アイドルは恋する夢をみるか?

有刺鉄線

前編

 パンドラプロダクションのオフィスビルの会議室には、私を含む5人の女の子と社長と数人の事務所スタッフが集まっている。

「では、最初に5人の女の子たちから自己紹介と行こうか」

 社長の言葉に、端から自己紹介を始める。

「初めまして、悠木翼です、よろしくお願いします!」

 この時、翼の第一印象は笑顔がキラキラしていて、輝いていた。

 それでいて、どんな些細な悩みでも吹っ飛んでいくような、そんな印象だった。

 最後に、私の番がきた。

「初めまして、高田仄香です、よろしく」

「仄香には、キュートホリデーのリーダーを努めさせてもらうからね」

 早速の社長命令かよ。

 社長に言われて、ここいる初対面のメンバーが真剣な顔つきで私をみる。

 そんな真面目な顔されても、困るっつーの。

 事務所のオーディションに合格して、呼ばれた初日にこうなるとは誰も本人すら思ってもない。

 というわけで、今日から結成された、アイドルグループキュートホリデーの幕開けとなった。


 ◇


 結成されてから一年、徐々にだけど、キュートホリデーの知名度が上がりつつあった。

 といっても、世間から見れば、まだまだ人気はないに等しい。

 けど一年活動して成果がないわけではなかった。

 現に今日もライブハウスでは熱狂的なファンに囲まれ、盛り上がった。

 ライブ終わって、私達は控室で休憩する。

「仄香さん、お疲れ様です」

「おつかれ」

「あの、今日のライブの私どうでしたか?」

 そう訊かれて、ステージでのこと思い返す。

 2曲目のダンスが上手くなったし、歌も相変わらず上手い。

 けど、褒めようとすると喉につっかえて、言い出せなくなる。

 なぜだか、翼の前だと素直になれなくなる。

 だから、出てくる言葉は。

「3曲目のサビ前のダンスステップ、間違えてた」

「ごめんなさい」

「あと、最後の曲で歌詞間違えないでね、何とかごまかしてそのあと歌詞飛ばさない」

「すいません」

「それから、MC適当でもいいから喋ってよ、無言はやめて、というかアイドルやる気ある? 翼」

「申し訳ございません、次から気をつけます」

 素直になれない代わりにこうやって冷たくなってしまう。

「まあ、でもそれ以外はちゃんと出来てたんじゃない、笑顔とかも」

 翼の笑顔は全アイドルの中でも負けないじゃないかって思う。

 まあ、私個人の意見だけど。

「ライブで次やらかしたら、その時は覚悟しときなさい、練習しっかりして、次こそは失敗しないでね」

「はい、頑張ります」

 翼は笑顔で返す。

 その笑顔につい、心が跳ね上がる。

 落ち着け自分。

「私、そろそろ帰る、お疲れ様です」

「おつかれさまです」

 カバンを持って、控室から出る。

 その時、なんとも言えない罪悪感に心が押しつぶされる。

 ああ、もう、なんであんな言い方したの私。

 別に翼を厳しく叱る気なんてないんだよ。

 ただ、目の前にすると、思いとは裏腹に冷たくしてしまう。

 今始まったばかりじゃない、一年前からこうだ。

 絶対恐れられるよ、怖がられてるよ、嫌われてるよ。

 本当は仲良くしたいだけなのにさあ・・・。

「仄香」

 1人頭を悩ませていたら、同じメンバーで同い年の東条エリスに話しかけられる。

「エリスおつかれ」

「ねえ、よかったらお茶でもしようよ、時間ある?」

「いいよ」

 電車の時間までまだあるし、断る理由はない。

 近くのコーヒーチェーンのお店に入り、注文する。

 私は店で一番安いブレンドコーヒーを頼んで、エリスは甘ったるそうなナントカマキアート的なのを頼む。

「それ、高くない?」

「そう?」

 さすがお嬢様。

 エリスの父親は外交官で母親はフランスでモデルをしているらしい。

 中学まで海外を転々としていた帰国子女。

 しかもハーフだから日本人離れした顔立ちでメンバーの中で1、2を争うほどの人気ぶり。

「今日もライブ盛り上がったね」

「そうね、でも出来れば大きなところでライブしたいけどね」

 もしもの話だけど。

「武道館とか?」

「それは夢のまた夢でしょ」

 クスっと二人で笑う。

「ねえ、また翼のことで悩んでたでしょ」

 エリスにはお見通しのようだ。

「また、やらかしたよ、翼に」

「また、きつく言ったの?」

「うん」

「あらあら」

「でも私、そんなつもりないんだよ」

「知ってるよ、仄香は単に素直になれないだけでしょ」

「他のメンバーには普通に話せるんだけどさ」

 でも翼とは、冷たい態度で接してしまう。

「もう、絶対嫌われてるよ」

「そうかしら、でも仄香も素直になればいいのに」

「それができたら苦労しない」

「あれかな、好きな子を目の前についついいじめたくなっちゃうみたいな」

 私は男子小学生か!?

