「もう、お兄ぃのえっち♡」

「――なんて、伊宮いみやに隕石が落ちる悪夢を観たんだ」


「もう、お兄ぃったら。ざまあ♡」


「というか、観せられたんだけどな。コンテナが透明ディスプレイなんて大嘘、学園祭と同じ上映装置を使って、外の風景にCG重ねたものをリアルタイムで映してたっていう」


「少しは学べ♡」


「まったくな。でも臨場感はガチだったんだよ。ちゃんとトラックの揺れに同期してたし。……あ、そうか、やたらと揺れるなと思ってたら、わざと揺らしてたのか」


「そゆんのは、マジシャンの手口だぞ♡」


「やっぱり、そうだよなぁ。知らず知らずに、会話の受け答えやら誘導されてたんだろうなぁ……」


「で、どんな壺を買わされたの♡」


「買ってねーよ! ……代わりに、依頼を受けてきた」


「お人好しが過ぎるぞ♡」


「そう言うなよなー。食ってかかってはみたものの、学園祭の事件、実際のところ繭棲まゆずみ先輩に責任はないからな」


「本心じゃないクセに♡」


「……ま、あの人があんな装置を造らなかったら二人とも、……いや、どうかな。いずれは……。

 ともかくバイト代もたんまりもらっちゃったし、久々にちゃんとした譚丁たんていをやろうと思いたったわけですよ、兄は」


「何をヤるの♡」


「先輩の忘れ物を、研究室へ取りにいく。深夜、誰にも見つからないように」


「窃盗とか、ドン引きだぞ♡」


「やっぱ、そう思うよなー。先輩はさ、パクられた研究成果を取り返すだけだ、って主張してたけど。

 ただ、その成果ってのがな。学園祭で上映するはずだった、八重やえさんの宇宙生成モデルって話なんだよな」


「ふぅん♡」


「それはさ、無視するわけにはいかないっていうか」


「もう、お兄ぃのえっち♡」


「……なんでだよ!」


「そのモデル、八重さんの露わな深層心理そのものだぞ♡ それ独り占めするつもりでしょ♡」


「ぐぬぬぬ。ま、先輩に渡さない選択肢もあるとは考えていた。あの人、倫理規定に触れる実験してたって話もあるからな。八重さんに行ってた実験次第では」


「で、忍びこむの、どこの研究室なの♡」


「ナタリア教授の研究室。情報学科棟の地下にあるらしい」


「……うん♡ そこ私も一緒に忍びこむから♡」


「え、マジで。それマジで言ってんの。いや、この病室を出る気になったのは嬉しいんだ。すごく嬉しい。でも、こんなあっさり」


「だって、そこ。変な妨害電波出てることあって、お兄ぃのスマホ経由で監視するのは心許ないから♡」


 ~~~


「――おい。本音を言えば、このまま見なかったことにしたいところなんだが、もう耐えられないから訊くぞ」


『ウィーン、ウィーン』


「妹との待ち合わせ場所に来てみたら、どう見ても羊のロボットが一匹いるだけ。なんかそのまま後を付いてきて、妹の声で擬音を発しているんだが」


『ウィーン、ウィーン』


「たしかに俺は、自分の妹が人工知能なんじゃないか、なんて冗談も言ったさ。言ったけどさぁ、まさかホントにそういうオチじゃあるまいな」


『アー、アー、私ハ紛レモナク、お兄ぃノ妹デス。ソノ姿ハ、サナガラ彷徨エル仔羊チャン』


「…………」


『ウィーン、ウィーン』


「…………」


『ウィーン、ウィーン』


「……な訳ないよな、どうせ遠隔操作だよな、ちょっと信じた俺が頭悪すぎた。ってか、なんでさっきから音楽の都を連呼してるんだ、羊なら羊らしい鳴き声をだな」


『パォーン』


「ぐっっ。ともかく、ようやく妹と対面できるかもしれないって、美容院デビューして服も新調しちゃった俺のときめきを返してほしい……」


『ゴメンネ、コンナ妹デ』


「いや、いい。いいんだ……。ともかく情報学科棟に入るぞ。先輩からカードキーは貰ってきたから、これで」


『正面ジャナクテ、裏ノ資材搬入口カラ入ルベキ』


「誰かに見られるって? たしかに、草木も眠る丑三つ時だっていうのに、上の階ちょいちょい電気付いてるし。ま、情報科なんて生身の人間に興味なさそうな奴らだし、すれ違ったくらいじゃ記憶にも残らなさそう」


『ココノ入館システム、誰カガ不正侵入シテル』


「え、それお前じゃなくって」


『私以外ニモ。エレベーターノ方モ掴ンデル。乗ッタラ最悪閉ジコメラレテ死ニ至ル』


「えー、何それこわい。……いうて、学生ハッカーがハロウィンの悪戯仕込んでる最中とかじゃねーの」


『穴ヲ空ケタノハ学生ッポイケド、管理者権限ヲ取ッタパケットノ出所ハロシアダカラ、ナニカ変。用心スベキ』


「ロシア……? と言われても、このキー、たぶん裏口には使えないぞ」


『ソッチハ別系統ダカラ、私ガ管理者権限ヲ取ッタ』


「うわぁ。さらっと言うなぁ。うちの大学のセキュリティどうなってるんだ。……いや、いいんだ。兄思いの行動で助かるよ。裏口に行こうか」


『パォーン、パォーン』


「……げ、マジで裏口開いてる。うーむ」


『パォーン、パォーン』


「ここからエレベータは無視して、非常階段を降りていけばいいんだよな。って、お前、何それキモい。わりとガチでキモい」


『ィーン』


「羊のロボットから、一回り小さい羊のロボットが出てきたんだけど、何なの、俺の妹はマトリョーシカなの?」


『コノ先、普通ノ携帯回線ノ電波ハ届カナサソウダカラ、中継用ニ羊皮ヲ置イテイク』


「お、おう」


『ウィーン、ウィーン』


 ~~~


「さてと、ここのサーバールームの片隅にあるのが、ナタリア教授の研究室らしい。よくこんなゴォゴォうるさいところで研究するなぁ……」


『誰カ居ルカモ』


「いや、教授は今ロシアに帰省してるとか。後期は授業受け持ちないんだとさ。

 さてと、ここのロック。ドアノブ備え付けの15パズル解かないと開かない変態仕様らしから、手袋付けてっと」


『ソレ絶対二解ケナイ配置ダヨ』


「げ、マジか。あれ、もうドア開いてるな。まぁいいや、お邪魔します。

 なんか、ずいぶんと。フリフリした内装の研究室だなぁ。教授、わりと冷徹さを隠そうともしないタイプの美人だから、ちょっと意外だ。で、先輩曰く、薄いチェリーピンクのカーテンの、あ、これか、その横にある本棚を動かしてっと」


『…………』


「お、隠しドアだ。マジであるんだなぁ、こういうの。なぁおい、わりと探偵っぽくないか、いも……がはっ」




「ふん。そこに隠していたか、ナターシャ」


「……っ」


「動くな。暴れるな」


「やめ、苦し……い……」


「ナターシャの研究について、どこまで知っている?」


「こっの、クソ野郎。ああ、ハッキングしてたのはお前かよ、ロシア人」


「答えろ」


「首を、締め……るな。ごほっ。知ってるさ。譚丁だからな。あの宇宙のことだろ」


「見たのか」


「ああ、観たさ。お前が知らない、始まりから、終わりまで、な」


「最悪だ」


「そういえばお前、俺の妹をどうした?」


「知らん」


「ざっけんな」


「黙れ。そして貴様の神に祈れ、日本人」


「……!」

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