第5話  お刺身は生きていた!


夫の好物はお寿司とお刺身だ。


「お寿司大好き!!カリフォルニアでも、よく食べていたんだよ!」


という夫が着ているのは桜の模様付きで(桜すし)と大きく漢字で書かれたTシャツ。


うん、お寿司好きなのは見たらわかる


日本の新鮮なお刺身を食べさせたくて、結婚する前に和食のお店に行って刺身定食を頼んだ。当時流行っていた和食ファミレスのようなところで、和テイストのお店に大興奮な夫。入り口で靴をぬぐのも大喜び。


刺し身定食は、確かアジのような丸ごとの小ぶりのお魚がそのまま真ん中に乗っていて、周りにまぐろやイカのお刺身が並べてあったと思う。


「いただきまーす」と食べようとした瞬間、真ん中の魚の口が急にパクパクしはじめた。


「ぎゃ~~~~!!」お店にとどろく太い悲鳴。


「生きてる! これ生きてます!!!」


「日本の活造りっていうの新鮮な証拠なんだよ」


「だめ~! 」


そしてなんと


「死んでください! 死んでください~!」


思わず笑ってしまった。


「ひどい」と涙目。


夫にはものすごくカルチャーショックだったようだ。


「あれは、本当にびっくりした。ショックだった」と今でも言っている。

それでもお刺身やお寿司は大好き。あれ以来用心している夫はなるべくお寿司を食べている。お刺身を注文するときは写真をじっと見て(顔が付いているか)を確認してからだ。


それほど用心していたのだが、九州に行った時に、また遭遇してしまった。


お皿の上で口をパクパクさせる魚。尻尾も動いている。今考えたら確かに残酷だ。当時は新鮮でおいしそうと思っていた。


「やめて~! また生きてる!」


「お刺身はまだいいかも、白魚の踊り食いっていうのもあってね……」


「やめて~」


それでも大好きなお刺身。


初対面の人に

「日本の好きな食べ物はお寿司とお刺身です。でも死んでいるのだけです」と言う。おかしいから、それ。


それから当時初対面の人への挨拶の

「はじめまして」を覚えたのですが、アメリカの(はじめまして)の

nice to meet youは別れるときにも言う。


なので帰り際に必ず


「それでは、また……はじめまして!!」と元気よく挨拶していた。


「間違ってるよ」


「じゃあなんて言う?」


「う~ん……お目にかかれて嬉しかったです。とかかな?


「おメメにかかかれ…難しいよ~」


「じゃあね~で良いんじゃない」


それ以来、目上の人にも


「じゃあね~」チガウ、あってるけどチガウ。


「ご家族の皆さんによろしくお伝え下さい」を


「かぞく皆、よろしくです」と言っていました。


近いけど、これもチガウ。


日本語は挨拶が特に難しい。

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