 でもなんで仲良くしたいのにツンケンするんだろう。

 わけ分かんねえ。

「あら、私もう行かなきゃ」

「そう、エリスじゃあね」

「バイバイ、仄香」

 エリスは店を出て、高そうな車の助手席に乗る。

 さすがお嬢様。

 でも普通後ろの席に座らね?

 もしかして、男性と付き合ってるとか?

 いやないない、アイドルだし、それはない。

 そう思いつつも、私も店を後にした。


 ◇


 数日後、ライブも終わって間もない時期だけど、次の公演に向けてダンスレッスンに励む。

 身体を動かすのは辛いけど、すごく楽しい。

 みんなも真剣に鏡の前で真剣に一生懸命に練習をする。

「はい、すこし休憩しましょう」

「はい」

 ダンスコーチの言葉にみんな口をそろえて返事する。

「翼、サビのところもたついてたけど、大丈夫?」

 真っ先に、翼に駆け寄るのはメンバーの1人、古泉凛音だ。

「うん、なんとか、もっと練習すればいけるかな」

「そっか」

 二人は歳が近いから、結構一緒にいることが多いし、すごく仲がいい。

 そんな私は二人を横目で眺める。

「うらやましい?」

「うーん、やっぱ同い年ぐらいだったら仲良く出来たかな」

「一歳違いでしょ」

「そーだけどって・・・」

 いつのまにエリスが隣に!?

