第10話 闇の反乱

 数日後、翔介の懸念は現実となった。

 教室に駆け込んできた大柄の悪魔の姿にみんなはびっくりした。それが光輝の前にひざまづいてさらにびっくりした。

 彼は親衛隊長のアクバンだ。酷く怪我をしていて光輝達もびっくりした。


「どうしたんだ!?」

「光輝様、お気を付けください」

「何があったん?」


 さすがのリティシアも緊張を隠せない。久しぶりに見る王と姫の姿に、アクバンは少し安堵に頬を緩めながらも、すぐに表情を引き締めて報告した。


「ゼネルが北方から来た魔道士の長ローグと手を組んで反乱を起こしたのです」

「おじいちゃんが!?」

「なぜ!?」

「分かりません。ですが、我々だけでは抑えきれず、奴らはすぐそこまで……いや、もう!?」


 光輝達が外を見ると、校庭の上空に多数の魔法陣が現れて、そこから悪魔と魔道士達が現れていた。

 行動するのはさすがにハンター達が早かった。彼らは戦いに赴くのに迷いが無い。


「郁子、行くぞ」

「うん」


 翔介と郁子が外へ向かう。


「お兄ちゃん、あたし達も」

「ああ」


 光輝とリティシアも後を追う。大怪我を負ったアクバンは置いていくしかなかった。


「面白そうだ」

「行こうぜ」


 さらに、クラスメイト達も後に続いていった。




 校庭にはゼネルと魔道士達、そして悪魔達の姿があった。

 翔介と郁子はすぐに戦端を切るような早まったことはしなかった。相手の数が多い。まずは様子を見る。

 光輝達が来るのを待っていたように、ゼネルと並んで立っていた魔道士の男が高らかに声を上げた。彼こそがゼネルと組んで謀反を起こした魔道士の長ローグなのだろう。


「神はおっしゃった。我らにこの地を支配せよと」


 歌うように告げる彼の横でゼネルは重々しく言った。


「光輝様、戦ってはいけません」

「え」


 彼の言葉に光輝は困惑するしかない。代わりに翔介が剣を抜いた。


「我々ハンターには関係のないことだ。行くぞ、郁子」

「はい」


 待っていても状況の好転は無い。相手が動く前に仕掛ける。そう判断した翔介と郁子が走る。

 ローグは慌てなかった。すぐに呪文を詠唱し、配下の魔道士達がそれに合わせた。詠唱の完成は早かった。


「偉大なる神よ、逆らう者に容赦なき裁きを!」


 降り注ぐ雷に翔介と郁子は弾き飛ばされた。

 光輝はシャドウレクイエムを撃つか迷った。やるなら悪魔達が動き出していない今しか無いのだが。

 そこに心強い援軍が現れた。


「王よ。我の忠誠を示す時が来たようだな」


 闇の竜ダークラーだ。


「ダークラー!」

「ダークラー?」


 その名を聞いて翔介は驚く。


「兄様、今は戦いに集中を」

「ああ、分かっている!」


 郁子に言われて翔介は意識を戦いへと戻す。


「驚いたな。奴を仲間にしていたとは」

「光輝さんがそう判断したの」

「さすがは王といったところか」


 翔介は相手の隙を伺う。だが、動く前に竜の声が轟いた。


「下がれ! ハンター達よ! このドラきちの攻撃に巻き込まれたくなければな!」

「ドラきち!?」

「兄様! 早く!」

「ああ!」


 何度も驚かされながらもハンター達の行動は速い。素早くその場から下がって距離を取る。

 竜はすでに攻撃の体勢に入っている。はばたいて宙に浮き、口にブレスのエネルギーを集中させている。


「ドラきちがやる気だ!」

「やっちまえ!」


 飼育当番を担当して仲良くなった生徒達が声援を飛ばす。ドラきちは確かにその声を受け取った。


「見よ! これが竜の炎だ!」


 絶大のブレスが吐き出される。灼熱の炎が迫っていても魔道士達は慌てなかった。呪文を詠唱する。竜の炎は光の壁に阻まれて消えていった。

 これにはさすがのダークラーも驚いた。


「何!? 無傷で防ぐだと!?」


 魔道士達は笑う。ローグは大げさな身振りで喜びを表現した。芝居がかった仕草が彼の癖のようだった。


「お前がダークラーか。討伐されたと聞いて失望していたのだが、ありがとう。おかげで我らはあの術を使う機会を得た!」

「なんだと!?」


 竜は警戒する。翔介と郁子も警戒を強めた。相手はただの魔道士ではない。そう認識する。

 ローグは高らかに宣言する。


「教えてやろうか。なぜ我らが竜の住む山を越えて南に進む決断をするに至ったのか。それは一重にこの竜をも殺す必殺の魔術を完成出来たからに他ならない。今見せてやるぞ! この竜殺しの魔術をな!」


