「五十年経っても、鍾乳洞ってのはろくに成長しねえもンだな」

「――その自称神様、たぶん草璃くさり山開発に反対な運動の人なの。お兄ぃが下手に首を突っこむと、さいあく死に至るの」


「うぇ、土地絡みの揉め事とか巻きこまれるのは、ちょっと勘弁したいなぁ。爺さん、まさか俺を盾にしようとしてるんじゃあるまいな」


「ううん、草璃さんと皐月建設の間には、何の諍いの形跡も見られないの。反対運動をしているのも、その人だけみたいなの。放っておけば、さいあく死に至るの」


「あの人、龍の伝承ゆかりの地を守りたいとか、そんな感じなのかなぁ。狩衣に蛇面、背は低くて、風邪引いた感じの嗄れ声してたけど、どこの誰だか分かるだろうか」


「目撃情報なら、鍾乳洞入り口と神社、それから山頂に近い湖でもあったみたいなの。でも現場の作業員には相手されてなくって、たまに亡霊と見間違えられるくらい存在感ないって、ソーシャルサイトに書きこみがあったの。これくらいの情報だけだと、正体を突きとめる前に、さいあく死に至るの」


「さすがに、お前でも特定までは無理か。……そういえば、なんで鍾乳洞取り壊すんだろう。あんな山の中腹を開発したところで」


「それ気になって内部資料覗いてみたんだけど、皐月建設の情報セキュリティが単なる土建屋とは思えないほど堅くて、ビビったなの。むりむり突破すると、さいあく死に至るの」


「ふぅん」


「でも搬入している重機からして、ナニカを発掘しようとしている感じなの。コトの次第では、さいあく死に至るの」


「発掘なぁ。何だろうか。まさか本当に、不死の酒、じゃないよなぁ……」


「不死は困るの。そんなの呑んだら、お兄ぃは私のいない世界でも、さいあく死に至らないの」


「まぁそうなるな。……っていうか、その口調は何なのさ」


「たまには決め台詞をキメてみたかっただけなの。満足したので、さいあく死に至るの」


「……。お前の口調、意外とネタ尽きないよな。妹ガチャ、コンプできない説」


「ガチャが底を打つと、さいあく死に至るの」


「そうか。過酷な人生だな」


「生きとし生けるもの隙あらば、さいあく死に至るの」


 ~~~


「よお、昨日は悪かったな、兄ちゃん。一つツケってことで頼むわ」


「爺さん、昨日の今日で大丈夫なのか……」


「あン?」


「ま、この大雨の中、石階段しゃきしゃき昇ってきたんだから大丈夫……か。

 それはそうと、見てのとおり。来てみたら、鍾乳洞の入り口を塞ぐように縄が張ってあって、ジグザクの紙まで垂らしてあってさ。昨日はなかったのに、明らかに結界というか、立ち入り禁止になってるみたいなんで、すごく残念だけど、今日は雨天中止ってことに。あー、ホント残念だなぁ。お酒呑みたかったなぁ」


「注連縄に、紙垂か。しゃらくせえ、ンなもん、跨いで罷りとおりゃあいい。誰が張ったか知らねえが、地主の俺が許すンだ、文句はないだろうが」


「いやいやいや、血気盛んすぎるだろ爺さん。見るからに雨水流れこんでいて、この状況で鍾乳洞に入るのは、いくらなんでも」


「このくらいの水量なら、龍が呑むだろ」


「え……?」


「腰が引けたンなら、そこの社で神頼みでもしてな。老い先短い俺が、ちょっくら約束の酒取ってくっからよお」


「あーーー、行くよ、行きます。民俗学のレポート、これで書くかもなので」


「そうか、だったらオレのリュック頼むわ」


「はいはい。そのくらい若者が背負いますよ、っと」


 ~~~


「な、龍の啼き声が聞こえンだろ。もうすぐ龍の口だ」


「これ、風の唸る音ですよね。鍾乳洞って、こんな風が吹くものでしたっけ……。しかも奥の方から」


「鼻息荒い龍が、腹空かせてンだろう。……おい、この先の百畳敷、そこそこ段差あるから、よくよくヘッドライトで照らしながら進めよ。雨水に足取られて転げたところで、置いてくぞ」