「もう、おばけじゃないんだから、そんなに驚かないでよ」

「ご、ごめん」

「うふふ」

 はあ。

 ため息が出る。

「どうしたの二人共」

 今度はメンバー最年少の西園まこがやってくる。

「なんでもねーよ」

「えー、まこだけ仲間はずれ、ヤダぁ~」

「はいはい、わかったから、ちゃんと休めよ」

「えへへ」

 まこの頭をポンポンと撫でると犬みたいに喜ぶ。

 単純なやつ。

 ああ、翼ともこれぐらい仲良く出来ればなあ。


 ◇


「お疲れさまです」

 今日のダンスレッスンを終えて、みんな各々帰る準備をする。

「あの、仄香さん」

「なに、翼」

 汗が滴るいい女の子。

 って、何考えてんだ。

 私は、変態か。

「あの、今日どうでしたか私?」

「えーと」

 なんて言えばいいんだろ。

 とりあえず今日のレッスンのことだよね。

「ところところ、ダンス間違えすぎ、タイミング会ってないとこあるし、振り付けちゃんと覚えてよ、もう見てらんない」

「そうですよね、気をつけます」

「ていうか、いい加減にしてよ、あなたがそんなんじゃ、メンバーまで迷惑かかるじゃん、足引っ張るのやめて」

「はい・・・」

 場がシーンとする。

 やばい、また冷たく言ってしまった。

 どうしよ。

 翼泣きそうだし。

「あの、仄香さん」

 凛音が私を睨みつける。

 そしてゆっくり私に近づく。

「なに?」

「なにじゃないですよ」

 凛音が声を荒げる。

「翼だって、頑張って努力してんすよ、ちょっとぐらい認めたっていいじゃないですか」

「凛ちゃん」

「大体どうして翼だけに厳しいんですか? 練習だけじゃない休憩のだって翼とあからさまに距離置いてるし、どうして翼には悪い方向でえこひいきするんですか!?」

「それは・・・」

「言えないんですか?」

 私は、好きで距離置いてるわけじゃない。

「凛音ちゃん」

「なんですか、エリスさん」

「私もね、翼ちゃんのダンスはまだまだだなって思うの、けど努力はちゃーんとしてるなって思ってるし、仄香も翼ちゃんの努力を認めた上で叱咤しているの」

 エリス、ナイス。

 助け舟出してくれてありがとう。

「まあ、仄香もリーダーとしていろいろ考えていると思うよ、かと言って翼ちゃんに厳しすぎなところはちょっとどうかなあって思うところもある」

 うぐっ、仰るとおり。

「でもね、私は仄香と翼ちゃんの問題だと思うから、他がガヤガヤいうのはどうかなって、私個人思うの」

「けど・・・」

 凜音は、まだ何か言いたそうにする。

「はい、この話はおしまい、みんな今日疲れてるでしょ、お家に帰って休みましょう」

 エリスは笑顔でこの場を収めた。

 ちょっと強引だったような気がするけど。

 でも、助かった。

 エリスには借りが出来たな。

 もう頭上がんねえよ。

 みんなそれぞれ、バラバラにレッスン室から去っていく。

「エリス、おつかれ、またね」

「ごきげんよう」

 きっとお迎えの車で帰るんだろうな。

 いいな、私電車なんだよなあ。

 うらやましい。

 そう思って、外に出る。

 すっかり、空は真っ黒になって、その中に星が光っていた。

「Suicaの残高、残ってたかな、あれ」

 Suicaを取り出そうとしたが、見当たらない。

 レッスン室に忘れてきたかな。

 急いで、私は戻った。

 誰も居ないはずなのに、明かりがついていた。

 おそるおそる、入る。

「あっ」

「えっ」

 翼が1人で練習していた。

「ごめん、忘れ物取りに来ただけだから」

 部屋の隅っこに私のSuicaがあった。

 ここにあったのか。

 Suicaを手に取り、今度こそ帰ろうとした。

「あのっ!!」

「なに?」

「振り付けとかステップとか、あのその、仄香さんに見てもらいたいんです」

 必死に頼みこむ翼

 正直ちょっと驚いている。

「だめですか」

 まあ見るだけならいいか。

「スタンバイして」

「え?」

「いいから」

「見てくれるんですか」

 ぱあ~っと翼の様子が明るくなる。

「早くして、時間ないから」

 やばい翼かわいい。

「はい」

 ダンスをひと通り踊って、私はそれを見る。

「どうですか」

「サビの一歩手前もっとはっきりとした方がいい」

「はい」

「じゃあ、もう一回」

 それから、何回も何回も出来るまで続けた。

 そして、2、3時間後には。

「・・・できた」

「もう遅いからもう帰ろか」

「はい、そうですね仄香さん」

「あと、ごめんね」

「何のことですか?」

「え?」

 翼はなにも思ってないのか。

 でもあれだけ、ひどいこといっているのに。

 傷ついているはずだ。


 ◇


 ヘッドホンを耳につけ新曲を頭に入れる。

 今日はレコーディングの日、完成度を高めるために、ギリギリまで曲に集中する。

 その時、肩をトントンと叩かれた。

 ヘッドホンを外す。

「どうしたんですか?」

 マネージャーが深刻そうに顔を歪める。

「仄香のお父さんが、倒れて病院に運ばれたそうよ」

「え、うそ」

「車用意するから、今から病院行くわよ」

「分かりました」

 そこからマネージャーに言われるがまま行動した。

 私の家は3代続くお肉屋さんを営んでいる。

 店の名物はジャンボメンチカツでテレビや雑誌で取り上げられる程だ。

 両親特に、お父さんは私が芸能事務所にオーディションを受けるとき、最初反対されると思っていた。

 けど、やるだけやってみろって言われて、応援してくれた。

 それから、アイドルになった時、良くやったって、それ以後も応援を続けてくれている。