 魔道士達は詠唱して放つ。それは白い必殺の光線だ。


「ドラゴンバスター!」

「うおお!」


 その威力に誰もが恐れおののく。悪魔達にもどよめきが広がった。ゼネルは静かに目を閉じた。

 光が竜の鱗を焼き、ドラきちは地に倒れ伏した。生徒達が駆け寄る。


「ドラきち! 大丈夫か!?」

「酷い! こんな!」

「大丈夫だ。狙いが甘かったようだ」


 ドラきちは目を開けるが、しばらくは動けそうに無かった。

 ローグは観客席に呼びかけるように集まったみんなに向かって宣言した。


「見たか。我らの力を持ってすれば、伝説の竜とてこの程度。ハンターどもとて敵では無い。神に祈れ。そして、この地を捧げよ!」


 誰もが行動に出れなかった。光輝はさっきから右腕がうずいて仕方が無かった。

 魔界へ行ってから使えるようになったと思っていた炎が再び暴れたがっていた。それもかつてない力で。この力は危険だ。光輝は未知の感覚に恐怖する。

 だが、この場では使うしかなかった。頼れる物なら頼りたい。光輝は右腕の包帯を外した。


「僕がやる」


 そして、前に出た。ローグの視線が彼を見る。


「祈る気になったか。褒め称えよ! 彼はこの世界で一番に神の信徒となる道を選んだのだ!」

「僕は祈らない! お前達の神ごと焼き尽くす!」

「なに?」


 喜ぶローグの顔に途端に影が刺した。邪悪の本性をむき出しにする。ゼネルが焦った様子で声を掛けてきた。


「光輝様、逆らってはいけません。彼らの神は……」

「ゼネル、話は後で聞かせてもらう。巻き込みたくないから下がっていてくれ」

「は……」


 ゼネルは下がった。その態度をローグは笑い飛ばした。


「馬鹿な事を言う。神の祝福を受けた我らの傍より安全な場所など無いというのに」

「そこを僕が今から焼き尽くす」

「竜殺しの魔術に勝てると思っているのか」

「やるさ」


 光輝は出来れば彼らが引いてくれることを願った。たとえ悪人でも攻撃するのは躊躇われるものだ。だが、もう抑えきれなかった。この炎は出たがっている。


「シャドウレクイエム!」


 呼び出すとともに黒い炎が現れる。その大きさ、強さに魔道士達の中からも驚きの声が上がった。

 だが、ローグは慌てない。嫌らしい笑みを浮かべて見つめている。


「我らに恐れるものはない! 神の加護は我らのもとにある! 愚かな者には鉄槌を! ドラゴンバスター!」

「焼き尽くせ! シャドウレクイエム!」


 光輝は放つ。自分でもどうなるか分からないほどの炎を。その威力のままに。

 炎はドラゴンバスターの光を飲み込み、突き進んだ。ローグの顔から笑みが消えた。


「何故だ。我らには邪神サイラム様の加護が……ぎやああああ!!」


 炎が暴れ狂い、消えていく。それが収まった時、辺りには倒れた魔道士達の姿があった。敵は全滅した。だが、素直に喜べる物でもなかった。

 黒こげになり、倒れながらも、ローグは息をして呟いた。


「後悔……するぞ……お前達はあの方に逆らったのだ……」


 その手が地に落ちる。光輝は無言でたたずむゼネルに声を掛けた。


「理由を説明してもらうぞ」

「やむを得ませんな。こうなっては……」


 だが、その時。空に一際大きな魔法陣が現れ、そこから声が響き渡った。


「見せてもらったぞ、シャドウレクイエム。さすがはかつて俺をひきつけた炎だ。その輝きはなお美しく、この俺を感動させる」


 現れ、地に降り立ったのは魔族の青年だった。その姿に光輝は会ったことがないのに、懐かしさを感じた。記憶のどこかが刺激され、頭を抑える。

 リティシアが呟く。


「お兄ちゃんや……」

「え……」


 光輝は呆気に取られるしかない。


「なんでお兄ちゃんが二人……」

「くっ」


 ゼネルはリティシアの視線から逃げるように目をそらした。光輝は訊ねる。さっきから痛む頭を我慢しながら。


「何か……知っているのか?」


 光輝の問いに、ゼネルは観念したように答えた。


「王よ。転生された日のことを覚えておられますか」

「え……」


 光輝は思い出そうとする。だが、上手く思い出せない。転生なんて本当にしたのだろうか。だが、心のどこかでは覚えている。

 光輝は頭を抑え、地にうずくまって考えた。さっきから痛みが酷くて立つことも出来なくなっていた。

 隣で心配したリティシアが寄り添ってくれる。ゼネルは優しい目をして言葉を続けた。


「あなたはもう覚えておられないかもしれないが、その転生の折に力を貸してくださったのが、こちらにおられる邪神サイラム様なのです」

「邪神サイラム……だと?」


 光輝は信じられなかった。だって、この姿は……


「自分じゃ……ないか……」


 その答えに行きついた時、ゼネルは口を噤み、サイラムは笑みを浮かべた。


「ご名答。少しは思い出して頂けたようで嬉しいよ。王よ。いや、今はもう元王だったと言うべきか」

「何を言っとるんや。王はお兄ちゃんや!」


 リティシアが反抗の声を上げる。だが、サイラムの出した物を見て、その目が驚愕に見開かれた。


「シャドウレクイエム。何で……」


 彼の手には確かに黒い炎が燃えていた。


「俺は王の願いを聞き届け、人としての生を与えてやった。そして、引き換えに王の体を手に入れたのだ。炎を渡さぬよう小細工を打ったようだが、無駄だったな。俺はこうして起こせるようになったよ。コツを掴むまで随分と苦労はしたがな」


