第8話「揚げ物事件 その2」

どこのコンビニでもそうだが、普段売れ筋の物はあまり安値セールをすることがなく、あっても、ごくたまにしか値下げしない。




安値セールになるのは大概、いつもそこまで売れていない商品だ。価格を安くして数を多く売りさばいて利益を上げようというのが本部の魂胆である。その日も「つくね串」(つくね棒とも言う)のセールが行われていた。




その最終日に筆者は何とかノルマを達成した。まあ、3割ほど自腹で買った分もあるんだが…別にそこは問題ない。要は客に売るか、自分で買うかであり、数としてカウントされれば問題ないのだが…。




「〇〇、なんで売れてないのよ!」




事務所から凄まじい怒鳴り声が店内に響く。

買い物客の人間が思わず足を止めるほど、強烈な怒声だ。

これは何も大げさではなく、本当に大きく、ライブで歌手が絶叫するくらいの音量だ。

店長が怒る理由は単純明快で筆者の先輩がノルマを達成できなかったのだ。売上の低いこの店が存続しているのは揚げ物の売れる量が多いからである。

つまり、ノルマ未達成では店の存続が厳しくなり、SVさんが嫌味を言う可能性が高いのだ。「いつももっと売れているのに、どうしてこんなに少ないんですか?」と。




前の章でも書いた通り、この店ではSVが権力を握り、店長は頭が上がらない。

その為、店長は売れなかった先輩店員に怒鳴り散らし、それは何時間も続く。

ちなみに事務所の扉は薄く、防音効果などまるでないので、怒鳴り声がだだ漏れ。

しかも店長が怒鳴るのは別にこれが初めてではなく、事務所はおろか、店内でも怒鳴る事が多々ある。しかも、客がいるかどうかなどお構いなしだ。


 


「小夜子くんでもできたのよ!なんであんたができないのよ!」




筆者の名前を出し、更に怒鳴り続ける店長。

先輩店員は何も反論せず、消え入りそうなか細い声で「すいません」と言うばかりだ。

だが、その声は怒鳴り声でかき消され、まったく聞こえなかった。

筆者は今回は難を逃れたものの、次はもしかしたら同じ立場かもしれない…。

日増しにこの店にずっと勤務しつづけていいのかと危機感が湧いてきてはいたが…。

決断の時は迫っていた。




後日、その先輩店員はとうとう嫌気が差して跳んだ。

勤務のある日に無断欠勤したのだ。

労働基準局に訴えに行ったという噂を耳にしたが、それ以降の進展は筆者も知らない。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る