蒼星のエグザガリュード リューティシア動乱

雄大な自然

ベルガリア戦役

第1話 ベルガリア戦役 開戦

「この愚か者が!」

こみあがる怒りとともにカーディウス=ベルガリア・カドリアヌス・ラウス公爵は目の前の息子の胸倉をつかみ上げた。

その剣幕に震え上がりながら、カーディウスの息子ランディウス=ベルガリア・ラントリオン・オルク・ラウス子爵は父の手から逃れようともがいた。

だが、すでに年老いた身ながら戦場で鍛え抜かれたカーディウス公爵の2リット(1リットは0.98メートル)を超える巌のような肉体は枯れることなくその威容を保っていた。齢60を超えながらもわずか3年前まで第一線で戦ってきた軍将カーディウスの力に、戦場を知らない息子がかなうわけもなかった。

「これは皇国のためなのです。そのためを思えばこそ私は——」

「それがリュカ皇を裏切る言い訳のつもりか!」

片腕で息子を吊し上げたまま、憤怒の表情で公爵は息子をにらみつける。

今回の第二皇女ティリータの起こした反乱について、公爵は無関係のつもりだった。

新皇となったリュケイオン皇子を物心つく頃から知り、成長した皇子の側近として戦場を駆けた公爵からしてみれば、第二皇女派の掲げる継承権の正統性などに関心はなく、皇子の即位に不満などなかった。

むしろその軍事、政治への才覚と、病床の前皇に代わりこの数年にわたり摂政を務めてきた実績を見れば、皇子の即位は当然のことであった。

新皇リュケイオンのもとにリューティシア皇国は更なる発展を遂げると、その成長を亡き皇に代わって見届けようとすら思っていた。

だが、彼の息子はそうは思っていなかったのだ。

ベルガリアの現領主ランディウス子爵は反乱を起こした第二皇女派と密約を交わし、領地もろとも反乱軍に組み込まれていたのである。

それを公爵が知ったのはつい先ほどのことだ。

引退した老人には知らせる必要はない、それが第二皇女派の言い分であり、それを鵜呑みにした息子は父に何も知らせなかった。

ランディウス公子にしてみれば第二皇女派にこそ正統性があると思い、反乱、いや革命軍に与したつもりなのだろう。

だが、公爵は反乱軍の目的が軍将である自分と自分が鍛え上げたベルガリアの精鋭騎士団にあるとわかっていた。

皇家への忠義第一の自分を除外し、息子を抱き込み、なし崩しに自分たちベルガリア騎士団ごと反乱軍に組み込む。まんまと嵌められたのだ。

何より——


「これで我らは反乱の身!我らだけではない、この星すべてが征伐されるのだぞ!」


向かってくるのはリューティシア第一龍装師団。国内最強との呼び声高い皇の懐刀だ。その実力は何度となく戦線を共にしたカーディウス自身がよく知っていた。

それもこのたびの内戦において現団長ゼト、副長アディレウスに加え、ゼトの父である前団長ザルクが帰還、彼が連れてきた青年も軍将級の戦闘力を誇り、合わせて軍将が4人も揃ったという。

蒼海随一の軍事大国であるリューティシアにおいても、軍将はわずか30人足らず。軍将が一軍に二人以上いることすら稀であるというのに、4人。

軍将カーディウスが率いていた頃のベルガリア騎士団といえど龍装師団との戦力比は数の上ですでに10倍以上、軍将の差だけでもこれが100倍にも200倍にも変わっていく。

そして現ベルガリア騎士団長であるクロッサスにはカーディウスほどの戦闘力はなかった。

何より、帰ってきた剣臨軍将ザルク=ザルクベイン・フリードはかつてカーディウスが戦果を競い合い、ついには勝てなかったリューティシア最強とうたわれた戦士だ。

「ティリータ様の母上、ティルト様は形式こそ第三王妃なれど旧フェレス朝の血を継ぐ末裔。その血統の正統性はシリル様よりも上。リュクス殿下ならいざ知らず、リュケイオン殿下ではとても並ぶものではありません。なぜそれがお分かりにならないのですか!」

「愚か者が!兄殺し、弟殺しの王の後継者が血筋で決まると思うか!?」

吊り上げられたまま必死に抗弁する息子の姿に、カーディアスの心は惨憺たる思いに踏みにじられた。

即位した新皇をいまだに殿下と呼ぶ。そのこと自体が息子が新皇の即位を認めてないことに他ならない。


即位した竜皇リュカ=リュケイオン・グラストリア・リードが庶子であることは、リュカ皇子が幼い頃から後継者問題として幾度となく取りざたされてきた。

皇子はエンダール帝国の侵攻による旧リンドラス王国崩壊後、国を失い放浪していたリンドラス第八皇子スオウ=リンドレア・ウォル・グラスオウが後にその妻となるシリル王女を頼り、シンクレアに訪れたころ、崩壊時に生き別れた彼の侍女が生んだ子だという。二年後にスオウが王国を奪還した後、ようやく再会を果たしたものの、母親はすでに亡く、密かに保護されていた赤子はスオウの婚約者となったシリル王女が母親代わりとなった。