 なんで、普通だったら真っ当で普通の人生を歩んで欲しいと思うのが親として思うのに。

 お父さんは、仄香のやりたいこと好きなことをやっていいんだよって言ってくれた。

 だから、私はアイドルを続けられるのはお父さん含め家族の支えがあるからだ。

 病院に着いてから、病室に案内される。

 そこには、椅子に座るお母さんとベットに横たわるお父さんがいた。

「お父さん・・・」

 私は泣きそうになる。

「仄香心配ないわよ、お父さんただのぎっくり腰だから」

「はあ!?」

 涙がすっと引いて、少し安心する。

「仄香、心配かけて、ごめん」

 お父さんは申し訳なさそうにしていた。

「もう、病院に運ばれたっていうから」

「ごめんなあ、本当に、仕事だったのに、面目ねえ」

「大丈夫だよ、でもお父さんが無事で良かった」

 本当に良かった。


 ◇


「失礼します」

 私は事務所の社長室に入る。

「仄香、どうした?」

「社長、話があります」

 社長を目の前にし緊張してしまう。

 でも、言わなくちゃ。

「お父さんは大丈夫?」

「はい、ただの腰痛だったみたいで」

「そうか、まあ腰痛もバカには出来ないからな、お大事にと伝えてくれ」

 そういって、社長は自分の膝を擦った。

「はい・・・」

 かつて、社長は舞台役者として、多くの舞台に出演していた。

 けど、不慮の事故により大怪我を負い、もう舞台に上がることが出来なくなってしまった。

 そんな過去を乗り越え、今の事務所を設立した。

「でなに、話って?」

「私アイドルを辞めようと思います」

「アイドルを?」

 怪訝そうな様子で見つめられる。

「はい」

 社長はしばらく黙り考えこむ。

 やがて、口を開く。

「辞めたい理由を聞かせてくれないか」

「あの時、父が病院に運ばれたって聞いた時、私気が気じゃなくって、もし父がいなくなったらって考えると、私はもうどうすればいいか分かんなくて、今の私は親に支えられてアイドルとして活動が出来るんです、だから・・・」

 気づけば、涙がこぼれ落ちていく。

「これからは家族の時間を大切にしたいというか、家族といっしょに居たいんです」

「それは、別にアイドルを続けながらも出来ると思うが」

「でも、家族を犠牲にしてまで続けようとするのは、心が痛いほど辛いんです、だから辞めさせてください」

 また、しばらく沈黙が支配する。

「そうか」

「社長・・・?」

「君が決めたことに、とやかく言うつもりはない、残念だけど君の意思を尊重しよう」

「ありがとうございます」

「まあでも、戻りたくなったら、いつでもこの事務所に帰ってくるといい、私は待っているよ」

 社長は優しい笑みでそう言ってくれた。

 後日、メンバーに辞めることを伝えた。

「次のライブで私辞めることにしたから、みんなごめん」

 みんな戸惑ってたけど、理由を話したら、渋々な感じに納得してくれた。

「こうしちゃいられないわ、仄香さんのためにも最高のライブにしましょう」

 エリス。

「そうですね、エリスさん」

 凜音。

「うわあ、忘れられない、ライブにしよう」

 まこ。

 ったくみんな。

 自分も最後に向けて頑張んないとな。


 ◇


 本番当日、ついにこの日が来た。

 でも外は生憎の雨、こういう時は晴れてくれよな。

「失礼します、あっ」

「おはよう、翼」

 控室に翼がやってくる。

「仄香さん、だけですか」

「3人共、先リハ入ったからさ、ほら3人で歌うところの」

「ああ、そうですか」

 雨脚はいっそう強く激しくなる。

 ライブは屋内だからいいけど、それでも大丈夫かな。

「翼、座りなよ、ほらいつまでも突っ立ってないでさ」

 座るように促すが、翼は立ち尽くしたまま動かない。

「どうしたの?」

「・・・ないで」

 か細い声と雨音で私の耳にはうまく伝わらない。

「仄香さん辞めないで下さい」

 今度ははっきりと聞こえた。

「そんなこと、いまさら言われても」

「分かってます、ライブ前なのにごめんなさい、けど仄香さんに辞めてほしくないんです、私」

 力強い目線で私を見る、でも瞳の中は涙で濡れている。

「私はまだ仄香さんと一緒に歌を歌いたい、ダンスだって踊りたい、アイドルを活動したいんです、仄香さんと離れ離れになりたくない」

「でも、私は」

「ただ私は仄香さんのそばにいたんです、どんな仕打ちだって耐えます、ダメなところがあったら努力します、だからお願い」

 翼は泣き崩れた。

 私はどうすることも出来ず、固まってしまった。

 どうして翼がここまで言うのか理解できない。

 あれだけ、ひどいことばかりしてきたのに。

「ちょっと、涙ふいて、本番前になにしてんの、アイドルでしょ、ほら準備するわよ」

「はい」

 翼は涙を拭い、化粧台に向かう。

 もう最後だっていうのに、結局こういう言い方しか出来なかった。

 はあ、私バカだな。

 その後、ライブが始まり、大盛況で終わった。

 打ち上げは送別会もかねて行われた。

 笑って送り出そうって最初言ってたのに、最後の最後はみんな泣きじゃくった。

「ちょっと、泣かないでよ、これからは4人で頑張ってね、エリスあとは任せたよ、リーダー」

「リーダーか、柄じゃないけど頑張るわ」

「みんなありがとう、私キュートホリデーにいて良かった」

 忘れないようにメンバーの顔を1人ずつ見る。

 けど翼の姿だけはその場にはいなかった。


 Coming Soon




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