パンツァー・メガロドンVSパットン戦車軍団 ディレクターズ・カット版

穀潰之熊

第1話

 ナチスドイツの作り出した地下研究施設。そこには、かつて海を支配した生物がいた。

 灰色の肌を持ち、鋭利な牙を剥き出しにながら、その巨体を冷たい鉄の床に横たえていた。

 それは、人間の手によって眠りにつかされていた。

「で、これが見つかったね」

 ナチス親衛隊SSのエルザ大佐が白衣を着る研究員に尋ねた。金髪碧眼の美女で、そのボディーは豊満であった。

「ピクリとも動かないけれど……本当に生きているの?」

「もちろん。現在は一定の電力を流して仮死状態にありますが、決して死ぬ事はありません」

「陸に打ち上げられても生きている魚……デタラメね。本当に制御出来ているんでしょうね」

「もちろん、抜かりはありません」

 そのサメの頭部には機械が取り付けられていた。これはナチスドイツが持つ技術の結晶、人間に取り付けてしまえば瞬く間に脳味噌が丸焦げになってしまうが……このサメは別だった。

「じゃあ、早速試してみましょう。こいつを起こしてプールに入れてみて」

「えっ……ですが」

「抜かりはない。そう言ったわよね?」

 有無を言わさぬその目力に気圧され、研究員は言われた通りにするしかなかった。端末の機器を操作し、最強の魚を目覚めさせんとした。

「カタリーナ、ひと泳ぎしましょうか」

「しょ、少佐!?」

 突如、エルザは上着を脱いで制服の下に隠された豊満なボディーを解放した。護衛のカタリーナが困惑する。

「危険かもしれません、ご自愛を!」

「やあね。専門家の言う事が信じられないの? ほら、あなたも脱ぎなさいな。彼らへのよ」

 上官の言葉に軍人は逆らう事ができない。渋々カタリーナは制服を脱ぎ、エルザほどではないにしても、その美しい肢体を研究員達に見せつけた。

 男ばかりの空間に半裸の美女が二人。研究員達の劣情を密かに誘いながらも、サメは目覚めつつあった。

 鋭い瞳が動き、プールサイドに座るエルザと視線が交差した。

「おはよう。セクシーなサメさん」

 サメはピクリとも動かず、されるがままにプールに投入された。巨大な水しぶきを撒き散らし、重力に従って水底へ。

「こんなところじゃ日にも焼けないわよ。さあ入って。ね?」

 気付けば、エルザの手にはP三八拳銃が握られていた。

「少佐、これはっ……」

「入れ」

 銃口に肝を冷やしつつ、右足、左足と冷たい水へ。遂に首から下はプールに入ってしまった。

「カタリーナ。私すごくガッカリしているの。あなたはお気に入りだったのよ?、ね」

「少佐、おっしゃっている事の意味が……」

「私に隠れていコソコソと連合軍の犬と寝た。違う?」

「違うっ、誤解です少佐!」

 エルザはその艶かしい足を組んでみせた。

 カタリーナは不意に気配を感じ、背後を振り返った。そこには、銀色の背ビレが。

「少佐っ、上にあげてください!」

「あら、どうしてかしら」

「サメが、サメがこっちに!」

 強引にでも上がろうとするカタリーナをエルザの足が遮る。

「少佐っ、少佐、少佐ぁっ!」

 それは一瞬の出来事だった。カタリーナの姿は瞬きする間もなく消え、そこには巨大なサメの姿があった。

 驚愕する研究員達に追い討ちをかけるかの如く、彼らの背後に何かが落ちた。恐る恐る振り返り、拾い上げるとそれは千切れた腕。カタリーナのものだった。

「残念ね、あなたは本当にお気に入りだったのに」

 そうプールの血溜まりに向けて吐き捨てると、研究員達に向け叫んだ。

「次に虚偽の報告を行ったり成果が出せなかった場合は全員を処刑とする。いいわね?」

 上着を羽織るエルザの背を見送り、哀れな研究員達は頷くしかなかった。



◇ ◇ ◇



 ペンタゴン。アメリカ国防総省を意味しているのであれば、この時代はまだ工事中のはずだが、字幕にそう書いてあるのだから仕方がない。

 ここは国防総省、通称ペンタゴンである。

「将軍、トーチ作戦は滞りなく進行中です」

 トーチ作戦とは連合軍が一九四二年に実行した、北アフリカのモロッコとアルジェリアに上陸する作戦名である。どうやら、この映画はトーチ作戦が舞台となるらしい。タイトルもパットン戦車軍団なのだから、舞台として四十二年の北アフリカを選ぶのは悪くない。

