動いたしまして、北東辺境領奪還作戦があらためて展開されております」

「……北東辺境領って言ったら、十年前に真っ先に魔王の手に落ちたっていう、この戦争の発端となった土地じゃないか」

「はいっ。その通りでございます勇者様。北東辺境領は魔国に接する境界の地。現在、北東辺境領ノゾナッハ渓谷へ向けて帝国軍精鋭が目下進軍中でございます。勇者様にはその道中で押さえられた要地を経由していただくことになります」


 なんかそれ、領地を奪還するためっていうよりも、前衛軍が俺の進む道をキープするお膳立てをしてるみたいだな……。それも、これ以上はないくらい大規模に。


「ここ、ウェーノルもただいま魔国軍の侵攻を受けている真っ最中ですが、五十一番から五十五番までの八十八英雄の方々が懸命に攻勢に出てくださっています」


 ですので勇者様は何も心配される必要はございませんっ! と、セーミャは無邪気に語った。


 ――え?

 待て待て。

 いまなんて言った?

 ウェーノルも魔国軍の侵攻を受けている真っ最中だって……?

 嫌な予感がした。

 ひっそりとしたウェーノルの大都会に漠然とした不安が充満していく。

 空は晴れていた。

 透明に青く澄んだ夏空の下で、すべてが緊張していくのを感じた。


「な、なあ。セーミャ、それってもしかしてここも戦場ってことじゃ――」


 言いかけたそのとき、背後で爆発音が響いた。

 商店のビルがつぎつぎ豆腐のようにぐしゃりと瓦解し、爆風が大通りを吹き抜け、石畳がはじけ飛び、街燈が倒壊し、街路樹が炎上した。

 無人の商業区は一瞬で戦禍の舞台に転じた。


「いけません勇者様! 急いでくださいっ!!」


 セーミャがそう言う間にも炎弾が飛来して目の前のビルを直撃した。


「またこのパターンかあああああああぁぁぁぁァァァッッッ!!!!」


 いい加減、爆発で場面展開させようとするのやめろよ!

 俺は何ものかによる運命の操作を感じずにはいられなかった。



「この区画を抜けた先にあるユシミア聖堂が次の転移ポイントです! そこまで着けばなんとかなるはずですっ!!」


 俺たちは走った。

 俺たち以外誰もいない街路をひたすら走り抜けた。

 降りかかる火の粉を剣で薙ぎ払い(ウッドソン部隊長が)、崩れ落ちてくる石やガラスを魔法で防ぎ(セーミャたち白魔導士が)、ゴール目指して必死に走った。

 ウェーノルの空にはいつのまにかドラゴンの群れと飛行軍艦が押し寄せていた。


 そのなかに光る星のような点が三つ飛び交っていた。

 それらの星は敵軍の攻撃を巧みにかわしながら、あるものはドラゴンを陽動し、あるものは飛行軍艦へ直接熱線を放っていた。

 その三つの星こそウェーノル防衛戦線を預かる八十八英雄――。


 第五十一番勇者、スフィア・ピースヒル。

 第五十二番勇者、サイゴ・アルク・ムーン。

 第五十三番勇者、ターニップ・ピュアサイド。


 五十番代トップスリーの勇者たちであった。

 彼らは聖剣の加護と帝国一級の魔導士の支援を受けて、空を飛び回りながら生身で魔国の空軍を相手にするという離れ業をやってのけているのであった。

 とくに第五十一番のスフィア・ピースフルは血気盛んな女傑として知られ、ひと桁代の勇者にも引けを取らない猛将と恐れられていた。


「よいか! ウェーノルは帝国交通の要衝、ここを奪われれば帝都への運輸ラインは決定的に断たれてしまう! 何としてでも我らで死守するのだっっ!!」


 スフィアの怒声が地上からでも聞こえた。

 彼女の所有する第五十一番目の聖剣〈黄金剣ズィフィアス〉は、〝たいていのものはだいたい貫く〟という微妙に半端な剣と聞いていたが、何やらビームっぽいものを出しているのを見るに、その能力は魔法でかなり補強されているようだった。


「すげえ……。あんなの人間のできることじゃねえ……」


 ミリアドが唖然としていた。

 上空の戦闘に呆気に取られていると、先を急ぐ俺たちの眼前に飛行軍艦から何か巨大な物体二、三体が降下されてきた。


 落下の衝撃でドドンドドンと街路を破壊して現れたのは三体のゴーレムだった。

 ぐおおおぉぉんと雄叫びを上げて立ち塞がるゴーレム兵に対しウッドソン部隊長が「ここはそれがしにお任せを!」と勇敢に躍り出たが、彼が踏み出す暇もなく二つの影が視界をよぎり、次の瞬間にはゴーレム兵を一刀両断していた。


「はっはっはっはっはァァァ!! 危ないところでしたなぁ八十八番の!」

「いやはや、ギリギリまで門前で食い止めていた魔国軍の侵入をついに許してしまいました。なんとも面目ない限りで……」


 行く先に登場していたのは帝国軍の外套を羽織った二人の男。

 やたらハイテンションのロン毛の好漢に、苦労性な雰囲気を漂わせる短髪メガネの二枚目。


 第五十四番勇者、イート・ディープウォーター。

 第五十五番勇者、ビリーヴ・ブレイブマウンテン。


 両名とも、昨年ホーリーハックを卒業したばかりの学院OBだった。


「いまはスキルアップの魔法を何重にもかけて戦闘能力を高めているが、長くは持たない! 私たちが持ちこたている間に早く聖堂へ!!」

「そういうわけなんです。八十八番英雄隊のみなさん、どうぞ先へ!」


 ……なんだかおいしい役どころをすごい勢いで全部持っていかれていったんだが。



 俺たちがユシミア聖堂に駆け込むと、入ってすぐの円形の大広間に魔法陣と十数人の神官が待ち構えていた。

 すぐさま詠唱が開始される。

 ユシミア聖堂は壮麗な建築で、商業都市ウェーノルの華やかさを体現するかのような美しさだった。全体の規模こそ中央教会本部の大聖堂に劣るが、内側も外側も細かな装飾が施されていた。

 こんなときでなければじっくり鑑賞したいところだったが、そんなことを考えているうちに魔法陣の光が見える世界を白く塗りつぶした。

 転移する直前、何かが崩れる轟音と神官たちの悲鳴が聞こえた気がした。



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