え、まさか、うそ、ヤメテ! ローマ・空港

 夏にヨーロッパから帰国すると、よくこう言われます。


「いいわね、涼しいところに行ってこられて。日本は暑かったのよ」


 反論はいたしません。確かに日本の蒸し暑さは特別ですから。

 でもネ、ヨーロッパといっても涼しいところばかりではないんですよ。そりゃ北欧やロシアに行けば 涼しいでしょうが、今回はイタリア。しかもローマから南。湿気は日本ほどではありませんが暑さはいい勝負、陽射しは強烈。いやホント暑かった・・。


 そんなわけで、お肌はこんがり焼けて帰ってまいりました。


 そして、この”こんがり感”が何ともリゾート帰りの空気を醸し出すようで皆様の言葉にもトゲが混じって・・。


「何かヴァカンスに行ってきたみたいね」


 仕事ですって!


 でもこの日焼け、確かにヴァカンス仕様。 というのも、今回行った先はローマの他にアマルフィ海岸とカプリ島。ヨーロッパでも有数のリゾート地。で、ほとんどの人がここに求めているのは”太陽”。


 陽射しが 強いと日本人はつい日陰に逃げ込んだりしますが、コチラの方たちはそんなもったいないことはいたしません。むしろできるだけ日に焼けようと夏の陽射しを楽しんでいます。

 国によっては、ブロンズの肌はリッチの証しですからね。


 そんな彼らを見ているとコチラも”ヨーシ、負けずに堂々と焼けて やろう!”という気になるもの。帰国してからどこかヴァカンスに行くわけではないし、考えように よってはいい機会。僕も”リッチな証し”をおみやげに、というワケ。


 そんなヴァカンス・・イヤ、仕事を 終えて帰国するときのこと。


 ローマの街を抜け高速に乗ると一時間弱でフィウミチーノ空港到着。さあ、あとはチェックインして飛行機へ。 そしてひと眠りして目が覚めれば日本。

 そう、今回はローマから乗り換えなしの直行便。やっぱりチョット気が楽。


 パスポートコントロールも過ぎて ゲートへ。先に行ったお客さんと待ち合わせのビジネスクラス・ラウンジへ向かいます。

 案内だとゲートのフロアから一階 下。


 僕だけだと階段でサクっと降りちゃうんだけど、もう一人 お客さんと一緒なのでエレベーターを使うことに。数台のエレベーターのなかで、ドアが開いていた大きいのに乗り込みます。


 エレベーターが閉まりかけた とき、眼の前に体格のいいビジネスマン。まあ、旅は道連れ。OPENボタンを押してご一緒に。


 どうやらここが二階のようなので「1」のボタンを押します。 でもすぐには動きません。


 ホント、イタリアのエレベーターは反応が遅い。今回もしばらく経って(といっても数秒なんだろうけど)おい大丈夫か?と思ったころようやくガタン。


 そして着いてからドア開くのも遅いこと。確かに到着のガタンの衝撃があったのに。

 いいかげんにしてほしいよな、とイラつきながらもイタリアでは毎度のことなので我慢して待ちます。


 ところが・・いくら待っても開かない!


 オイ!と思いつつOPENボタンを押します。

 ところが・・全く反応ナシ。


 えっ・・まさか故障。ここで、ドア閉まったまま?


 後頭部から背中辺りにザワザワっといやな気分。実は僕、閉所恐怖症。


 特に、窓のない密閉された空間 が大の苦手。普段も狭いエレベーターに乗るのは遠慮するくらい。それなのに・・・。

一緒に乗ったビジネスマンもOPENのボタンに何度かトライしてみますが・・やはり反応ナシ。


 それでも彼はあきらめず、次に「2」のボタンを押しました。取りあえずなんでもいいからエレベーターを動かしてみようということみたい。


 ガタン、あ、動いた。そしてゆっくり二階へ。 そしてガタン。


 開いてくれ!おい、開いてくれよ、頼むよ。さっきビジネスマン乗せたとき開いたじゃない!


 もう、心の中では泣き声です。が、非情 にもドアは「・・・」やはり反応ナシ。


 でもビジネスマンはあきらめず今度は「1」ボタン。下へ。でもやはり、ガタン、そして無反応。

 そして また再度UPDOWNにチャレンジ。でもやはりドアは開かずにむなしく往復しただけ。


 ああ、どうしよう。


 このままだと飛行機に乗り遅れるかもしれない。

 非常ボタンを押せば日本ならすぐ誰かくるだろうけど、ここはイタリア。助けがくるのはいつになることか・・。

 それに、そもそもこの非常ボタン、使えるの?


 それより助けがくるまで、僕の神経もつカナ・・。

 普通の人にとってはちょっとしたトラブルなのでしょうが、閉所恐怖症の僕にとっては一秒、一秒が底なし沼へのカウントダウン。誰かタスケテ・・。


 そのとき、ビジネスマンがドアの端っこに手をかけました。

 ん、ひょっとして・・”手動”でこじ開けるわけ?


 でも開くかな、エレベーター壊れたり・・ってそんなこと考えてる場合じゃないし。もう何でもやるしかない。


 確かにエレベーターのドアの端には少し指がかかるくらいの隙間が。ということでドアの上部を大柄な ビジネスマン、その下を僕という分担でスタンバイ。

 僕だって昔はラガーマン(カナリ昔ですが・・)力技なら多少の覚えがあります。


 セーノ、という 感じで呼吸を合わせてドアにかけた指に力を入れます。すると、指がぐっと中に入ってかかりがよくなりました。


 ひょっとして・・。


 そしてもう一回、セーノ。

 お願い!

 あ、少しドア動いたようなカンジ。


 さらにセーノ。


 う、動いた!そしてドアの向こう側から明るい光。


 こうなれば勇気百倍、ほうれん草を食べたポパイ・ザ・セーラーマン。


 今度はエンジン全開、よっしゃ、おりゃあ!


 そしてついに、ついに・・ドアはバリバリという感触と共に一気に半分ほど開いて、溢れるほどの光が眼の前に。


 ああ、何という・・解放感。カ・ミ・サ・マ!


 その光の中へごく普通に出てゆくビジネスマン。まあ、彼にとっては、それほどの大事じゃないのでしょう。


 コチラ は気絶寸前でもうヘトヘトですが・・。


 でも、あのビジネスマン乗ってきてくれて良かった。僕ひとりではドア開いたかどうか。

 それより”手動”までは考えつかなかったかも・・そう思うとぞっとします。災難は忘れたころにやってくるとはいいますが、勘弁してよ、ホント・・。

 ひと休みした後ラウンジを出てみると、さっきのエレベーターには黄色と黒のテープが貼られ”故障中”の表示。遅いよ!


 

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