幕間

  アタラは、飲んでいたカップを受け皿に置くと、よくきてくれたね、とほほ笑んだ。


 その微笑みを受けた相手は乱暴にイスをひくと、どっかりと座る。


「そんな乱暴に扱うものではないよ。ホテルの備品を壊してしまったら、きみに弁償代ははらえないだろうに」


「てめえ、男相手にもそんな口調でしゃべるのかよ」


 きもちわるい、と吐き捨てる相手。


「呼び出しておいてそれはないんじゃないかな。まあ、僕としてもきみ対して丁寧な態度で接するのは、いささか拒否感があるのだけれども」


 相手はアタラをすごむと告げた。


「お前らがして来た事を、オレは知っている。サンを渡せ」


「きみがあの子を幸せにするのかい?」


 アタラの質問に、相手は黙って頷いた。


「きみが言う、『お前ら』っていうのには、僕と研究所のことを指しているんだろうけど。どうしてきみは自分の事をそこに入れないの?」


「オレはなにも非人道的な事をしてない」


 激昂する相手とは対照的に、飲みかけの紅茶をスプーンでくるくるとまわすと、いかにも余裕ありげにアタラは言う。


「そういうけどさ。じゃあ、きみ。風邪をひいた時に市販のクスリを服用した事は?」


 アタラの質問に、相手は訝しげに答える。


「そりゃあ、あるけど」


「そう。それならきみは、そう言う所で彼女たちがもたらしてくれたものを享受しているわけだ。知っていようが知らなかろうが、これを共犯と言わずして、なんという? 僕や研究所に責任を問おうと思っているなら、きみや社会も責任を問われるべきじゃないかい? 自分たちが知らずに犯している罪のね」


 アタラはあくまでもやさしく、続けた。


「それに、きみはあの子が自分の狭い世界について不満を言っているのをきいたことがあるかい? 彼女たちはじぶんたちが犠牲者だとはだれも思っていないんだよ。あれはあれで幸せなんだ。きみにそれを壊す資格があるのかい?」


 相手が打ちのめされたのを見て取り、最後にアタラは告げた。


「別にきみを追い込むつもりはないんだ。きみはあの子と世界をつなぐ縁だからね。僕はまだデータをとり終わっていない」


 普段の柔和な笑顔とは違う、妖艶とさえ言える微笑みを浮かべた。


「だからね、約束してほしいことがある。————————」


 黙り込んだままではあるものの頷いたのを確認し、アタラはホテルのサロンを出た。そして、そのままタクシーを拾う。


 そして、ある事を思い出したのか、たのしそうに呟いた。


「あ。会計済ませてくるの忘れちゃった」


 残された不良少年は、たいそう慌てる事になったという。

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