その経緯からグラスオウの実子であることすら疑問視されていたが、父と同じ「竜の血」を引くことから遺伝子検査も含めて証明され、正式にスオウ、シリル夫妻の世子としてリュケイオン皇子は育てられることになる。

旧リンドラス、シンクレアに加え、エンダール帝国の支配下にあった複数の国が竜皇グラスオウのもとで再建、新生した新皇国リューティシアにおいて、リュケイオン皇子の身柄は国の母体となったシンクレア人にとっては王妃の実子ではないという点で疎まれていたが、スオウの実子である事実から国家全体では大きな問題にはならなかった。

だが、シリル王妃が法的には第二子となるリュクス=リュクシオン・セイファート・リード皇子を出産したことで再び第一皇子リュケイオンの後継者としての問題が再び取りざたされ、当時まだ6歳の皇子自身の要望により、リュケイオン皇子は皇位継承権を放棄。

以後は父、グラスオウのもとで軍人として、いずれ王となる弟を支えるべく幼い身でありながら戦場に身を置くことになる。

幼い頃から竜公子リュカの軍事的才覚は軍事国家として急激に拡大するリューティシアにおいてその原動力の一つと言えるほどの貢献を果たし、わずか14歳にしてその軍功より軍将となったリュケイオンは戦場では圧倒的な兵士の支持を受け、戦場に立たない間は母シリルの補佐として内地での慈善事業に励んだ。

弟に皇位を譲ったとはいえ、リュカ自身は自分こそが長子であるという自負を忘れず、彼はシンクレア貴族ではなく、新興国の民衆の心をつかむことで皇位を目指したのである。

その日々がもくろみ通りに国民の支持を受け、20歳の時、当時皇位継承権第一であった第一皇子リュクスを差し置いて、リュケイオンは人々の歓声のもと第一皇位継承権者として擁立されることになる。

結果として王位を奪われた弟のリュクス皇子だが、それ以前から異母兄との関係は良好であり、以降は逆に兄を支えるために宰相の地位を目指すことになった。

8年の月日を経て、前皇の死を経て継承権により新皇リュケイオンが即位、次代の宰相候補として宰相補佐リュクスとして兄弟が並び立ち、皇子たちの日々の努力は結晶したはずだった。


なのに——

「フェレス朝の血統など今の蒼海においては何の意味も持たん。まして我が国において実力も伴わぬ血統主義など化石も同然。なぜそれがわからん!」

「父上こそなぜお分かりにならないのです!陛下はそのためにティルト様を娶られたのではないのですか!?」


再び公爵は絶句する。

第三王妃ティルト=ラース・フェリシア・ティルテュニアの存在もまた皇位継承権に影を落とす存在だ。

だが、前皇グラスオウ含む旧リューティシア幹部たちにとって、かつて蒼海統一を成し遂げた旧フェレス家の血を引く彼女の存在は、リューティシアが拡大戦争を仕掛け、他国を吸収、併呑するための統一を行うための大義名分、口実に過ぎず、その血筋そのものには大きな価値を見出していなかった。

グラスオウが彼女を娶ったのも、外聞的にフェレス家の娘を妻とした方がより彼女を他に浚われない、という程度の理由に過ぎない。もし彼女との間に男児が生まれれば、兄二人との確執が生まれる前に殺してしまおう、と前皇が公爵含む側近に向かって冗談交じりに言い放つほどに。

それゆえにティルト王妃が生んだのが娘だった時に、何人もが胸をなでおろしたのである。


「貴様は何も分かっておらん。我が国が反逆者をどう扱うか、敵にどうするか、ワシが皇のもとでどうしてきたか、知らぬのだ」

「……なんだと、言うのです?」

すでにその言葉から怒りは消えていた。自らの運命を悟り、憔悴した様子の父の姿に、ランディウス公子の声は震えた。

「この星は、このベルガリアには草木一つ残らん。一人残らず殺されるであろうよ」

「バカな!そんなこと……許されるはずがありません」

「誰が許さぬというのだ。ワシたちがリュカ様のもとでいくつの星を灰塵としたか知っておるか?前皇の頃より、そして新皇の命によりどれほどの星が滅びたか知っておるのか?」