「ご苦労。船団は今どの辺りだ?」

「イギリスを出港したとのことです」

「なるほど。では、引き続き状況を見ておいてくれ」

「了解」

 秘書らしき男が退出すると、将軍はコーヒーを啜った。



◇ ◇ ◇



 タバコの匂いと吐瀉物の臭い。これに耐えられなければ、兵士なぞやっていられない。

 ネイサン・ケリー軍曹は隣で船酔いに苦しむ同僚を横目に、独り紫煙を燻らせた。

「助けてくれぇ、ヴォェーッ」

 黒人二等兵ドナルドは助けを請いつつ酸っぱい胃液をバケツにぶちまける。波が去ったと悟れば、スキットルのウィスキーを胃に流し込んだ。果たしてこれが船酔いに効果を上げているのかは不明だが、とにかく飲んでいた。

「酒は逆効果なんじゃないか?」

 呆れ果てたネイトはようやくドナルドに問いかけた。彼は片手を上げて応えると、再び吐いた。

「酒は万病の薬って言うだろ? 少なくとも、爺ちゃんは言ってたぜ」

「いいか、アルコールは体に良くないんだ。飲まないに越したことはない」

 同僚の手からスキットルを奪い取ると、こう続けた。

「アルコールには高い中毒性がある。一説には、コカインや大麻を超えると言われているほどだ。しかも、人間がアルコールを摂取すると判断力が鈍り……」

 ここで不自然なカットが入り、ネイトが指を鳴らした。ディレクターズ・カット版なので、スポンサー向けに撮影した唐突かつ下らないオルトレキシアじみたシーンはカットだ。そもそも、本来ディレクターズ・カット版とはそういう意味ではないのだが。