「はいはい。……このヘッドライト、作業テントから拝借してきただけあって、わりと先まで見えるなぁ」


「ガスも出ねえしな」


「洞内でガスとか怖いなぁ……」


「おうよ。昔はな。ランタン一本で忍びこんだもンだ」


「…………」


「……」


「…………」


「着いたぞ。龍の口だ。リュックよこしな」


「ほい。あっ、龍の口って、そういう名の穴ってことか。うお、底が見えない。風が吹き上げて……」


「そらよ、っと!」


「え、あ、おいおい、爺さん」


「なンだ」


「いや、何だって、いやいや。俺が担いできたリュック、なんで底なし穴に投げ棄ててんの……」


「察し悪いな。龍に食わせたンだよ」


「…………」


「そんな顔すンなや」


「……爺さんは本当に、この鍾乳洞に龍がいると」


「ちと、からかいすぎたかね。……龍なんざ、現実にいてたまるかよ。この穴はな、かつて巫女への差し入れに使われたものだ。

 ここから、さっきの百畳敷に戻って、しばらく適当なルートで地下に降りていく。その間、ちょっとした昔話をしてやろう。とあるバカ野郎の話だ」


「へえ、爺さんの昔話?」


「……」


「…………」


「五十年前の話だ。この草璃山には、天から堕ちた半龍の伝承があってな。それが愚かにも、ぎりぎり信じられていた」


「その伝承は、聞きました。酒と、それから定期的に巫女を捧げていた、と」


「あン、飲み屋でそこまで話したかね。どうも酒入れると口軽くなっていけねえな。

 まぁいい。それでなんだ、バカ野郎の話だ。……男には、幼馴染みがいた。ほとんど許嫁みたいなもンだ。だいぶ病弱だったが、手先が器用で、白衣に緋袴がよく似合う娘だった。名を、伊宮いみや末利まつりと言う」


「ひゅー。爺さん、幼馴染みとかやるなぁ」


「……兄ちゃん。素面で、そういう小っ恥ずかしい合いの手は止めろ。昔話は聞き流していいから、そこらの鍾乳石でもよく見ておけ。こんなンでも、もう二度と見られない景色だからな」


「そもそも、爺さんはどうして今になって、この山を売……。

 うわ、天井のツララみたいな鍾乳石、ちょっと鋭すぎるのでは。神様の殺意を感じる」


「それで、だ。……男は成人の儀を迎え、そして嫁入り前の末利に白羽の矢が立った。伊宮の総意として、末利は龍に嫁ぐことになった」


「石筍もエグいの多いなぁ……」


「当然、男は反対した。駆け落ちも辞さなかった。だが、先代の巫女から伝承を継いだ末利の意志は硬く。それを止めることが、どうしても男にはできなかった」


「流れでた石灰水が、滝のようになっている……」


「末利は身を清め、酒を抱えて山に入り。男は無力な自らを恥じて、貨物船に潜りこみ見知らぬ国へ逃げた」


「おお、滝の先に難破船みたいな鍾乳石があった……」


「五十年間。船乗りとなった男の手には、一通の手紙があった。別れの夜に手渡され、ずっと封を切ることができなかった手紙だ」


「…………」


「……」


「……なんて書いてあったんだ」


「さあな」


「爺さん……!」


「五十年経っても、鍾乳洞ってのはろくに成長しねえもンだな。だから、人の手が加わったところはすぐ分かる。皐月建設の奴らには分からねえだろうがな。

 おい、兄ちゃん。この大岩の隙間に耳を当ててみろ。若い耳なら拾える音もあるだろう」


「え、音って。……あれ、なんか、曲が聞こえる。クラシック? 鍾乳洞の奥で、なにこれ怖い」


「畜生、やはりここか。ガキの頃、忍びこんだ時によ。首突っこんだはいいが、コウモリに脅かされて逃げ帰ったバカ野郎がオレでな。後ろに下がってろよ。念のため10メートルくらい」


「ん、いったい何をするつもりで」


「見て分からンか」


「いや、ぜんぜん話が見えないんだけど」


「ハッパ仕掛けるンだよ。この大岩どかさなきゃ、さっき放りこんだリュック回収できないだろうが」


「……発破!? いやいやいや、死ぬ気かよ爺さん」


「そんなヘマするか。現場からヘッドライトと一緒にくすねてきた爆薬だ、品質に問題はない」


「そういう問題じゃなくてさ」


「爆薬の扱いには慣れてるから心配すンな。ただでさえ残り少ない寿命を、ここで捨てるような真似なんざしねえよ。

 おう、ソマリアの海賊船を爆破した話、ここでしてやってもいいんだぜ」


「えー、またまた、えええええ」


「それでな、末利の手紙に書いてあった文面だが」


「…………」


「『わたくしが、最後の巫女を務めます。やがて龍神様の伝承を終わらせてなお、この身に授かりし命残されていたならば、貴方の元に帰ります』だとさ」

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