1-24.洞窟

 ――エミナさんと別れてから、どれくらい歩いただろう。ムストゥペケテの頂上はとうに見えなくなり、雲海が凄く近くに見える。


「結構、遠いんだね」

「まあな、でも、もうちょっとだ。頑張れ!」

「エミナさんは、もう龍族の人と会ってるかな?」

「あの坂を上るのは骨が折れるだろうが、もう着いてもいい頃だろうな」

「そう……」


 龍族の人が助けてくれたのは事実だけど、どんな人かは分からない。エミナさんは大丈夫だろうか。再び脳裏に嫌な想像が浮かぶ。不安だ。


「なあ、ミズキ」

「なに?」

「人間達、酷いよな」


 イミッテの声のトーンが急に低くなった。多分、真面目な話をしようとすると、こういうトーンになるのだろうが……ふざけた感じではないイミッテは、なんだかイミッテじゃないみたいだ。


「え?」

「私は見たぞ、お前が牢屋でされた事」

「あれは……そうだね。僕だけじゃなく、エミナさんにまで酷い事をしてたなんて……」

「うむ……なあミズキ、そんな人間、救う価値があるのかな」

「価値って……大勢の人間が死ぬんだよ? だったら、やらなきゃ」

「その人が、お前やエミナにやった事は何だ? 私は見ていられなかったぞ」

「それは……でもさ、僕の所に来た人は、殆どが魔族に家族や友達を殺された人だったんだ。そんな人を、僕は責められないよ」

「しかし、お前は何もしていない。罪の無いお前に、あいつらは酷いことをしたんだぞ?」

「勘違いだったんだから、仕方ないよ」

「仕方ないで済ますのか、お前は。そういった人が食い物にされるのだぞ。私はそういう人間の性を散々見てきたのだ」

「でも……だからって……」

「迷いが見えるな。では言おうかな……」


 そう言うと、イミッテは沈黙した。何かを深く考えている風に見える。

 ふと、周りを見渡してみる。僕とエミナさんがここに飛ばされた地点から、だいぶ山を下ってきたらしく、細い気が目立つようになってきた。時々、太くて大きな木も見える。草の丈も高くなってきて、少し歩き辛くなってきた。そんな中、二人のザッザッという足音だけが、静寂の山中に響いている。


「エルダードラゴンは、お前の力を利用したいから言わないだろうが……実はな、お前は選択出来る。お前はまだ自分の真の力を知らないようだがな」


 イミッテが、意を決したように口を開いた。


「エルダードラゴンって……龍族の人?」

「そうだよ。他に誰が居る?」

「そうなの……で、選択って……?」

「いいか、旧支配者から人間を守れるという事は、人間を支配出来る力があるという事だ。その力を使って人間全部を救う事も出来れば、根絶やしにする事も出来るのだ」

「根絶やしって、ちょっと……」

「お前の認める者だけを生かしておく事だって、勿論出来るぞ。そうすれば、善き人だけ残る。皆幸せになるだろう?」

「いくらなんでも、見殺しにするなんて……」

「見返りを考えてみろよ。そんな輩を助けたとして、何をしてくれると思う?」

「それは……でも、悪い人だって、根気よく話せばいつかは……」

「皆が皆、そんなに物分りがいいと思うか?」

「それは……」

「ミズキには力がある。それに、優しい。でも、力があっても……ミズキのその優しさがあっても、全ての人の心は変えられないよ。悲しいことにな」

「そうかもしれないけど……」

「少しでも悪しき者が残れば、悪意はたちまち回りの善人を飲み込んでしまうだろうぜ? そうなったら、深い悲しみと、新たな悪しき者を生むだけだ」

「じゃあ、イミッテは、悪いやつは一人残らず見殺しにしろっていうのかい?」

「極端過ぎるか? だが、私はそれが唯一、皆が幸せになる方法だと思うがな。タイミングは今しかないぞ。だから今話してる。そして……それは強くて優しいミズキだから出来る事なんだ。お前しか出来ないんだよ!」


 イミッテの語気が強まる。


「……あそこだ。あそこにさえ行けば、もう目的地は目と鼻の先だ。さっきの事、心の隅にでも置いておいてくれよな」

「え……あ……」


 ポッカリと口を開けた洞窟が見える。この草と木だけの山の斜面に、そこだけぽっかりと穴が開いている様子は、なんだか唐突な感じがして違和感がある。

 僕とイミッテは、その洞窟の入り口で立ち止まった。


「……」


 イミッテの思いを受け止められるほど、この世界の事……いや、世界は関係無い。人間の事を理解出来ているのかは分からないが……ここまで来たのだ。行くしかない。


「さ、あと少しだ」


 薄暗いトンネルに足を踏み入れる。霧の中にあるせいか、じめじめとしている。


「この先で、お前は力を手に入れる。その後にどうするかは、お前次第だ。お前自身の力だ。お前の好きにするがいい」

「力……世界を救うための……」

「旧支配者を倒すための力だと思っているだろうが、別にそのためじゃないさ。言っただろう、極端な話、悪しき者だけを生かしておく事だって出来る」

「そんな事はしないよ」

「だろうな。ま、どう使うかは、お前次第だ。元の世界に戻る事もできるしな」

「え……!?」

「なんだ、エルダードラゴンは教えてくれなかったのか? 利用する気満々なんだな」

「それって……ええ……? ち、ちょっと待ってよ!」


 突然、帰れる手段が見つかった……という事なのか? 突然降って沸いた事に、どうしていいか分からない。


「お前の手に入れる力は、旧支配者に対抗できるほど強大だ。その力を、そういう事に使う選択肢も、当然ある」

「帰れるのか……でも……ここは……」

「勿論、この世界を救ってからでもいい。元の世界に帰っても、力はお前のものだからな」

「え……」

「どうしたい? お前はもう、弱者ではない。元の世界にだって、救いたい者、憎たらしい者、色々居るだろう?」

「それは……」

「良き者が不幸になる世の中を、お前は黙って見ているのかい?」

「……」


 分からない。いい人は生き残り、悪い人は死ぬ。その結果、世界の人がが幸せになったとして、僕がそんなことをやっていいのか?


「お前には力がある。それを忘れるなよ」

「ん……!」


 突然、気が遠くなる。何が……起こったのか……。

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