「……で、肝臓癌で死ぬリスクが高くなるってわけだ」

「マジかよ……俺、これから酒は控えるよ」

 俺も俺も、とドナルドに続いて他の兵士達もネイトの言葉に頷いた。

「そう思うと、船酔いが治まった気がする」

「俺もだ、やっぱアルコールはダメだな!」

「ああ!」

 まったく、大した脚本家様だ。

 兵士達の悩みが解決したと思われたその時、船が大きく揺れた。

「海軍野郎め、岩礁にでもぶつけやがったか?」

 兵士の一人が窓から外を覗いた。すると、なぜか凍ったように動かなくなった。

「どうした?」

「サメだ」声を震わせながら言った。「サメがいやがる」

 二度繰り返された言葉の真偽を確かめるため、窓際に兵士が集まり始めた。ネイトもその流れに続いた。

「デカい……」

 彼が窓を覗いた時、大きなサメの背ビレが目前に迫っていた。

「危ない!」

 咄嗟に飛び退いて伏せた直後、サメの牙が船体を切り裂き、壁際にいた兵士達を噛み砕いた。

 突然の事態に、ドナルドの思考は追い付かなかった。顔面にへばり付いた血塗れの眼球を払い落とし、差し伸べられた手を見た。

「ボサッとするな、立て!」

「軍曹、こりゃ一体……」

「とにかく逃げろ!」

 大急ぎで階段を駆け上った先の甲板は悪魔が降ってきたかのような騒ぎだった。しかし、人影はない。

 しかも背景が出来の悪いCGであるため、二人は九十年代の教育番組に出演する体操のお兄さんのように浮いていた。

 前言を撤回する。人はいた。兵士が腹を押さえて悶えている。しかし血糊の予算をケチったらしく、一切血が出ていないのに苦しむ演技をしているのは滑稽だ。

「たすけてくれえ、しにたくない」

 加えて、カメラからピクリとも視線を逸らさない兵士の演技はよく言って下手だ。悪く言えば役者失格。恐らく、カメラ目線なのはカンペを読んでいるのだろう。

「大丈夫だ、助けてやる!」

 衛生兵らしき男が負傷兵に肩を貸し、歩き出す。しかし愚かな事に、二人はなぜか海の方へ向かって歩き始める。

「サメが来たぞー!」

 画面一杯に広がるサメの口腔。二人の姿は消えた。

「一体どうすりゃいいんだよ! サメが船を沈めるなんて聞いた事ねえぞ!」

 ドナルドは落ち着きを取り戻すと同時に、現状の理不尽に顔を赤くして憤怒した。

「緊急警報、緊急警報。謎の攻撃により、この船は沈没しつつある。総員、退艦せよ」

 遅すぎる警報に、兵士達は困惑する。

「サメがいるってのに飛び込めってか!?」

 この一言は彼らの心境を代弁していた。だが、その叫びを嘲笑うかのように船は揺れ、背筋が凍りつきそうな悲鳴軋みを上げた。

「一か八かだ、船を出るぞ!」

「でも!」

 ドナルドの言葉には答えず、ネイトは真っ先に飛び込んだ。

「ああ、くそっ」哀れな男は嘆く。「もうどうにでもなれっ!」



◇ ◇ ◇



 北アフリカ、アルジェリア。北に浮かぶ海を越えれば、そこはヨーロッパ。

 ビーチで身体を陽に焼かせているエルザはサングラスを外し、伝令を迎えた。

「敵の無線を傍受しました。作戦は成功、敵輸送船団は壊滅的なダメージを負ったようです」

「それは良い知らせね。坊やの調子はどう?」

「現在帰還中。到着次第、フェーズ二に移行予定です」

「ありがとう。その調子で続けて頂戴」

 伝令は敬礼するも、その視線はエルザのボディーに釘付けだった。彼女は小悪魔のような笑みを浮かべると、前屈みになって胸部を強調した。

「あらあら。その悪いおめめは一体、どこを見ているのかしら?」

 慌てて伝令は視線を上げるが、エルザは立ち上がって甘い息を囁いた。

「ねぇ。偉大なる勝利の第一歩を私と楽しまない?」

「わ、私には任務が……」

「上官である私に逆らうの?」

 そう言って、股間にP三八を突き付ける。硬い鉄の感触とは裏腹に、エルザの笑みは魅力に満ち溢れていた。

「了解、しました」

 エルザが伝令を押し倒し、上着を力づくで剥いだ。露わになったたるんだ情けない上半身を舐めまわす。

「まだまだ、これからよ」

 誰に言うわけでもなく、彼女は呟いた。

 本来ならここで尺稼ぎ兼客を座らせる為の濡れ場が始まるのだが、ディレクターズ・カット版故にカットだ。そもそもこんな事ばかり続けているから、大した内容もないのに百七十分などと言う無駄な長編映画になるのだ。

 ちなみにこれもカットされているが、本来の冒頭にはネイトが従軍するまでの間を描くヒューマンドラマらしきものが、およそ四十分もの間流れている。間に困ったらとりあえず、といったノリで濡れ場を流していたのだから、もはや半分ポルノ映画である。しかもディレクターズ・カットで本当にカットしているのだから、製作陣はプロデューサーの方針がよほど気に入らなかったのだろう。予算は云々はともかくとして。



◇ ◇ ◇



「大変です将軍!」

 再びペンタゴン。秘書が大慌てで将軍のオフィスにやってきた。うたた寝していた将軍があわてて容姿を整えて迎えた。

「一体何事だね、騒がしい」

「トーチ作戦の主力が乗る輸送船団が大きな被害を負いました!」

「なんだと!? 一体どうして」

「それが、無線の連絡によるとサメにやられたと……」

「サメ……何かの誤認か?」

「いえ。何度確認しても、巨大なサメに攻撃を受けたと」

「バカな」

 将軍は机を大袈裟に叩いた。上陸すらしていないのに、敵の海軍と砲火を交えたわけでもないのに、肝心の上陸部隊が大きな被害を受けるとは。この様子だと、この世界ではカサブランカ沖海戦は起きなかったらしい。ヴィシーフランス海軍は貴重な戦力を失わずに済んだようだ。

