第四章 四

 風が出てきた。日はもうとっくに沈み、辺りは闇に覆われている。凍えそうなほど寒い中、紅蓮は作之助と対峙していた。すぐ横は研究所、反対側には本部の建物が建っている。

 作之助は不敵な笑みを浮かべた。

「そろそろ始めるか」

 頷く。納められた刀の柄に手を添える。足を少し前に出し、すぐに動ける姿勢を取る。

「行くぞっ!」

 走り出し、一気に加速する。間合いが詰まってきたところで、瞬間的に刀を抜く。抜刀の涼やかな音と同時に、金属と金属を打ち付ける鋭い音が響き渡る。刀と刀がぶつかった。

 ギリギリと競り合う。

「ほう」

 作之助が感嘆の声をもらした。

(さすが隊長。まだ余裕か)

 機会を見て下がる。わずかに砂埃が立つ。

 じりじりとお互いにお互いを測る。

 先に飛び出したのは紅蓮だった。横薙ぎに刀を振るう。作之助は下がることでそれを回避し、逆に下から刀を振ってきた。わずかに軍服をかすめる。作之助が上から再び斬ってくる前に、横に回避。後ろへ回るため足を出す。が、作之助の回し蹴りが飛んできた。右足を払われる。右足が地面を離れ、体勢が崩れた。片膝を地面につける格好でどうにか止まる。上から振ってきた斬撃を刀で受ける。

(重いっ)

 弾けるか。

 作之助の刀を横に逸らすように力を込め、はじき飛ばす。その隙に立ち上がって間合いを切る。

 今度は作之助が先に斬りかかってきた。突きを刀で払い、跳躍して胸を蹴飛ばす。低いが丈夫な木に飛び移る。

 作之助も建物の壁を使ってこちらに移ろうとしている。ここでは戦いにくいため、本部の屋根に飛び移る。やはり作之助も追ってきた。

 紅蓮は助走をつけて研究所の屋根に飛び移った。作之助は今丁度助走をつけ始めたところだ。

 研究所の屋根は平たく、動きやすい。飛び移った時の勢いをそのままに、旋回をするように屋根を一周。飛び移ってきた瞬間の作之助を狙う。

「……!」

 さすがというべきか、作之助の反応は早かった。刀をはじいてきた。だが、体勢が悪かったせいで、あまり威力は無い。紅蓮はさほど動じる訳でもなく、もう一度斬りつける。

「やるな、お前」

 腕をかすめた。血こそ見えないが、軍服が切れて、肌が覗いている。今までも服を斬りつけたことはあったが、これほど裂け目は大きくなかった。

 作之助は飛び移ってきた勢いをそのままに、タッと奥まで駆ける。逆に、紅蓮は一度振り替えなければならず、二人の間に距離が出来た。紅蓮が追う。

 再び交差。競り合う。わずかに紅蓮が押される。

(押さえ込まれる……!)

 紅蓮は隊の中では小柄な方だ。それに対して、作之助は身長が高く、力が強い。力業ではあまり長く持たない。ここは引くべきと判断して、体ごと右にひねり、作之助の体勢を崩そうと試みる。が、崩れない。引くことには引けたが、隙を見せてはくれなかった。

 構えて、剣先を向ける。

 気がつけば息が上がっていた。

(駄目だ……! こんなことで!)

 ここで疲れてなんかいられない。これはまだ戦いの序の口だというのに。呼吸が乱れた瞬間だって隙になる。

 負けられないんだ。絶対に。

 今までこんなこと思ったことはなかった。戦うことは任務、使命ぐらいにしか考えていなかった。自分以外の運命を背負っていると感じるのは、今が初めてだ。

 ぎり、と柄を握る手に力が入る。

 人の運命を背負うのは、重い。でも、苦じゃない。背負っているのが、大切な人だからだろうか。いや、作之助の運命も左右するはずの戦いなのだが、雫を助けたいと思っているから、作之助と対峙できる。

(勝つんだ)

 勝って、雫を助けるんだ。待っているところへ帰るんだ。

 駆け出す。

 一気に近づき、逆袈裟に斬り上げる。それを作之助は下がることで避けた。さらに蹴られる。こちらが下がったところに刃が飛んできた。

「……っ」

 灼けるような痛みが腕に走った。さほど深くはないだろうが、血は出ていて、軍服に染みていくのが視界の端に映る。

 やはりこの人は強い。他の卍部隊兵に斬られたことは幾度となくあるし、さっきも斬られた。それでもかすった程度だ。ちゃんと『傷』と認識できるほどの攻撃。それはなかなか喰らわないのだ。だから、この人は強いと思う。

(でも、怯んではいられない)

 そして、またぶつかっていく。


 飛び込んできた紅蓮の刃を払う。それから斬る。紅蓮はそれを受け止めて見せた。ならばとまた斬りつける。作之助は一つ一つの攻撃に手応えを感じていた。

 紅蓮は強くなった。ここ数日で本当に強くなった。それはきっと何のために戦うのかがはっきりしたからだろう。守りたい存在が出来たからだろう。

 隊員が、誰か大切な人と会って、その人を守るために、その人と共に過ごすことを望んでいたのは紛れもなく自分だ。ようやくできた芽を刈らなくてはならないのは本当に惜しい。それも自分の手で刈らなくてはならないのだから、心境は複雑だ。ただ、優先事項はとっくに決まっている。それは今更変える気も無い。

 ガッと音がして、刀がぶつかる。食い込んでくるような感覚に、ふっと笑いたくなる。これほど強い相手は中々いない。

 思えば、紅蓮は隊に入った当初から強かった。入ってすぐ、年上の隊員に勝っていたのも覚えている。彼は、何というか、どこを狙えば良いのか分かっているのだ。どこを斬れば相手に有利になれるか、どこを狙えば相手をいち早く倒せるか……、勘で理解しているように見える。そんな紅蓮が訓練を積んでいれば更に強くなる。戦う理由が出来たから尚更だろう。

 かといって、

(俺だって、勝たなきゃならねえんだよ!)

 勝負を譲る気も無い。

 刀をはじき飛ばす。紅蓮が離れる。

(まだまだだ!)

 横薙ぎに刀を振るう。紅蓮はそれを受け止めた。紅蓮が歯を食いしばったのが見えた。

 蹴り飛ばす。紅蓮がひっくりかえる。

「くっ……」

 追い打ちをかけるように刀を振るうが、紅蓮はそれを転がって回避した。その勢いで膝立ちに起きあがる。その勢いで斬ってくる。刀で受ける。ギン、と音が鳴った。その瞬間に紅蓮が立つ。それから駆け出す。

(早ぇな)

 追う。

 紅蓮はトンと跳んで、研究所の屋根に飛び降りた。このまま作之助が飛び込んでいくと、また飛び降りた瞬間に斬りつけてくるだろう。だからあえてその瞬間をずらす。紅蓮がいないところへ降りる。紅蓮がぐっと踏ん張って向きを変えてくる。その瞬間に刀を振るう。返されて、そのまま斬られそうになるが、横に跳んで回避する。

 逆袈裟に刃が向かってくる。それはまた横に跳ぶことで避け、そのまま蹴飛ばした。紅蓮がよろめく。もう一度。

 紅蓮が屋根から落ちた。きっと背中から落ちる。受け身を取るだろうが、すぐには起きあがれるまい。なら、そこを狙う。

(これまでか)

 剣先は紅蓮の首元へ。

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