第9話 いざ飲み会

「いや……まぁ、頭はさっぱりするのですが、体がついて行かなくてとても辛いです」

薬の調子はどうかと聞かれての返答だ。月に薬代と病院代で20,000円も飛んでいき、辛い思いをするだけなんてなんという拷問だろうか?

「じゃあ薬減らそうか」

「えっ? 減らすんですか?」

予想外の答え。てっきり別の薬に変えるのかと思っていたのだが……。

「でも辛いんでしょ?」

ま、確かに金銭的にも体調的にも辛いから減らしてもらえるのはありがたい。

「えぇ、まぁ……。でしたら減らす方向でよろしくお願いします」

しぶしぶ……。という感じで返事をするが、個人的にはかなり嬉しい。これで10,000円浮くのだから。

「あ、最後に確認するのですけど、本当に障害者手帳は貰えるのですよね? 上司に報告しなければいけないので……」

と来院早々、開口一番に聞いた事についてもう一度聞く。聞き間違いで大変なミスをしたくないからだ。

「大丈夫ですよ。きっと通ります」

その言葉をもう一度聞いて安心する。

「でしたらその時はよろしくお願いします」

と言って、診察室を後にする。後ろからは「お大事にー」という声が聞こえて来るが、精神病にお大事にも糞も無いと思うのだが……。



***



 そこからは基本的に平和だった。特に進展の無い報告をマネージャーと部長と人事の人にしながらもスポット溶接の記号である「+」を数え、帰ったらニコ生でコミュニケーション能力の向上を図る。

 普通の日常、平和な日常。だがしかし、俺は焦っていた。怯えていた。なぜなら、運命の時が刻一刻と近づいてきていたからだ。

 そう、運命の日は9月に現れる。なぜなら、仮に俺の障害者手帳取得日が退職させられる日だと仮定するならば、それは11月になる。故に忘年会には参加出来ない。よって、忘年会でマネージャーに自分の成長したコミュニケーション能力を見せつけることが出来ないのだ。なのでその1つ前の飲み会「新入社員歓迎会」で、俺のコミュニケーション能力が著しく低いことを察して、通常業務から外したマネージャーに、俺のコミュニケーション能力がどれほど成長したかを見せつけ、通常業務にに戻っても問題ないようなコミュニケーション能力があることをアピールしなければならないのだ。

 出来るのか。出来ないのか? いや、やるしか無いのだ。やらなければ、退職させられる。それだけだ。



***



 いよいよ飲み会当日となった。幸いにも少し迷子になったが、時間前には無事に会場にたどり着いた。しかし、ここまでは前哨戦だ。本戦は中だ。ここからが本番なのだから。


 

 会場に入ると人で溢れかえっており、まともにマネージャーを探せる状態では無かった。とりあえず、今は待機の時だと気を取り直し、チームのメンバーが確保してくれていた席に座る。(今は別の部署で業務をしているが、俺の席自体は1分間スピーチをしていたチームにあるので、飲み会に誘われるし呼ばれる。なぜなら部署の異動ではなくて働く場所の移動なだけだから)

 俺はチームメンバーのビールを注ぎながら、マネージャーの位置を探す。居たッ! 俺から2つ後ろの席だ。遠いが行けない距離ではない。だが、今は待機の時、ここで行くと多分空気の読めない変な奴と思われ、変な目で見られてしまう。それでは駄目だ。

 新入社員の自己紹介も終わり、飲み会も中盤へ。俺はチームの人と話をしながら、舌のエンジンを回し続けておく。それと同時にマネージャーにビールを注ぎに行くタイミングを見計らうのも忘れない。マネージャーはビールが大好物だ。いつものペースならあっという間に空になって、すぐに注ぎに行けるのだが……あれ? 今日はペースがなんかおかしいな……。ビールの減るペースが妙に遅い。いや、それどころかむしろ増えている。増えて……? と俺はここで決定的な場面を目撃してしまった。他のチームにいる先輩社員がマネージャーのビールを注いで追加しているのだ。止めてくれ、その役割を俺によこしてくれ! 俺の心の叫びはその先輩社員に届くこと無く、飲み会は終盤を迎えお開きとなった。



***



 あぁ、終わったな。と俺は悟った。結局話せたのは靴を履く所で交わした

「最近どう?」

といきなり聞かれて、焦った俺は

「コミュニケーション能力の改善を頑張ってます」

という一言だけ。これでは本当にコミュニケーション能力の改善が出来たかどうかが分からない。ただ、チームの先輩社員に帰り、

「真下ー、お前明るくなったな。性格変わった?」

と言われたのは少しうれしかったが、それは正直マネージャーに言って欲しかった言葉だった。

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