それって、調査中に死人が出るってことじゃん……

「超能力者?」

「そ。この前、ここで出会ったんだ」


 生意気な後輩鹿路小菜、もといコナーの口から発せられたのは、荒唐無稽な怪談じみた装いを帯びた体験だった。夏にはまだ早いんだけどな。


「何日か前の放課後、わたしは学校のすぐ近くにあるバス停から、一番乗りに206番のバスに乗ったんだ。お母さ……親から、『帰りは206番に乗れば間違いない』って言われてさ、入学したときからずっとそれに乗ってたんだ」


 コナーが言う『206番』とは、このバスターミナルに寄るバスの系統番号のことだ。206番は、この町の中央駅に向かう系統であり、その通り道にある僕たちの学校の近くにも寄り、利用している学生も少なくない。僕もその一人だ。


「そんで、バスに揺られて十分じゅっぷん、このバスターミナルに着いた。専用降り場からおりて、まっすぐ改札に向かった。そのとき、。これは絶対に確か」

「? それが、どうかしたの?」


 僕が聞くと、コナーは神妙な顔つきでこくりと頷く。


「わたしは、寄り道せずに改札に歩いた。歩くスピードは特に速くなかったけど、特筆されるほど遅くもないの。それなのに、改札には、。なんてことなさそうな顔をした、地味な男子高校生が」

「……ふぅむ?」


 コナーの言葉に、思わずおかしなうめきをあげてしまう。どうにも僕には、その話しが超能力に関係しているとは思えない。そんなもの、足の速い男子高校生が、特に速くないコナーを抜かして改札を通り抜けただけなんじゃないのか?

 僕の曖昧な表情から、言わんとしていることを察したコナーは、さらにこう続けた。


「その男子高校生はね、。学校近くのバス停から、バスターミナルに向かうバスに乗る子なんて数えるほどしかいないからね、覚えたんだ。確かに、その男子高校生はバスには乗ってなかった」

「はぁ……」


 コナーの補足に、僕は先ほどとはまた違った声を上げた。それは、確かに変だ。詳しいことは聞いてないのでまだ何とも言えないが。


「で、どう? ロックは知ってる? この瞬間移動男のこと」

「う〜ん……いや、僕には思い当たらないね」


 僕の否定の言葉を聞くと、コナーはあからさまに不満そうな表情を作ってしまった。


「なんだ……。ロックって、名前のわりには役に立たないんだね」

「うるさいな……。だから僕は、哲学者じゃないって言ってるだろ」


 ムッとしてつい言い返す。この駅に対する僕のなけなしの自信を貶され、年甲斐もなくいらっと来てしまった。

 お姉さんは、そんな僕のわずかな精神の揺らぎを見逃さなかった。


「なるほど。つまりコナーちゃんは、この駅に現れた超能力者の正体が知りたい、と?」

「は、はい……。別に、知ったって知らなくたってなにも変わらないんでしょうけど、なんか気になっちゃって……」


 なんでお姉さんのときにはあだ名に対するツッコミがないんだよ。


「よろしい。コナーちゃん、喜びなさい。君の隣に居るこの男は、過去にいくつもの『日常に潜む謎』を解決してきた、いわば名探偵だ。超能力者の正体なんて、この男にかかればいとも容易く解決すること間違いなしだよ」

「ほんとですかぁ……?」


 お姉さんは、コナーに向けて唐突に馬鹿なことを良い、コナーはそれを訝しむ。正しい判断だ。僕の履歴書に、『名探偵』なんて肩書きがついたことなど、ただの一度もない。

 お姉さんは、今にも拒絶の言葉を口にしようとした僕に向き直って、耳元に唇を近づけて、


「アンタ、この程度の事件も解けないの? アンタなら簡単でしょ、これぐらい」

「いや、別に解ける解けないじゃなくて……。ただ面倒くさいだけだし……」

あたしからのお願いだよ。いつか言ってたよね、自分は頭も顔も、なにもかも良い人間だって。だったら、人付き合いも良くして欲しいもんだね」


 言い放たれたお姉さんの嘆願。実はこの時、僕の心は大体決まっていた。格好つけて否定するポーズをとってはいるものの、心のうちでは肯定していた。何だったら、。お姉さんから、要望を受け入れるという体裁を取り付けたのは幸いだった。


「……仕方ないなぁ。やってやりますよ、暇つぶしに」

「どうもありがとう。コナーちゃん、これで事件は解決したも同然だよ」

「えぇ、ロックがぁ……? なんか頼りなさそうだけど……」


 さっきと言ってることがまるで違うじゃないか。


「任せろ、コナー。僕に解けない謎はない。金○一に頼んだとでも思って、大船に乗っててよ」

「それって、調査中に死人が出るってことじゃん……」


 サスペンスミステリーの痛いとこを突く少女だ。一理ある。


 




 



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