王の歴史、魔族の歴史

 オレは窮地きゅうちに立たされていた。氷燦名の作った氷の円盤に乗る直前、マカンナが転んだのを担ぎ上げたからである。──お姫様抱っこで。

 さっきから、クロジンデの視線が痛い。

「やっぱリ、パーパさんは、そういう可愛くて若い子が好きなノネ……!」

「ご、誤解だよ。クロジンデ……」


「そういえば、ママ。さっき、パパとマカンナさん、2人きりで暗いお部屋にいたよ?」

「わ~っ、氷燦名! ますます誤解されるようなことを!」


「ふぅ~~~~ン?」

「ち、違うんだ、クロジンデ。オレが愛しているのは、お前だけだから!」


「どうだカ。あなたが若い子が好きなのは、昔からだカラ……」

「そ、それは……、クロジンデが特別魅力的で、か、可愛かったからさ……。クロジンデじゃなかったら、あんなに積極的にはいかないよ……」


「フぅ~ン?」

 すると、クロジンデは怒り顔のままそっぽを向いてしまった。


「ク、クロジンデ~」


 オレが情けない声を出していると、幸四郎こうしろうがにやにやと母ちゃんを見上げる。

「あ~、かーちゃん、くちびるがひくひくしてる~! 父ちゃんにかわいいって言われて、うれしいんだ~!」


「んっ、もウ! コーちゃん、バラしちゃダメでショ! せっかく、にやけるのこらえてたんだカラ!」


 その言葉を聞いて、ほっとしたのも束の間──、王に貫かれた両腕の痛みがぶり返してきた。

「う、ううっ」


「パパっ!」「とーちゃん!」「あなタ!」

「「「陛下!」」」


「しゃ、シャンヴィロンにやられた傷は、わりかし早く治ったのに……!」

「パパ、かぶと脱いで! 誰か、回復魔法が使える人、いないの?!」

 氷燦名がかぶとを脱がそうとするのを、マヒナが止めた。


「な、なりませぬ、氷燦名さま! 先ほどの人間の王のつるぎをご覧になられましたか? あれは神竜ゼニスターより授かったと言われる“天威てんいのつるぎ”です。あの剣につけられた傷は治りが遅くなるばかりか、斬った相手に聖なる呪いをかけるといいます。今、無闇にかぶとを脱がせてしまっては……!」


「じゃ、どうすればいいのよ!」

「陛下の超回復は妨げられているだけで、無効になったわけではございません。自然に治癒するのを待つしか……」


 な、なんだよ呪いって。仮にも神を名乗るものが渡した武器のすることか。


 オレは半身を起こし、円盤に並走して飛ぶグリフォンの背に目を向けた。その背にはおよそ人間とは思えない3メートルほどの美女。その股ぐらに、ちょこんとキースペリが座っていて、翼を持つ女悪魔がその周りを飛んでいる。


「き、キースペリさんも、来てくださったんですね」

「ふん。案内役としてむりやり連れてこられただけだ。見たらわかるだろ」


「もし、よろしければ、あなた方の国王陛下について、詳しく教えては頂けませんか。私としては、戦争は回避したい。なぜ、あの方は、魔族と敵対なさるのです」


「……あの方は、小さな頃から、伯父であらせられる先々代の国王に、つらい仕打ちを受けていたそうだ。当時、先々代にはお子がなく、そのままいけば、先々代の弟であらせられる先代、そして、そのご子息であらせられるあの方が王統をお継ぎになられるはずだったから。誰も、誰がやったとは言わないが──、毒を盛られたことも数え切れないらしいな。おかげで、あの方の右目は今も見えない」


「それと、魔族が何の関係が……?」


「あの方は、以前は心優しいお方だったそうだ。何度死にかけようと、伯父上をお疑いになるようなことは1度もなかったと。しかし、ボクの父が言うには、17歳になったおり、教会で聖爵せいしゃくを授かりに行き、そこで託宣を受けたと」


「託宣、ですか?」


「そう。あの方は『その治世において魔王の時代が終わる』と予言された勇者なんだよ。聖爵せいしゃくを授かりに行った教会にて、天よりゼニスターの声を聞き、天威のつるぎを授けられたという。それ以来、あの方は人が変わったようになられた。神竜のご加護の及ばぬ化外けがい──魔族はすべからく滅ぼすべしと」