 思いもよらない事態に将軍が頭を抱える。

「将軍、作戦は……」

「もう今さら止められん」

「では……」

「続行だ。この作戦は連合軍の命運をかけているのだ」

 この将軍が何者か不明なため、作戦の如何を一人で決める権限があるかどうかは微妙な話だが、ともかく作戦の続行は決まった。

 果たして、ネイト達の運命やいかに。

 ところでパットン将軍や戦車軍団の出番はまだだろうか。



◇ ◇ ◇



 死を運ぶ背ビレは遠ざかっていった。仲間の船に救助されたネイトとドナルドの二人は、タバコを吸って体を温めていた。

「ありゃ、なんだったんだ?」

「メガロドンだ」

「メガトロドン?」

「メガロドン」ドナルドの聞き間違いを素早く訂正し「古代に存在していたサメのご先祖様だ」と補足した。

「でも、なんだってアフリカ近くにそんなサメが?」

「ナチスだ。連中の仕業に違いない」

「そんな馬鹿な、いくら奴らだってそんな真似できるわけがない」

「あんな非人道的な兵器は、ナチスドイツと日本人以外に作り、使える訳がないだろう」

 アメリカ人のネイトは胸を張って答える。

「まあ、そうかもな」

 行き過ぎた妄想と断じ、ドナルドは吸い殻を海に投じた。

「ちょっとそこのあなた達!」

 突然の声に振り返ると、そこには海軍の女性士官が……女性士官がいた。階級章を見れば少尉である。

「タバコを海に捨てたわね?」

「甲板に捨てるよりもマシだと思いました」

「一体タバコは人間にどれだけ害を与えると思っているの? それが、海の魚達にとって……」

 またか、アルコールに続いて今度はタバコか。これもカットだ。この映画、一体どんなスポンサーがついてるんだ。

「と言うわけで、肺癌のリスクが跳ね上がるの。百害あって一利なしよ」

「……そうだな。タバコは控えるよ」

「そうすると良いわ。私はこの船の船長、モニカ大尉よ。短い間だけどよろしく」

「よろしく」

 モニカが去っていく。その背を見て、ドナルドがネイトの背を突いた。

「美人だな」

「どうかな」

 苦笑しつつ、ネイトはタバコとライターを取り出した。



◇ ◇ ◇



 部隊の七割が減ったというのに、作戦は強行された。いや、撮影的には必要な人数を減らせてピッタリか。

 上陸艇に乗り込んだ兵士達は、悲痛な面持ちで目前に浮かぶ地平線を睨んだ。

「ナチ野郎をブッ殺せ!」

「芋野郎に負けやしない!」

 兵士達は口々に自らを鼓舞するために叫ぶ。そう、あの砂地にはドイツ軍が待ち構えているのだ。いや、本当ならそこにいるのはヴィシー・フランス軍で、大規模な戦闘は少ないはずだが、どうやらこの世界ではドイツ国防軍が待ち受けているらしい。随分と戦力に余裕がありそうだ。