 サイラムは完全に炎を掌握しているようだった。その力量には感嘆するしかない。光輝は地に膝を付いたまま動けなくなっていた。ゼネルは告げる。


「分かったでしょう? サイラム様に逆らうことはかつてのあなたを裏切り、あなた自身をも傷つける行為となるのです」

「お前は望んだ通り、これからも人としての生を送るがいい。闇の王は俺が引き受けよう」


 サイラムはゆっくりと右手を上げていく。その手に黒い炎を燃え上がらせ、宣言した。


「闇の者達よ! この炎の元に集え! この俺こそが闇の王だ!」


 だが、その宣言に同調する者はいなかった。魔物達に広がったのはただ動揺だけだった。 


「どっちに従えばいいんだ」

「我らの王は光輝様だったのでは?」

「だが、あのお姿は間違いなく我らの王」

「ゼネル様!」

「むうう」


 ゼネルは迷いながらも宣言しようとする。光輝にこれ以上サイラムと関わらせるわけにはいかない。彼に逆らえば、転生の手段すら二度と失ってしまうのだから。

 それを遮ったのはリティシアの声だった。


「何を迷うことがあるんや! あたしらの王はお兄ちゃんだけや! ここにいるお兄ちゃんだけなんや!」


 その声に魔物達の間では同調が広がった。


「やっぱりそうだよな」

「リティシア様がおっしゃられるなら」


 だが、その声はサイラムの怒りを買っていた。射竦める視線が光輝とリティシアを貫き、リティシアの体は恐怖で強張った。


「やはりお前達は邪魔になるか。ならば人間らしくここで死ね!」

「させるか!」


 様子を伺っていた翔介と郁子が飛びかかっていく。だが、サイラムは見もせずに二人のハンターの攻撃を剣で弾き返してしまう。

 サイラムは二人などに構わない。再び光輝に向き直る。


「王の歩みを止めることが出来ると思うか? 人よ、ここがお前の望んだ人生の終着点だ!」


 剣が振り下ろされる。

 その時、光輝とリティシアの前に飛び出した人影があった。


「おじいちゃん!」

「ゼネル……!」

「ぬう!」


 血が飛び散る。ゼネルが二人をかばっていた。

 遅れて駆けつけたアクバンの攻撃にサイラムは距離を取って引き下がった。


「王よ、遅れて申し訳ありません」


 アクバンは謝罪する。彼も迷っていたのだろう。だが、決断してくれた。満身創痍の彼にももうほとんど力が残っていないが、かつての主の姿と対峙する。

 光輝は血を吐いて倒れたゼネルを抱き起こした。彼は弱弱しく口を開いた。


「王よ、申し訳ありません。全てはサイラムの甘言に乗せられたこの私の過ちだったのです……」

「お前が気に病むことではない。全部お前と僕で相談して決めたことじゃないか」


 光輝の中にはかつての記憶が蘇ってきていた。かつての自分を見たから、それが引き金になったのかもしれない。


「僕は望む物を手に入れたんだ! 人の生も! かつての仲間達も来てくれた! これ以上何を望めって言うんだ! 僕達は最高の結果を手に入れたんだ!」

「最高の結果……ですか……それは……良かった……」


 ゼネルの手が静かに落ちる。彼の顔は微笑み、涙を流していた。


「おじいちゃん……! うあああああ!」


 その胸にリティシアはすがりついて泣いていた。

 光輝は静かに立ち上がった。


「アクバン、そこをどいてくれないか」


 彼は王に道を譲った。サイラムはせせら笑う。


「残念だ。俺も司祭には見届けて欲しかったのだがな。この俺の、全てを支配する王となった姿をな!」


 サイラムは勝ち誇るように両手を広げる。光輝は怒りのままに言葉をぶつけた。


「ふざけるなよ。俺の世界にお前は邪魔だ!」 


 腕に怒りの黒い炎が燃えさかる。サイラムの笑みは深まった。その手にも同じ炎が燃え上がる。


