1-39.青いローブ

「きゃあああ!」

「!? エミナさん!?」

 エミナさんの悲鳴だ。僕はすぐにエミナさんが居ると思しき所を見た。


「う……うぐ……」


 エミナさんは、両手をローブに掴まれて上に引っ張られている。辛うじて踏ん張っているらしく足は地に着いているが、体全体を吊り上げられたら無防備な状態に……。


「うあ……うああっ!」


 言ったそばから、今度はエミナさんの胴体にローブが巻き付き、エミナさんを宙へと吊り上げた。


「あっ!」


 足をバタバタさせて必死にもがいているようだが、ローブは簡単には解けなそうだ。


「あ……ま……まずいよね、これ!」


 ローブはエミナさんの体をぎりぎりと締め上げながら、新たにエミナさんの両足にまで巻き付き始めた。僕は急いで左手を前に構えた。


「ええと……」


 ローブを切り裂けて、エミナさんを巻き込まない魔法……。


「聖なる力よ、一陣の風となり、悪しき者を断ち切れ……セイントシェーバー!」


 僕の手から放たれた白い光は、空中を進むにつれ刃の形へと姿を変え、エミナさんを縛るローブへと向かっていく。

 ――ばさっ!

 成功だ。エミナさんの右手を縛っているローブは切断された。


「く……ありがとうミズキちゃん」


 エミナさんの右手が自由になれば、後はエミナさんのドリルブラストで、ローブなんて千切れてしまう。


「たぁっ!」


 エミナさんは早速、ローブにドリルブラストを突き刺した。これでエミナさんの両足は自由だ。


「くっ……このっ……!」


 が、迫りくるローブを振り払うのに手一杯で、左手を縛っているローブに中々手が出せない様子だ。


「エミナさん!」


 僕ははっとして周りを見た。ローブがエミナさんの方へと集中している。


「エミナさんを狙ってる!? ……たああっ!」


 僕は目の前のローブを斬りつつエミナさんの方へと走り出した。

 ローブは間髪入れずにエミナさんの体へと巻き付こうとしている。エミナさんは、ドリルブラストを持つ右手だけは縛られないようにしているが、体には再びローブが巻き付きエミナさんを締め付けている。

 エミナさんをそんな状況から助けるには、エミナさんの周りのローブを減らすのがいいだろう。

 僕はバーニングブレードで手当たり次第にローブを焼き切りながら、エミナさんの近くへ進んでいった。


「てやっ! はあっ!」


 背の高い草を、鉈で凪ぎ払いながら進むのと同じ感覚だ。

 そんな感覚をを覚えながら、ひたすらローブを焼き切って、僕はようやくエミナさんの下へと辿り着いた。


「エミナさん!」

「ミズキちゃん!」


 エミナさんは、ドリルブラストで右手に巻き付いたローブを突き、ローブを切断すると、僕の目の前にすたりと着地した。

 どうやら、自力で全てのローブを切り、拘束を解いたらしい。


「ありがとう、ミズキちゃんのお陰でローブが少なくなった!」

「よかった、大して怪我もしてないね」


 ほっと胸を撫で下ろす。ユーベルはきっと、柔らかくしたローブで拘束したうえで、鋭くしたローブで滅多刺しにするつもりだったのだろう。


「ローブが少なくなった今がチャンスだよ! ミズキちゃん、一旦離れて!」

「う……うん」

「紅き大壁よ、煉獄の火炎を纏いて形有る物をを押し潰せ……ブレイジングウォール!」」


 エミナさんから真っ赤な炎が発せられた。それはローブを焼きながら、エミナさんを中心に広がっていった。


「一緒にユーベルに攻撃を!」


 エミナさんが叫ぶ。


「闇を射抜く光の刃、その先にあるのは希望の道……シャイニングビーム!」

「う……うん……闇を射抜く光の刃……」


 いくら魔王とはいえ、相手は人間の姿をしている。なんだかやりにくい。


「その先に……その先に……あるのは……く……!」


 僕はシャイニングビームの続きを唱えようと思ったが、エミナさんのシャイニングビームは、既にユーベルのローブに着弾し、競り合いを始めている。


「ああ……」


 ため息混じりの声が漏れる。

 エミナさんのシャイニングビームは、四本のローブによって、相殺されてしまった。


「ミズキちゃん?」

「こめん、もう一回!」

「うん、今なら二人の魔力を合わせれば、攻撃が届く筈!」

「うん……躊躇しちゃ、いけないな……闇を射抜く光の刃、その先にあるのは希望の道……」


 ユーベルの見た目は人間だけど、魔王。かつて、この世界を支配した旧支配者なんだ。放っておけば、この世界はまた支配され、人は皆苦しい思いをするだろう。


「シャイニング……」

「「ビーム!」」


 エミナさんと同時に、シャイニングビームを放った。今度はちゃんとユーベルを目掛けて打てた。

 二つのシャイニングビームが重なると、互いが互いを強めるように絡み合い――一つになった。

 一つになったシャイニングビームは、普通のシャイニングビームと同じくらいの大きさだが、いとも簡単にユーベルのローブを四枚以上貫き、ユーベルの目前へと肉薄した。


「何……?」


 ユーベルに当たる寸前のところで、更に二枚のローブが射線を遮った。


「この程度で……だと……」


 ユーベルがぼそりと口走ったが、やがて二枚のローブも焼き切れ、ユーベルはシャイニングビームの光に包まれた。

 ――シャイニングビームの光が収まると、そこにユーベルの姿は無かった。


「け……消し飛んじゃった!?」


 僕がきょろきょろと辺りを見回していると、エミナさんが横で歓喜の声を上げた。


「や……やったぁ!」

「エミナさん……」

「ミズキちゃん、やったよ! 私達、勝ったんだよ!」

「エミナさん……」


 ユーベルの口ぶりからすると、撤退したという事は考え辛いだろう。人間に対しては、相当な優越感を抱いているように見えた。


「そう……なのか……そう……だよね……勝った……勝ったんだ……」

「そうだよ!」

「よ……良かった……」

「エルダードラゴン様にも教えに……」

「気に食わないね、君達は」


 不意に聞こえたのは、ユーベルの声だ。


「え……!?」

「その声……ユーベルの……!?」


 僕とエミナさんが声の方を向くと、そこにはユーベルが立っていた。


「ユ、ユーベル! ユーベルが……!」

「そんな……!」


 どうして復活したのか……そもそも倒されていないのか……理由は分からないが、いつの間にかユーベルは、そこに立っている。しかも無傷だ。


「余を下に見たね、その程度の力で……人間風情が!」

「うわっ!」


 僕は思わず後ずさった。ユーベルの発した雰囲気に押されてだ。この一帯を支配する異様な空気を、僕の体が感じている。


「う……」


 震えが止まらない。体中に寒気が走り、無意識のうちに両手で自分の体を抱くように抑えた。足もガクガクで、立っているのもやっとだ。

「あ……ああ……」


 エミナさんも僕ほどではないが震えていて、その顔には恐怖が滲み出ている。


「こんな姿とはいえ、君達は余を倒した。人間に……人間に余が倒された!」


 ユーベルの一言一言が、巨大で邪悪な獣の咆哮に感じられる。


「まさか君達が、余の真の姿を引き出そうとはね……光栄に思うがよいぞ、人間共……ぐぐぐぐ……げ……え……」


 ユーベルの口から何かが出た。


「え……なっ……」


 僕は更に後ずさった。黄色い触手のような物が、ユーベルの口から這い出るようにして姿を露にしている。

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