 ネイト達も上陸艇の最後尾に乗り、地に足が着く時を待っていた。

「ヴォェーッ!」

 海に向かって嘔吐するドナルドの背を摩りながら時計を確認して叫ぶ。

「上陸まで三分!」

 不思議だ。航空機がビュンビュン飛んで来そうなものなのに、かの有名なユンカースの爆撃機は姿を見せ、死を撒き散らしていない。

「おかしい、迎撃が来ない」

 上陸艇の操縦士が呟き、誰もが内心で頷いた。沿岸砲の巨大な砲口や機関銃陣地に設置されたMG四二の銃口がこちらを向いてもおかしくないが、その気配さえない。

 人類生誕の地は、まるで死に絶えたかのように沈黙を守っていた。

 時計を確認、残り二分。ネイトがそう告げようとしたその時、最前列に並ぶ兵士が叫んだ。

「サメだ!」

 皆がギョッとして指差す方を見つめた。銀色に輝く背ビレ、間違いなくあのメガロドンだ。

「たっ、助けてくれぇっ!」

 その騒動が広まった途端、上陸艇から飛び降りて逃げ出そうとする者が現れた。それをいち早く察したサメは一直線に脱走者目掛けて食らいついた。

「全速力で地上に! 手の空いている奴はサメを撃て!」

 兵士達は手に持っているライフルで背ビレに向けて発砲するも、全く効果は見られない。

 海中にサメが消えた。だが、誰も油断しない。あの海の底からいつ奇襲してくるのか、肝を冷やして待った。

「あそこだ!」

 誰かが叫ぶのとほぼ同時だった。サメが水中から飛び出し、ネイト達の乗る上陸艇を通過した。サメ肌が通った後には上半身を失った兵士達の骸が転がっていた。

「ちくしょう、滅茶苦茶やられた!」

「弾が効かない!」

 弾丸は回避されているのか、それとも弾かれているのか。定かではないが、これでは一方的にやられるだけだ。ネイトは上陸艇に視線を巡らせて右往左往した。

「有効な武器は? 何かないか?」

 何か、何かこの状況を打開できるものはないのか。銃弾よりも威力があり、当たりやすい兵器が。

 あるではないか。そうだ、こんな素晴らしい物があるじゃないか。

「バズーカだ、こいつを使おう」

 緑に塗装された弾頭を先端から装填するこのRPG七をバズーカと言い張る制作陣への愚痴は今のところ置いておこう。

 ネイトはバズーカもどきを担ぎ、照準を背ビレに合わせる。

「いいか、よく狙うんだぞ。外したら終わりだ」

 言霊とやらの力か。ドナルドが言うと同時にサメが向きを変え、ネイト達の乗る上陸艇に牙を剥いた。

「あいつ、四百ノットは出てるぞ!」

 数百キロの巨体が高速で迫る。いや、それでも四百ノットはおかしい。一ノット時速何キロだと思っているのやら。

 ズームアップされる一人と一匹の表情。

 互いの歯が強調されたところで、ついにサメは飛び出した。

「今だ!」

 ドナルドの合図と同時に、弾頭が本体から飛び出した。発射された直後に弾頭の安定翼が展開し、煙を吹きながらサメの口に突入。臓器をズタズタに引裂きながら鋼鉄の塊は進行し、やがて信管が起動した。

 爆発。体内で爆発が起きれば、あのサメでさえただでは済まない。肉片を撒き散らしながら肉塊は海中に没した。

「やったぜ! あんたやっぱ最高だ!」

「当然。楽勝さ」

 二人はハイタッチしてその場に座った。だが、戦いは終わりではない。むしろこれからが本番なのだ。

「立とうぜ」

「そうだな」

「なんだありゃ!?」

「タイガー戦車だ!」

 二人がのっそりと立ち上がると、不意に操縦士が指差し、叫んだ。思わずネイトはその方向を見ると、そこは海だった。にも関わらず、戦車がいた。ドイツのティーガー戦車だ。それがなんと、海から砲塔を出してこちらに向かってきている。

 ナチスドイツの作り出した水陸両用戦車なのか。

「戦車が海を!?」

「いや……あれはサメだ!」

 砲塔の後ろからヒョッコリと出ている太い銀色のアンテナ。いや、これはアンテナではない。背ビレだ。なんとサメの背中に戦車の砲塔が乗っかっているのだ!