「嬉しいぞ。俺もやっとこの炎をぶつける相手が出来た。思う存分、力一杯にな!」


 二つの炎が激突する。押し負けたのは光輝の方だった。


「くっ」

「人間の体ではそれが限界か? 転生したのは失敗だったようだな」


 ぶつかって燃え広がった炎の中からサイラムが歩み出る。光輝は自分の右腕を見つめた。その腕はもう限界まで来ていた。

 サイラムが飛びかかってくる。その突進を郁子が打ち返した。


「焦らないで。自分の力をしっかりと見つめて!」

「自分の力……」


 光輝は自分の腕を、そしてその中に宿る炎を見つめた。


「わたしは見つめた。そして、この剣で奴を倒す!」

「面白いことを言う小娘だ。よほど王の戦いを邪魔したいらしい」

「何が王の戦いだ。争いを起こす闇の者は排除する。それがハンターだ!」


 翔介も掛かっていく。踊るようにあざやかな剣裁きだ。二人の攻撃をサイラムは両手で弾いていった。

 光輝は見つめる。

 あれが二人の戦い。ならば自分の戦いは何だっただろうかと。

 二人の剣撃。その連携にサイラムは業を煮やした。


「うっとうしい奴らだ。我が配下の魔物達よ! 王として命じる! 邪魔な人間どもを排除せよ!」


 だが、誰も動かない。反感を買っただけだった。


「うるせえ! 俺達の王は光輝様だけだ!」

「邪神サイラムは帰れ帰れ!」

「おのれ! 身の程をわきまえぬ愚鈍な奴らどもめ!」


 サイラムは怒りとともに翼を広げて飛び立った。空から地上を睥睨する。


「王などお前達には必要無かったようだな。我は神! お前達の受けるのは神の裁きだ! ただ恐れ、滅び去るがよい!」


 空に巨大な黒い炎が巻き起こった。そのかつてない大きさに誰もが息を呑む。

 ただ一人、光輝だけが平然と前に出て見上げた。


「ちゃちな炎だ。まるでなっちゃいねえな」

「何だと? 負け惜しみか? 人のお前に何が出来る。王の体も王の力もすでに我が手中にあるのだ。その上、邪神の力を上乗せした。これが真のシャドウレクイエムだ!」

「だからなっちゃいねえって言ってるんだよ!」


 吐き捨てる光輝に郁子が声を掛けてくる。


「掴んだのね。自分の力を」

「ああ、さすがは戦闘のプロフェッショナルだ。助言ありがとよ」


 素直な賞賛に郁子は赤くなって目をそらした。すぐに戦う者として意識を戻して言う。


「じゃあ、後はあなたが」

「ああ、お前がまた相手が飛んだ時の為に弓や射撃の訓練をしたのは知っているが、ここは譲ってもらうぜ、ハンターさんよ」


 光輝の手に黒い炎が燃える。最初は小さかったそれだが、すぐに眩い光となった。

 その眩しさにサイラムは目を細めた。


「何だ、これは。黒いのに眩く輝く、これはまるで」

「漆黒の太陽」


 郁子が命名した。サイラムは恐怖した。


「嘘だ。俺が一番シャドウレクイエムを上手く使えるんだ! シャドウレクイエムーーー!」


 だが、サイラムの炎は漆黒の太陽にただ飲み込まれただけだった。

 太陽が近づいていく。


「誤解させて悪かったな。俺もついさっきまで忘れていたんだ。お詫びとお礼に見せてやるよ。これが真のシャドウレクイエムだーーーーー!!」

「うげごおおおお!!」


 太陽が昇っていく。サイラムを飲み込んでさらに空へ、宇宙へと。


「あばよ」


 それはかつての自分の体への言葉だろうか。自分の体から光輝に向けられた言葉だろうか。

 確認する間もなく、意識は途絶えていく。


「やっぱり人間の体でこれを使うのは無理があるな……」


 最後に誰かに抱きとめられる感覚を感じて、光輝の意識は闇へと消えた。

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