「なんと……」

「それから、王家には不審な死が続いた。先々代のきさきがようやく正統なる王位継承者──つまり、先ほど殺された大臣を身籠みごもられた時は、先々代が急病にたおれた。そのため、まだ母親のはらの中にいた大臣ではなく、先々代の弟、現国王のお父上が戴冠たいかんなさった。その先代が、『大臣が大人になった暁には、大臣に王位を譲る』と宣言なさった時も、急な病でおたおれになった。……誰も、誰がやったとは言わないけど、な」


 ひええ。恐ろしい権謀術策けんぼうじゅっさくの中を生き抜いてきた人なのか。

 両親も、頼れる親戚もいなかった自分にとっては、家族──というものが、実際に家族を持った今でも、いまだによく分からない。そのように、憎しみ合うことができるのか。

 そして、そのすべては、ゼニスターとかいう竜から始まった……?


「陛下。少々、よろしいでしょうか?」

 と、マカンナが円盤の上をしずしずと歩いてくる。


 だが、

「ひゃんっ!」

 その時、円盤がぐらつき、マカンナがオレにしなだれかかる。

「まっ、マカンナ! 魔王陛下になんたる無礼を!」


 マカンナは先ほどと同じホルターネックだが、前のめりになったことで布がたるみ、胸元の防御力がかなり頼りない。もちろん、先ほどオレはノーガード状態を見ているわけだが、これはこれで、違ったおもむきが……。


「……パパから離れてもらえます? マカンナさん?」

「パーパさん? どこを見ているのカナァ?」


「わわっ!」

 オレが両腕の痛みを忘れ、マカンナを引きはがした。


「あらぁ、申し訳ありません。急にバランスを崩してしまいまして」


「そ、それで? な、何か話があるんじゃないんですか?」

 すると、マカンナはその場で片膝をつき、頭を垂れて話し始めた。


「あの騎士は、我ら魔族を化外けがいの民と呼び、人間に隷属れいぞくすべしと申しますが、我ら魔族に伝わる歴史とは少々齟齬そごがございます。我ら魔族にとっては、人間どものほうこそ、この世のことわりにまつろわぬ民なのです」


 まぁ、それはそうだろう。お互い、自分たちに都合のいい歴史を書くもんだろうし。と、思っていたら、どうやら話が違うようだ。


「最初の人間は、魔族の間に取り替え子チェンジリングとして産まれたのです、陛下。魔族の子として産まれながら、ひ弱で、魔力も持たぬ赤子。それが人間でした。──まるで、産まれてくる場所を間違いでもしたかのように。今でもごくまれにそのような子供が産まれることがあります。そうした場合、我らは赤子を川に流し、人間に拾われるよう願うのですが……、人間どもの間に、魔族の子供が産まれるということは、ついぞ聞いたことがございませぬ」


「じゃ、じゃ、人間のほうが後から、この世界に産まれたってことですか?」

 その問いに、マカンナは小さく頷く。

 それじゃ、元々魔族のものだった世界に、後から人間がやってきて滅ぼそうとしているみたいじゃないか。


「今でも、人間と戦うことを嫌う魔族はおります。あの中に、自分が胎を痛めて産んだ子がいるかも知れませんので」


「ふん。ゼニスター竜の教えに嘘があるっていうのか?」

 と、キースペリが憎々しげに毒づいた。


「だけど、確かに。時折、自分はどこか別の場所から来たのだという子供がいるのは事実だな。自分の両親は他にいる。こことはまるで違う世界から、今の両親のもとに流れついたんだって。間違えて、魔族の両親のもとに流れつくことも、あるのかも知れない。……そういえば、現国王陛下も、小さいころはそのようなことを仰っておられたらしいな。ボクの父が言うには、そういう子は英傑えいけつに育つから、きっと名君におなりあそばすだろうって」


 色々、衝撃的な話だった。

 オレが考え込んでいると、マヒナが不安そうに尋ねる。

「先ほどの様子だと、夜が明けたらすぐにでも軍を率いて乗り込んできそうな雰囲気でしたけど……、どうなさるおつもりですか?」


 その言葉に、オレは答えを持たなかった──。

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