「こんなのありか!?」

「伏せろ、撃ってくるぞ!」

 一瞬の閃光の直後、八十八ミリ砲弾が水柱を立てて二人の乗る上陸艇をひっくり返してしまった。

 海に投げ出されたネイトは、とにかく水面に向けて泳いだ。幸いにも上陸艇は陸地のすぐそばまで進行していた。海底の傾斜を辿って砂浜にまで泳ぎ着いた。

 そこで気付いた。ドナルドがいない。

「二等兵、どこだ!」

 辺りを見渡すと、丘の上に人影を認めた。この状況、味方のはずがない。

 咄嗟に対戦車バリケードの陰に隠れて銃弾を凌ぐが、他の上陸部隊は集中砲火を浴びてなぎ倒されていた。

「軍曹! 助けてくれ!」

 ドナルドの声。まだ彼は海にいた。

「何をしている!」

「助けてくれ、サメがこっちに……!」

 その言葉を最後に、ドナルドが海中に消えた。サメにやられたのだ。

「あのサメめぇっ!」

 怒りの咆哮をあげ、サメのいる辺りに向けてライフルを乱射。当たっているかは定かではない。後ろから撃たれるかもしれない。しかし、撃たずにはいられなかった。

 二十発ほど撃ってようやく弾が切れたらしく、クリップ型弾倉が甲高い声をあげながら飛んだ。

 海が静まる。冷静に弾倉を交換しようと手を伸ばすと、不意に海面が盛り上がった。

 馬鹿め、砲撃でなければ怖くない。ネイトの強気は五秒も続かなかった。

 キュラキュラとサメが鳴いた。いや、これは鳴き声などでは断じてない。

 馬鹿な。ネイトは本能のままに逃げた。なんと、サメの腹部には無限軌道履帯が取り付けられていたのだ。こいつは断じて水陸両用戦車などではない、水陸両用サメだったのだ。

 生物兵器の主砲が咆哮を上げる。あらぬ方向に飛んだ砲弾はドイツ軍の機関銃座を爆散させた。咄嗟に伏せた衝撃からか、いつの間にかライフルは消えていた。

 なぜ味方を砲撃したのだろうか。

「銃撃で照準が狂ったんだ」

 謎の超速理解でネイトは察すると、当たらぬ砲撃は怖くないと言わんばかりに反撃を開始した。

 砂浜に転がる一メートルほどの流木を拾い上げると、果敢にも棒を振りかぶった。

「くそっ、この野郎! くたばりやがれ!」

 銃弾よりも棒切れの方が強い。そんな世界的常識を振りかざしてネイトは殴る。殴る。さらに殴る! 腰にぶら下げた拳銃はどうした! もっともっと殴る!

「どうした、かかって来い!」

 いまいち迫力に欠けるアクションシーンが光る。時折攻撃を貫通させながらも、遂にサメが負けを認めた。後退しつつ、そのまま海中に姿を消した。

 ネイトは流木を砂浜に転がし、大の字になって横たわった。



◇ ◇ ◇



 ナチスの両刀佐官エルザ。彼女は米軍の上陸地点ではないどこかに立ち、潮風を浴びて泣いていた。

「少佐、どうなさったのですか?」

 半裸の伝令が困惑して尋ねる。エルザは振り返りもせずに語り始めた。

「何故だかわからないけど、私は昔からサメの気持ちがわかるの」

 唐突にスピリチュアルな要素が出てきたが、伝令は黙って彼女の告白に聞き入った。

「母親が泣いているわ。息子を失って」

パンツァー・ハイサメ戦車一号のことでしょうか?」

 エルザは答えない。代わりに海面に触れて何事かを囁いた。

「少佐?」伝令の声はもはや届いていない。

 カメラのアングルが変更されると同時に、エルザの姿は霧のように消えていた。



◇ ◇ ◇



「俺達の勝利だ!」

 戦闘はノーカット版でもカットされていたが、米軍の上陸は見事成功。数人の兵士達が歓声を挙げていた。

 ネイトはその中心にいながらも、表情は浮かなかった。友人のドナルドを失って、気落ちしているのだ。

「なんだよ英雄さん、浮かない顔して」

「この戦いについて考えているのさ」

 声をかけてきた男にそう返すと、ネイトは再び海を見た。

「もう大丈夫、サメが来たって今の俺達にはこいつがいるんだ」

 男が指さした先にあるそれは、戦車だった。M四中戦車、通称シャーマンだ。この映画にしては珍しく時代考証がしっかりしている。

「十七ポンド砲の威力で木っ端微塵だ」

 余計な事を言わなければ良いものを。前言撤回させてもらう。十七ポンド砲ではイギリスのファイアフライではないか。しかも投入されたのは四十四年、戦争後半期である。一方で戦車のCGは初期型の七十五ミリ砲。外見ちくはぐで時代考証適当とかどうなってんだコラ。

