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『ヴィルトー』というのは、音楽を奏で、リュールを増殖させることを生業とする者を指す。

彼らはそれぞれ専門に勉強してきた楽器や声楽を駆使し、曲を奏で、日々リュールを増やし続けていた。

ヴィルトーになるには、国内唯一であり最大の国立大学であるノーツ音楽大学を卒業しなければならない。

入学するのも難しいが、卒業試験の難易度はその何倍もの高さであり、毎年3分の2以上の生徒が脱落していた。

順調に卒業できた場合の大学の在学期間は5年。だが卒業試験の難易度を踏まえ、在学期間に上限は定められていない。家庭が裕福な生徒の中には、ヴィルトーになりたいがために卒業できるまで何年も通い続ける者もいた。

ヴィルトーとして認められれば、一生安定した地位と生活が約束される。

国民の誰もが、一度は憧れる職業がヴィルトーなのだ。


そして憧れをはるかに超え、より強い羨望と尊敬の眼差しを向けられる役職が、『リューリス』である。

リューリスの主な仕事は作曲をすることだ。

リューリスの作った曲をヴィルトーが演奏し、それによってリュールを作る。

今や進化した文明により消費されるリュールの量も膨大で、よってアルモトニカ国内では始終音楽が鳴り響いていた。

又の名を『音楽の国』と呼ばれる由縁である。


リューリスとヴィルトーは、法的に見れば地位としての大きな差はない。

だが、より崇められ尊敬されているのはリューリスであり、その存在の希少性は国王に並ぶと言われている。

それもそのはず、リューリスは努力すれば就ける役職ではないからである。

この国に生まれた子供たちは、生まれてから4週間以内に、必ずある検査を受けることを義務付けられていた。

その検査内容は、〈植物に赤ん坊の鳴き声を聞かせる〉というもの。

何故こんなことをさせるのか。それは極稀に、ためであった。

この特殊な試験に関しての史実は、全国の本屋、そしてアルモトニカ国立図書館にも蔵書されている【アルモトニカ史の全て】にくわしく記されている。





国家音楽法が施行される、少し前の話だ。

具体的には、リュールが音楽によって効果を強めることが発見されてからおよそ150年ほどが経った頃だった。

目でみることも、手で触ることもできない、一定の旋律を持った音楽にしか反応を見せないリュールが、ある赤ん坊の泣き声に反応し植物を成長させるという現象が起こった。

人々がリュールの存在を感じることができるのは、水や空気の浄化や作物の成長など、なにかの変化を通してだけである。

その光景は、当時の研究者たちに大きな衝撃を与えた。

リュールが反応を見せた赤ん坊を調査していくと、その赤ん坊は普通の子よりも優れた治癒能力を持つことがわかり、その結果から研究者たちは『生まれつきリュールを保有した人間がごく稀にいるらしい』という結論に達した。

リュール困窮の不安が拭えない国は、当然のごとくその赤ん坊に目をつけ、実験的にその赤ん坊に特別な音楽教育が施されることとなった。

リュールを生まれつき持っている人間が音楽に触れることで、リュールの供給を促進させることができるのではと考えたからだ。

思惑は的中し、成長したその人間の演奏で生成されるリュール量は通常の人間の何倍にもなった。それだけでなく、別の人間が彼の作った曲を弾くことでも彼が演奏した場合と同程度のリュールが生成された。

これが、アルモトニカの新たなる発展の始まりであった。


成長した赤ん坊———ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルが作曲を始める以前の音楽は、紙に記録をする習慣がなかったこともあり。短い旋律を簡単な和音コードとリズムで繰り返して弾くものばかりであり、レパートリーもそう多くはなかった。

当然リュールの供給もそれなりであったのだが、その流れを大きく変えバリエーションに富んだ様々な旋律を作ることに挑戦したのが、ヘンデルであった。

ヘンデルが作曲をし、そしてその曲を人々が演奏するようになると、供給されるリュールは飛躍的に増え、それを消費していくことによって国は発展を繰り返していった。

『楽譜』を残すようになったのも、この頃からである。これにより、リューリス本人が亡くなった後に生まれた人間でも、そのリューリスの曲を演奏することが可能になった。


ヘンデルは国民から親しみを込めて『音楽の母ヘンデル』と呼ばれるようになり、国はその偉大なる貢献に感謝し、彼に〈リューリス《作曲者》〉という役職を与え、同時に彼の曲を演奏する役割を持った人間に〈ヴィルトー《演奏者》〉という役職を与えることを宣言した。

そして彼らの地位を国のトップクラスに位置づけること、今後生まれてくるであろうリュールを保有して生まれてくる子供には全てリューリスとしての特別な教育を受けさせなければならないなどといった、国にとって重要な文言を組み込んだ【国家音楽法】を成立させ、この新たな法律を施行した日を『新建国記念日』として定め、国民の祝日とした。

現在大きなセレモニーとして祝われるのは、もっぱら『新建国記念日』のほうである。



リューリスになり得る子供が生まれてくる周期は非常に不規則であった。

一度に4、5人生まれてくる場合もあれば、何十年、時には何百年といった長い間があいてしまうこともあり、現にヘンデル以降はなかなかリューリスが生まれなかった。

(※注 ようやく生まれたのが、ヘンデルが210歳で没した3年後。リューリスが不在の状態ではあったが、国はヘンデルが残してくれた大量の楽譜を頼りに教育を施し、その人間にリューリスとして作曲をさせることに成功している)


そして建国から来年で2000年が経とうとする今、現存するリューリスの数はたったの10人のみ。

内6人がルイたちの通うノーツ音楽大学で教鞭をとっていた。




前述した通り、リューリスとヴィルトーは、法的な地位に大きな差はない。

しかし生まれつきリュールを保有しているか、していないかの違いは、人々の羨望と敬愛以外にも大きな差を生み出していた。

それが、作曲である。

リューリスが演奏することは禁止されておらず、また国民が演奏することも禁止されてはいない(むしろ推奨されている)。

だが、ヴィルトーが作曲し、またその作曲したものを演奏することは、固く禁じられていた。

ヴィルトーだけではなく、リューリス以外の国民全てに作曲は禁じられている。

発覚した場合は重大な違法行為とみなされ、直ちに国外退去を命じられることとなっていた。

なぜそこまで重い罰が科されているのか、いつからその法律が施行されたのか、明確な記述は残されていない。

ただ、リューリスの作る曲から生まれるリュールは非常に膨大であり、絶え間なくリュールを生成し続けないと間に合わないほどに消費が激しい現代において、国民にリューリス以外の曲を演奏させる余裕などないのだろう、というのがもっともらしい理由として囁かれていた。


カールがルイを心配する理由が、ここにあった。




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