脱出クエストⅡ ――敵は「眠気」と「吐き気」でした。

 予定日超過の対応については、状況や病院の方針により少々異なるようです。私の場合は「羊水過少気味なので胎児が苦しくなる前に早く出してあげましょう」という判断で、陣痛を誘発して出産をすることになりましたが。


 胎盤は妊娠42週を過ぎるとその機能が低下するとされており、いつまでも自然に陣痛が来るのを待つわけにはいかないという事情があります。でも逆に、予定日超過でも41週までは待てるという考え方もできるわけです。


 ところによっては「薬(誘発・促進剤など)は使わない」とか「(会陰)切開はしない」という方針の病院もあると聞きます。二週間の超過で自然分娩したという話もネットで見たことがありました。


 ただ、私がお世話になった病院の方針は違いました。確かに羊水過少という状況もありましたが、おそらくそうでもなくても、ギリギリ二週間待つという選択はなかったでしょうね。


 どういったところに、どれくらいの重きを置くかというのは、本当にそれぞれだと思います。私には大学病院の判断が「適切だな」と思えましたよ。必要な薬は使い、大事をとって安全を最優先にしてスピーディーに胎児を出す。この判断は、私のバースプランを尊重したものであり、納得と信頼ができる提案に思えたのです。


 入院した翌々日の朝、ドクターから「今日中には生まれますよ(産みましょう)」という話がありました。張りや腹痛もなく朝食も普通にとれていました。出血などもありません。


 ただ、夜中に一度だけ「破水っぽい」ことがありました。この「ぽい」というところが曲者でして……。明らかに尿とは違う感じなのに、助産師さんが検査したところ「破水」と言い切れるものでもなく……。これ、結局は何かわからないままで(謎)退院するときも「あれは謎だったねぇ」と助産師さんとに苦笑いしたしだいです。


 そしてさらに――夜中ずっとモニターをつけて見守りをしてもらっていたのですが、幾度か胎児心拍が下がってしまうことがあったのです。その度に助産師さんが飛んできてくれたのですが、するとすぐまた持ち直すという。中の人、ちょっと思わせぶりですよね……(苦笑)。


 助産師さん曰く「赤ちゃんが臍帯(へその緒)をギュッと握っちゃったり、体勢によってちょっと踏んじゃったり。そういうことあるんですよー」と。中の人よ、「握る」の練習もほとほどに……(汗)。


 さて、LDRに移動していよいよ「状況開始」です(なんかの作戦かいな……苦笑)。そうそう、お守りは持参していませんでしたが、まどかちゃんが買ってくれた「無限枝豆」を持って入りましたよ。ご存知ですか? 無限枝豆(笑)。


 無限枝豆は手のひらに乗っかるくらいの小さな玩具で、無限プチプチみたいに遊びます。豆をさやから出すというあの作業を地味に延々と繰り返す、ただそれだけという(笑)その他に、お気に入りのぬいぐるみも同伴していました。あ、でっかい奴じゃないですからねっ(大きさの問題じゃなかろうに……苦笑)。


 でも結局、点滴をしながら陣痛がくるのを待つ間もあまりできなかったんですよね、無限枝豆。ときどきまた胎児心拍が下がったりして、その度にちょっとしたバタバタの雰囲気になって。


 ドクターたちが帝王切開にするべきかを相談し始めました。今一度、私の意向も聞かれました。え? 答えですか? 「どっちでもいいです。おまかせします」と答えましたよ(苦笑)。だって、何が最適かなんて素人の私にはわからないですし。専門家の判断に委ねるしかないかと。主体性がないようですが「責任を持って人様(専門家)に任せます」ということです。


 相談の結果は「帝王切開も視野に入れつつ、もう少し自然分娩で様子をみましょう」と。私が自然分娩を強く希望したわけではありませんが、出血などの諸々のリスクや術後の回復を考えると自然でいけるに越したことはないですからね。


 さてさて。ここからですよ、魔法使いにとっての厳しい戦いが始まったのは……。


「カイザー(帝王切開)になるかもしれないから、絶飲絶食ね」


 なんですとーっ! この決定が下されたのは昼食前。私が食べるはずだったお昼の病院食は夫が代わりに食べました……。これ、かなりキツかったです(泣)あ、夫に病院食を譲るのが辛かったというわけではないですよ(んなことわかってますよね……)。何も飲めないのって、ほんっとうに辛かったんです。


 その頃はもう院内に暖房が入っていまして。なのに、加湿器がない……(汗)。室内はとにかく乾燥していて、喉がカラカラでヒリヒリ痛くなってきます。でも、飲んじゃダメ。仕方なくうがいをしてみても、どうにも喉は潤いません。


 そのうえ空腹ですからねぇ。なんだかもう、気持ちが悪くなってきちゃって……。出産のときに辛かったことは何かと問われたら、私は迷わず「吐き気」と答えます。もちろん陣痛の痛みもありましたよ。でも、それを凌駕する(苦笑)吐き気の辛さだったのです。


 そして、もうひとつの強敵が「眠気」です。夜、あまり眠れていませんでしたからね。胎児心拍の心配や破水もどき騒動やらでバタバタしたのもありますが、単純に環境の変化というも大きかったと思います。何を隠そう、これが人生初の入院でしたし。それに、お産は夜もまったなしですから。廊下を挟んで向こうのLDRからは、産婦さんの苦しい叫び声が夜な夜な聞こえてくるわけですよ……。


 テレビで見た出産ドキュメンタリなんかだと「体力つけなきゃ」っておにぎり食べたり、ストローでお茶飲んだりしてたんだけどなぁ。我慢していたハーゲ○ダッツのアイスクリームだって食べてもいいって聞いてたのになぁ。あぁ……(泣)


 ♪水を飲むのも許されず~、飯を食うのも許されぬ~。アロマはなくてもいいからさ~、加湿器どうにかつけてくれ~。


はい、もう一丁っ!(二番もあるよ!)


♪うとうと眠気がやってくる~、だけど「寝るな」と怒られる~。ここはどこかの雪山か~、寝たら遭難決定だ~。



 戦士(夫)が側にいましたが、彼は「ホイミ(体力を回復させる呪文)」も「ザメハ(眠い状態を解除する呪文)」も唱えることができませんからねぇ……。そんな様子を、自宅から連れてきたクマのぬいぐるみが静かに見守っていたのでした。

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