 失礼、話を戻そう。

 Mは砂浜にポツンとそびえ立ち、やはりCGの出来が悪いためか浮いていた。そして砂浜の奥に浮かぶビル群は、もはや怒りを通り越して涙さえ誘う。

「そうだな、戦車は頼もしい」

「そう! サメなんてヘッチャラだ」

 兵士達の心中に光が差した。そう、魚風情に負けるはずがない。戦車さえいれば勝てるのだ。

「いたぞ! あのサメだ!」

 報告の直後、砲撃音。戦車最大の脅威はまたおなじ戦車。サメ戦車の砲撃はシャーマンの砲塔を貫いた。

 爆発四散。跡形もなく戦車は消し飛んだ。照準が狂ったのではないのか。

「なんてこった」

 サメ戦車が上陸すると、先程までとは比べ物にならない高速で移動を始めた。

「やめろ、こっちに来るな!」

「うわああっ!」

 乱射する兵士達を次々に平らげるサメ。報復の機会を得たネイトはナイフを握り、決意した。

「決着をつけてやる」

 ナイフを掲げ、サメに立ち向かうネイト。サメも咆哮し、上下の鋭い牙をこれでもかと見せつけた。

 その気迫は、鬼の形相で怒り狂った女を背に浮かせるほどだ。

「くたばれ化け物!」

 サメに負けぬよう、ネイトも叫ぶ。両者の距離が一歩、また一歩と近づく様がスローモーションで再生される。

 ああ、これで終わるのだ。

 ネイトが跳ねる。その先は、サメの口だった。

「軍曹!」

「何があったんだ!?」

「軍曹が食われちまった!」

 サメを撃退した英雄、ネイトが食われた。その事実は兵士達に恐怖を突きつけた。

 次は俺達だ。俺たちは食われるのだ。

 絶望が彼らを包み、サメが次の獲物に目をつけた。兵士が叫び、食の笑みが牙から漏れた。

 その時だった。

 突如、サメが口から血を吐いた。

「どうなってるんだ?」

「わからねえ」

 動きの止まったサメを遠目から眺めると、誰かが気付いた。「サメの腹からナイフが出てる!」

 腹部から突き出た刃。傷口からは血がとめどなく溢れ、内側からさらに切り開かれた。

 まさか。いや。しかし。兵士達が手をこまねいていると、ついに腕が現れた。

 間違いない、彼だ。

 兵士達が駆け寄り、ナイフを手にサメの腹を裂く。十分な余裕が出来ると、男達は腕を引っ張り出した。

「軍曹、大丈夫か?」

「ああ。なんとかな」

 ネイトは生きていたのだ。丸呑みにされればセーフとかよくわからん理屈で。というか、この展開どっかで見たぞ。いや、いまさらか。

「ほら、出て来いよ」

 そう言ってネイトが引っ張り出したのはドナルドだった。胃液やら血液やらで濡れているが、命に別条はなさそうだった。

「衛生兵!」

 衛生兵にドナルドを任せ、ネイトはようやく笑顔を見せた。

「さて、じゃあ仕事の続きだ」


『兵士は国のために戦う。戦争が終わらない限り、俺達に止まっている時間はないんだ』



◇ ◇ ◇



 一九四五年。戦争が終わり、軍人達は事後処理に奔走していた。戦争が終わったとしても、戦いそのものが終結するわけではないのだ。

 祖国の敗北を信じず、戦う者。戦争犯罪者として裁かれるのを恐れ、抵抗する者。理由は様々だが、放っておくことはできない。

 そんな中でこの授賞式は行われた。こじんまりとした部屋で行う理由はよくわからないが。

「ネイサン・ケラー曹長」

 純白の礼装に身を包んだネイトは司令官から輝く勲章鉄屑を受け取る。彼の表情は誇らしく微笑んだ。

 ようやく画面が暗転し、スタッフロールが流れ始めた。本編開始から七十分、十四分をこの画面で済ませるつもりらしい。徹頭徹尾、一貫してこの酷いスタイルを貫くのは素晴らしい。


 ああ、本当に流れるのが遅くて腹立たしい。

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