「そんなことはありません。ゼトはそんなことをする人間ではありません!」

友人の顔を思い出し、公子は何度も首を振った。そんな息子の姿を老人は嘲笑う。

「お前が知らんだけだ。ゼト君がなぜ第一師団を陛下より預けられたか、なぜ我がベルガリアに向かっているか」

「彼は友人です!そんなことをするはずがない!」


「——だからだよ」

公爵は、これから我が子が目にする現実を思い、この日初めて憐みすら抱いた。

「反逆者は、たとえワシのような長年王に仕えた功臣であろうとも、それが自分の友人であろうとも、一切の躊躇いなく殲滅する。そのことを天下に知らしめるためにゼトはこの地を戦場に選んだのだ」

若き第一師団団長はそれが出来る男だと、戦場で共に戦った公爵は知っている。

あり得ない、と公子は首を横に振った。

「説得します。ゼトだって本当は何が正しいか、誰が皇位にあるべきかわかっているはずです。話ができれば!」


「ではそうしてみるがいい」

もはや父の知る現実を認めようとしない息子の姿に公爵は一瞥もせず、要塞の指令室に向けて足を運ぶ。

その足が執務室の壁際の床にしつらえられた紋章を踏み、転移法術を組み込まれた紋章が公爵の身を要塞指令室に転送する。

リューティシア第一龍装師団団長ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレア。

戦場での彼を知る公爵にとって、それは息子の友人ではなく、恐るべき戦闘力と冷徹さを備えた戦友の息子であり、同じ戦場を戦った戦友であり、今は最悪の敵の一人だ。

その父の後を慌てて息子が追った。


カーディウス、ランディウス親子が要塞司令部に姿を現した時、司令部は混乱の極みにあった。

カーディウスの姿を認めた要塞司令官、ドルニアスが彼の元に振り向いた次の瞬間、戦況を確認していたオペレータからの悲鳴が上がった

「敵、防護結界を突破。地表に降下します!」

司令部の大型スクリーンには、惑星ベルガリアに艦砲射撃を加える大艦隊とそこから次々と出撃する装機兵団が映された。

星一つを数分で焦土に変えるほどの砲撃に、ベルガリア星自身のエネルギーから生み出された強固な防護障壁は耐えていたが、砲撃を受け、障壁がわずかに緩むその間隙をついて戦装機が次々と大気圏に突入して来ていた。

「迎撃準備!降下地点の部隊展開はどうなっているか!」

「防衛艦隊の展開が……」

地上にて全長1000リット級の戦艦1万隻が突破された惑星防壁直下に次々と展開、降下する戦装機部隊を迎撃せんと円陣を形成し、空いた防壁の穴に集中砲火を浴びせる。

その直後、穴から放射状に強大なエーテルの光が放たれ、半径500リグ(1リグ=1.2キロ)に渡って展開されていた円陣の第一層が戦艦の展開した防護障壁ごと一瞬で蒸発した。

艦隊は第二層を中心に態勢を立て直したものの、その僅かな間に惑星防壁を突破した戦装機の一団が地表に降下し、その中の一騎は超光速で地表に到達。

無限大の質量弾と化した戦装機が惑星表面を吹き飛ばし、防衛艦隊にその衝撃波が襲いかかった。

小惑星の衝突にも匹敵する威力は本来なら惑星ベルガリアそのものを吹き飛ばしてもおかしくはなかったが、惑星防護結界により、大地に巨大なクレーターをえぐり穿つまでで耐える。

防衛艦隊もまた前面に展開させたエーテル防護障壁で陣形を保ち、かろうじてその態勢を維持していた。

その中心、爆心地から立ち上がる巨大な戦装機を艦隊の索敵装置が捉え、要塞司令部に情報共有を行なった。


「先鋒は——!蒼星のエグザガリュードです!」

「フォルセナの……黒獅子!?」


もうもうと立ち上る爆煙の中から現れた50リット級の巨大な獣戦機。

その名を獅鬼王機エグザガリュードと知られる碧海の大国、フォルセナ第二の獣王機。

当代獣王レオンハルトが我が子同然として国家の旗機たる獅獣王機ゴライアス・ドライオンの後継機を、自分の息子から取り上げ、辺境の青年に下賜した話はまだ記憶に新しい。


「マナイ・マサキだと!」


そしてつい先日行われた新皇派と第二皇女派の海戦にて多大な武功を上げたとされる軍将の名に、司令部の全員が戦慄した。


「ゼト自慢の弟が来たか!」

カーディウスの顔に驚愕と共に笑みが浮かぶ。

地球という名の真海辺境の惑星が、星海連合に加盟してから僅か8年足らず。

未開惑星保護条約に守られた未だ発展途上の小国として知られざる星から、数ヶ月前に現れた新星の剣雄。

愛居真咲の名を、老人はずっと以前から知っていた。

彼にとっては甥のような戦友が度々話していた弟、類稀なる戦闘力を誇り、古代に戦いに敗れ、辺境の地に身を潜めた魔人種の末裔。

そんな古代戦士との戦いの予感に、老人の心は確かに昂ぶっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る